度胸
「むぅぅぅぅ」
焼き上がったパンケーキを前に、千夏ちゃんが唸っているのは、出来栄えが目標に達してなかったからだ。
生地の落とし方の影響で、焼き面に渦巻きに似た形が出来てしまったのが、千夏ちゃん的には不満らしい。
確かに、滑らかな起伏の無い焼き面が理想だとは思うけど、しっかりと焼き上がれば何の問題も無いのも確かなので、そこを伝えてみた。
「うーーん。それはそうだけどぉ」
全く納得する気配の見えない千夏ちゃんに、私は「千夏ちゃんが焼いてくれただけで美味しいと思うよ?」と伝えてみる。
それが功を奏したのか、千夏ちゃんは「凛花ちゃんがそう言うなら……」とは言ってくれた。
まあ、心から納得しているようには全く見えなかったので、私は更に言葉を重ねる。
「最初から上手な人はいないから……とはいえ、凄く上手だと思うよ! 少なくとも私の最初よりは上手……私なんて焦げ焦げだったからねー」
自分のエピソードを交えながら伝えたのが良かったのか、今度は「そ、そうだよね。これから上手くなれば良いよね」と言ってくれた。
「うん。千夏ちゃんあらすぐ上手くなると思う」
「ホントに!? ホントにそう思う?」
思ったよりも勢いよく千夏ちゃんに尋ねられて、少し気圧されてしまったけど、どうにか「え、お、思うけど?」と返す。
すると、千夏ちゃんはふにゃふにゃと顔をとろかして「そっか、えへへへ」と嬉しそうに笑った。
一瞬で百面相を見せられて戸惑っていると、史ちゃんに袖を引かれた。
そういえば、待って貰っていたなと思い出した私は「じゃあ、私たちも再開しよう!」と史ちゃんに呼びかける。
史ちゃんは大きく頷いて「はい! 頑張ります!」と気合を入れた。
手に持ったオタマで生地を掬い上げた史ちゃんは、自分から遠い円形のホットプレートの端の方に一気に生地を落とし込む。
千夏ちゃんの失敗も見ていた史ちゃんは、躊躇いなく一気に生地を落とすことで上手く円形に広げることに成功した。
そのまま間を開けずに、手前左手、右手の順番で生地の円を描いていく。
「史ちゃん、スゴく手つきが良いね」
思わず私が総評すると、史ちゃんは「凛花様の手の動きまでしっかり見逃さずに観察しましたから、やはりスゴイのは凛花様だと思います!」と返してきた。
「見ただけで、出来るのは凄いと思うんだけど……何でその結論になるのかがわからない」
思ったままを言うと、史ちゃんは焼き目を確認しながら「そうですか?」と不思議そうに呟く。
ここでまどか先輩が「剣道の世界に、看取り稽古って言うのがあるけど、やっぱり、達人の方が学ぶことが多いワケだから、史ちゃんのお手本の凛花ちゃんの腕前が良かったというのはながちおかしな理屈じゃないと思うよ」と言った。
史ちゃんがこれに呼応して「そうですよね。凛花様は自己評価が低いですから、もう少し自信と自覚を持って頂かないと……」と言いつつ、油断なくフライ返しで生地を持ち上げて焼き具合を確認している。
十二分に腕前があるんじゃ無いかと思う手慣れた史ちゃんを見ていると、実はかなりの経験者じゃ無いかト思う初めて来た。
加代ちゃんとは長い付き合いみたいだし、お菓子作りを加代ちゃんから学んでいてもおかしくはない。
ならば、手つきが良いのにも説明が付く……のだけど、そうなると初心者を装っている理由が思い付かなかったので、私はこの考えそのものを飲み込んでしまうことにした。
「出来ました!」
手際よく焼き上げた三枚をお皿に移したところで、史ちゃんは腕で額を拭うアクションを見せた。
直前にも汗を掻いている様子は無かったので、やりきったというジェスチャー以上の意味は無いと思う。
「史ちゃん、私より上手なんじゃ無い?」
私がお皿の上のパンケーキを見ながらそう感想を言うと、史ちゃんは「たまたまそう見えるだけじゃ無いですか?」と真顔で返されてしまった。
これは何を言っても私の方が良いと言い切るなと察した私は、まどか先輩に視線を向ける。
「まどか先輩、次、お願いします」
私の言葉に、まどか先輩拍手を浮かべて「自分より年下の女の子達が綺麗に焼き上げているのを見た後に挑戦するのは、流石に……」と頬を掻いた。
そんなまどか先輩に、史ちゃんは「大丈夫だと思います」とはっきり言い切る。
史ちゃんからの断言は予想外だったのか、まどか先輩は「ん?」と声を漏らした。
それが説明を求めているのだと解釈したのであろう史ちゃんは「ちゃんと見ていたのがわかりましたから」と笑む。
自分の視線に気付いていたという史ちゃんに、まどか先輩は遠慮がちに「あー、邪魔じゃ無かったかな?」と尋ねた。
史ちゃんは「凛花様だけじゃ無く、まどか先輩にも真剣な目を向けられてると思ったら、失敗できないって気合が入りました」と事もなげに言い切る。
まどか先輩は軽く笑って「史ちゃんは大物だね。視線を味方に出来るなんて舞台度胸もありそうだ」と目を輝かせた。
史ちゃんは澄まし顔で「凛花様と同じ舞台に立ちたい気持ちを形にするためには必要な物は全て手にする所存です」と断言する。
「いいね! 私も負けてられないや」
まどか先輩はそう言うと、ボウルとオタマを手にホットプレートの前に立った。