意外な功労
うちわで自分を扇ぎながら、千夏ちゃんは椅子にもたれかかりながら「いやぁ、まさか、姫が一番適性があるとはねー」と息を吐いた。
くたびれた様子の千夏ちゃんが言っているのは、粉を混ぜる作業で、自分も史ちゃんも、指導する加代ちゃんも息が上がった中で、私だけが黙々と粉を混ぜているからである。
元の世界で経験を積んできたお陰で、多少コツみたいなモノを身体が覚えているからか、身体が疲労感を訴えたり、筋肉がダルくなったり、関節に鈍い痛みがあったりということは無かった。
なので、疲れてしまって手が止まった他の子達の混ぜ物もすることにした結果が、先ほどの千夏ちゃんの感想である。
「私も多少でも、皆の役に立てて嬉しいよ」
「いや、全然、多少じゃ無いよ!」
私の発言に、ブンブンと左右に頭を振りながら、加代ちゃんが強めに訴えてきた。
「そ、そう?」
行き鬼押され気味になってしまった私に、加代ちゃんは「お菓子作りは好きだけど、体力が要るところはやっぱり大変で、苦手だから、凄く助かる!」と強めに続ける。
そんな加代ちゃんに続いて史ちゃんも「私と加代だけじゃ、もっと時間がかかります。凛花様のお陰で凄く時間が短縮されています」と言ってくれた。
「ま、まあ、役に立てて良かったよ」
私は少し恥ずかしく思いながらも、心穏やかに、皆からの称賛を受け止める。
落ち着いて受け止められた自信はあったのだけど、粉を混ぜる箸が少し早くなってしまった。
「それじゃあ、焼いていきましょう!」
お母さんの号令で頷き合った私と加代ちゃんは、それそれ自分の目の前に用意されたホットプレートにオタマで生地を流し入れた。
加代ちゃんは長方形のプレートの上に、四つの生地の円を生み出す。
私の方のホットプレートは円形で、三角形の頂点の部分に生地を垂らして、まずは三つ焼くところから始めた。
ぷくぷくと浮き上がる泡を見ながら、オタマからフライ返しに切り替える。
泡が全体から浮き上がって少し立ったところで、生地と鉄板の間にフライ返しを滑り込ませて、軽く生地を持ち上げて、色を確かめた。
焼き目がつき始めるにはもう少しかかりそうなものの、焼き面はしっかりと滑らかになっている。
「どうですか、凛花様?」
「どうだい、姫?」
焼き目を確認し終えた私に、史ちゃんとまどか先輩がほぼ同時に問い掛けてきた。
それがなんだか妙におかしくて、私は軽く笑いながら「もう少し待った方が良いかな。きつね色目前ってとこかな」と返す。
すると、頭の中で、リーちゃんが『わらわの毛並みはもっと白いのじゃ』とボソリと呟いた。
絶妙なタイミングで放たれた言葉に、思わず噴き出しそうになるのをどうにか堪える。
ふーふーと数度、短く息を吐き出して呼吸を調えてから『リーちゃんは白い狐だから、焼き目の色具合の参考にはなら無いでしょうが!』とツッコミを入れた。
『うむ、知っておるのじゃ』
シレッと返してくるリーちゃんに、モヤッとしたモノを感じたけど、敢えて流す。
今集中すべきは、焼き色のチェックをひっくり返しだ。
下手にリーちゃんと舌戦を始めると、タイミングを逃す自信がある。
そんなわけで、挑発に乗らず、機会を窺っていると、お姉ちゃんや千夏ちゃんから拍手が上がった。
どうやら、加代ちゃんが一枚目を返したらしい。
同じぐらいのタイミングで始めたので、こちらもそろそろだろうと思いつつ、焼いている三枚のホットケーキの焼き面をチェックした。
「どうだい、姫?」
まどか先輩の問い掛けに、私は『そろそろなので、行きます」と答えて、フライ返しを一気に、一枚目の生地と鉄板の間に滑り込ませる。
生地がしっかり焼けているのを示すように、抵抗なくフライ返しは生地の下に入り込み、円の縁だけがフライ返しから飛び出した格好になった。
いけると判断した私は、一気に上へと力を掛け、生地を鉄板から引き剥がす。
そのまま裏返して、泡のボコボコが残る焼かれていない反面を下にして鉄板に着地させた。
薄い茶色の生地が顔を見せると、まどか先輩が「おー」と声を上げる。
私はそれに反応せず、残る二枚を返すことに集中した。
やることは一緒ながら、焼き付き方は生地の状態や、鉄板の熱の回り具合、更に言えば油の量や気温など、様々な要因によって一つとして同じ焼け具合は無い。
つまりは一期一会なのだと自分に言い聞かせつつ、二枚目、三枚目とひっくり返していった。
「手際が良いね、姫」
拍手してくれるまどか先輩に「慣れだと思いますよ」と返した。
「だとしても、姫が上手なことには変わりない……だよね、史ちゃん?」
相手が私だと素直に受け取らないと感じたからか、まどか先輩は史ちゃんに話を振る。
そんなまどか先輩に、史ちゃんは大きく頷きつつ「はい、その通りです。凛花様はやっぱりスゴイです!」と言い切った。
史ちゃんの様子に満足そうに笑みを浮かべた後で、まどか先輩は私を見る。
別に褒めて貰いたくないわけでもないけど、なんだか乗せられるのに抵抗があった私は「未だもう片面残ってますから、油断は禁物です」と口にして、気持ちを引き締めた。