逆転窮地
「それじゃあ、混ぜる前に、一応、ふるいに掛けます」
加代ちゃんの指示に対して、千夏ちゃんが「売ってる粉なのに?」と首を傾げた。
そんな千夏ちゃんに「凛花ちゃんのお母さん、サッちゃんなら、そんなことは無いと思うんだけど、保管状態が悪いと粉が固まったりして、混ざり我欲無いことがあるんだ。だから、ふるいに掛けて、混ざりやすいさらさらの状態にするんだよ」とやり方を実演でレクチャーしつつ答える。
「おーー、なるほど~~」
加代ちゃんの説明に拍手を贈りながら、千夏ちゃんはしきりに頷いた。
「それにしても説明しながら手を進めるなんて、加代ちゃんはほんと手際が良いね」
私が思ったままを言葉にすると、史ちゃんが「加代はお菓子作りがすっごく得意なんですよ。味見って言いながら分けてくれるお菓子も美味しくてですね。小学校時代はクラスの子達の嫉妬の目が痛かったくらいです」と小学生時代のエピソードを語ってくれる。
「ちょっと、史、大袈裟に言いすぎだから!」
慌てた様子で史ちゃんに抗議する加代ちゃんだけど、手元はしっかり粉をふるいに掛けていた。
それも絶妙な力加減で、ふるいの下にセットしたボウルの外に粉が散ることも無い。
「小学生時代のことは知らないからなんとも言えないけど、慌てててもボウルから粉が溢れない時点で、加代ちゃんがかなりの熟練者だって言うのはわかるよ」
私がそう告げると、加代ちゃんは「か、家族が多くて……その、邪魔してくる子もいるから、慣れちゃったというか……」と恥ずかしそうにするが、変わらず手は動き続けていた。
そんな加代ちゃんの手を止めたのは、千夏ちゃんの「いや、加代ちゃんは、自分の凄さをちゃんと認識した方が良いよ!」という訴えである。
「え、なに、スゴくなんか……」
慌てる加代ちゃんに、史ちゃんが「凛花様もだけど、加代も自覚は大事だと思う」と追い打ちを掛けた。
流石に限界だったのか、ふるいをテーブルに置いてから「ど、どこが、スゴいのよ!」と加代ちゃんは史ちゃんと千夏ちゃんに向けて少し強めの口調で問い掛ける。
千夏ちゃんは真面目な顔で「その話しながら作業できるところ」と指さした。
「え?」
「私は割と、集中するとそれしか出来ないから、何かしながら他の何かができるって凄いと思う」
千夏ちゃんが真面目なトーンで重ねた言葉はとても真摯で、揶揄いや大袈裟な評価では無いことがはっきりと伝わってくる。
本当に凄いと思っている上に、羨ましいと思っているのがわかる言い方だった。
「で、でも、千夏ちゃんはスゴイ演技力があるじゃ無い?」
加代ちゃんの返しに「うん。それはそう。でも、私には加代ちゃんのような器用さが無いから羨ましいなって思うし憧れる……努力したら少しは出来るようになるかもしれないけど、やっぱり、加代ちゃんには及ばないって言う予感というか、実感もあるしね」と、千夏ちゃんはスラスラと答える。
一方、加代ちゃんは目を瞬かせて、戸惑ってしまっていた。
私は自分なり「自分に出来ない事って凄いと思うでしょ? 加代ちゃんは慣れたら誰でも出来ると思ってるかもしれないけど、できない人は頑張っても出来ないって事もあるんだよ」と千夏ちゃんが凄いと思い、加代ちゃんが凄いと思っていないすれ違いの根幹を説明してみた。
すると、加代ちゃんは「あー、リンちゃんが、鉄棒教えるのが凄く上手いと私たちが思ってるのに、なかなか納得出来ないのと同じってコトね」と返してくる。
思わず「うっ」と言葉に詰まってしまった。
「皆、他の人よりスゴいところがあるってこと、だから、勝手に、自分は出来ないとか、自分はダメとか思わないでほしい」
千夏ちゃんの言葉に、私と加代ちゃんは視線を交わし合ってから頷いた。
「加代も凛花様も控えめなのは大変よろしいと思いますが、自分を下げてみるのはダメですよ」
続く史ちゃんからのダメ出しに、もう一度視線を交わし合った私と史ちゃんは、再度頷く。
「自信満々になれとは言わないけど……っていうか、慣れないとは思うけど、でも、ちゃんと自分にはスゴいことがあるって、ちゃんと自覚して!」
千夏ちゃんの言葉に、私は心の中で申し訳ないと詫びてから「まって、加代ちゃんはともかく私は」と切り出した。
けど、続きを言う前に顔の前に掌を差し出されて、千夏ちゃんに発言を遮られてしまう。
その上で私の鼻を人差し指で突きながら、千夏ちゃんは「凛花ちゃん。皆が凛花ちゃん大好きだって言う自覚がある? 良枝先輩も、あのユミ吉も、まどか先輩だって、凛花ちゃんを中心に動いているんだよ?」と迫ってきた。
私が「それは……」と理由を言い切る前に、ギュッと鼻を押してきた千夏ちゃんに「病み上がりだから、検査入院した後だから、だけじゃ無いわよ」と先回りされてしまう。
「単純に、凛花ちゃんがそれだけ魅力的な可愛い女の子だからよ、放っておけないくらいにね!」
「えっうっ」
私が言葉を詰まらせるのを見た千夏ちゃんは極上の笑みを浮かべて「ほら、自覚がない! 自分の凄さが、魅力がわかっていない凛花ちゃんも、加代ちゃんと同じ無自覚です!」と断言されてしまった。