二番手
「じゃあ、次はまどか先輩、いきますか?」
三枚を焼き上げたところで、大きめのお皿に移し、まどか先輩にそう問い掛けた。
「え!? 私が焼くのかい?」
ビックリした様子のまどか先輩に頷きつつ「自分で焼いてみたら案外楽しくなりますよ」と自分の経験を踏まえて、おすすめしてみる。
「そう言われると、興味は湧くけど……」
未だもう一歩踏み込めないと言った感じの答えに、私は「じゃあ、先に史ちゃんに挑戦して貰いますか?」と提案してみた。
私が視線を向けると、史ちゃんは「挑戦してみます」と気合の入った表情で頷く。
まどか先輩は少しホッとした表情を見せてから「それじゃあ、史ちゃんの焼き方を見て自分の番に備えるよ」と口にした。
「じゃあ、次は史ちゃん、お願いします」
そう言って私は生地の入ったボウルを持ち上げ、ボウルの中にツッコまれたオタマの柄を史ちゃんに向けて差し出す。
オタマの柄を掴みながら、機体の乗った表情で「頑張ります!」と宣言した史ちゃんは、ホットプレートに視線を向けた。
史ちゃんの気合は十分だし、準備も万全なので、加代ちゃんたちの方をチラリと確認してみた。
すると、丁度、加代ちゃんが「あ、リンちゃん、次や着始めるね」とこちらに気付いて手を振ってくる。
アチラの二番手は千夏ちゃんのようで、真剣な顔で自分の手にしたボウルとホットプレートの間で何度も視線を往復させていた。
「千夏ちゃん、頑張って! 加代ちゃん先生の言うとおりにすれば失敗しないよ!」
私がそう伝えると、何故か千夏ちゃんでは無く、加代ちゃんが「ちょっと、リンちゃん!」とすぐに反応する。
「え?」
「せ、先生とか言われたら緊張するから!」
加代ちゃんの言葉に、その配慮はしていなかったので、素直に「ご、ごめんなさい」と謝罪した。
「い、いいけ、どね」
なんだか拗ねたような言い方が可愛いなと思ったけど、これ以上加代ちゃんの気持ちを害するのは私の意図するところではないので、言葉にせず飲み込むことにする。
すると、元々声を掛けたつもりだった千夏ちゃんの方が「美味しいの焼くから、見てて!」と手を振ってきた。
「あ、うん」
頷いたところで、ボソリと史ちゃんが「私も観てほしいです」と千夏ちゃんたちには聞こえない声量で呟く。
想定していなかった板挟みに、私は懸命に頭を回転させて、史ちゃんに「焼きはじめ少し遅らせて貰って良い?」と耳元で囁いた。
史ちゃんは「もちろん良いです!」とニコニコ顔で頷いてくれる。
「じゃあ、まどか先輩、史ちゃん、応援がてら千夏ちゃんの腕前を見学に行きましょう」
そう伝えて、私は千夏ちゃんたちの方のホットプレートに向かった。
「さ、流石に皆に見られてるのは、緊張するんだけど……」
そう口にした千夏ちゃんの手にしたオタマの柄がボウルの縁にぶつかって、カチカチと小さな衝突音を立てていた。
ここで、ユミリンが「チー坊は、さっき、あんなに大声で美味しいのを焼くとか宣言してたのに、もう撤回ですか?」と挑発する。
直後、千夏ちゃんの震えが止まったのか、ボウルとオタマが立てる接触音が止まった。
「何を言ってるのかしら、ユミさん。ギャラリーが増えたら、気合が入る。それが女優魂というモノでしてよ!」
さっきまでとは違う自信に満ちた表情で千夏ちゃんは啖呵を切る。
これにお姉ちゃんが「スゴいわね、千夏ちゃん。頑張ってね」と声を掛けた。
まどか先輩も「よし、ちーちゃんの女優魂ぶつけたれ!」と激励を送る。
先輩である二人の言葉に大きく頷いた千夏ちゃんは、その視線を私に向けてきた。
そんな千夏ちゃんとバッチリ視線が交わった瞬間、彼女が言葉を求めているのが伝わってくる。
私は焦げても大丈夫だからねとか、無理せず頑張ってと伝えるのが良いんだろうかと考えてから、それらを全て放り投げた。
千夏ちゃんに一番刺さる、求められている激励は何か、自分なりの確信を持って声にする。
「美味しいの期待してるね!」
そこまで口にしてから、私を見ている千夏ちゃんだけに伝わるように、声を出さずに『おねえちゃん』と口を動かした。
私の意図、伝えたいモノが伝わったかはわからないけど、千夏ちゃんは軽く頭を振って、三角巾から飛び出たお揃いのツインテールを揺らす。
その後で、軽く下で自分の唇を湿らせると、千夏ちゃんはオタマでボウルの生地を掬い上げた。
「それじゃあ、行くよ、ちゃんと見ててね!」
直後、生地と鉄板の間に敷かれた油がジュッと音を立てて弾ける。
だいぶ手慣れているように見える迷いの無い手つきで、千夏ちゃんは自分の目の前の鉄板に四つの生地の円を生み出した。
「お~~、スゴイ!! 千夏ちゃん、滅茶苦茶上手だよ!」
千夏ちゃんの生地の投入を見た指導役である加代ちゃんが興奮気味に拍手を贈る。
嬉しそうな顔で「ありがと、加代先生」と口にした千夏ちゃんは、ホットプレートを真剣な眼差しで見詰めたまま「……でも、気を抜かないで頑張んなきゃだね」と自分を戒める言葉を口にした。