道具とやる気
私はぼんやりと我が家は代々道具が好きなんだなぁと思った。
このまま家で、お料理教室が開けそうなくらいいくつも調理道具が揃っている。
この中では一番お菓子作りに詳しい加代ちゃんが、目の前に出された道具の数々を見て興奮していた。
「サッちゃん! サッちゃんちは電動ミキサーはあるの?」
興奮気味に聞く加代ちゃんに、お母さんは「ジュースが作れるミキサーはあるけど、ハンドミキサーは無いわ」と返す。
台所の壁に備え付けられた木製の立派な食器棚の横、メタルラック……ではないけど、金属製の赤いコーティングがされているシンプルな棚に、電化製品が入っていると思われる箱が並んでいて、お母さんはそれらを指さしながら「似たものだとフードプロセッサーもあるわ」と伝えた。
「わっ! スゴイです!」
加代ちゃんは大興奮で、指さされた箱に顔を近づける。
「興味があるなら、後で見て良いから、今はおやつの準備をしちゃいましょう。お腹をすかせた由美ちゃんは怖いわよぉ~」
冗談交じりにやんわりと加代ちゃんの集中を解いて、お母さんは最初の目的を伝えた。
完全に意識を調理道具に奪われていた加代ちゃんは、ハッとしてから「ご、ごめん。ちょっと興奮しちゃって」ともじもじとしながら謝ってくる。
私は笑顔で「加代ちゃんのこと、また一つ知れて嬉しいと思ったけど?」と少し冗談ぽく伝えてみると、何故か千夏ちゃんと史ちゃんが「凛花ちゃん」「凛花様」と私に声を掛けてきた。
「な、何、二人とも?」
急な声掛けに驚いたのもあって、少し慌てた感じの聞き返しになってしまう。
二人はそんな私に反応せず……というよりはこちらよりもどこか切羽詰まった感じで、タイミングを合わせ訳でもないのに、ピタリと声を合わせて「「私も調理道具に興味があります」」と言ってきた。
私の頭の中は『何が言いたいんだろう?』という疑問で一杯になってしまったけど、どうにか「私も面白いと思うよ。いろんな種類があって」と返す。
すると、今度は加代ちゃんが「え、リンちゃんも面白いって思う?」と目を輝かせた。
私は頷きながら「いろんな種類があるけど、使いこなせるお母さんは凄いなって思うよ」と、お母さんに話の流れを押し付けてしまう。
けど、お母さんは自然に受け止めて「加代ちゃんも、千代ちゃんも、史ちゃんも、そんなに興味があるなら一緒に使ってみましょう! お料理が上手な女の子は素敵よ」と柔らかく微笑んだ。
お母さんは「それじゃあ、加代ちゃんが皆に宇やり方を教えてあげて。もしわからなかったらお手伝いするわ」と言って、少し緊張した様子の加代ちゃんの肩を軽く叩いた。
ホットケーキ作りは加代ちゃんが先導して、残る私たち三人が協力して工程を進める調理実習方式になったのは、お母さんの提案である。
その提案に、加代ちゃんも最初は戸惑っていたけど、お母さんがプッシュしたことや、私と史ちゃん、そして千夏ちゃんでお願いしたのが功を奏して、受け入れてくれた。
調理実習の雰囲気を出すという目的もあって、私たち四人はお揃いの三角巾とエプロンを身につけている。
今は私服なので、皆服装はバラバラだったのに、三角巾とエプロンだけで、かなり一体感が出た。
もちろん、皆が美味しいホットケーキを作り上げるという目的を一つにしているのも大きいと思う。
そんな中、まどか先輩が「ホットプレート準備出来ましたよ」と報告にやって来た。
「あら、ありがとう、まどかちゃん」
「いえいえ」
お母さんと会話を交わした後でまどか先輩はこちらに振り返ると「お嬢様方の手料理が食べれるなんて嬉しいなぁ」と自然な流れで笑みを見せる。
「四人とも衣装が揃ってて可愛いし、こんな喫茶店があったら常連になっちゃうね」
サラサラと言葉を紡ぐまどか先輩は、締めに「それじゃあ、頑張って。楽しみに待ってるよ」とウィンクを一つ残して台所から出て行ってしまった。
そんなまどか先輩を視線で追ったお母さんは、私たちに振り返ると「それじゃあ、私もちょっと居間の方を観てくるから、何かあったら呼びに来てね」と宣言して踵を返す。
まどか先輩とお母さんが台所からいなくなってしまった結果、次の司令塔である加代ちゃんに自然と皆の目が集まった。
「えっえーと……」
急な状況変化に加えて、皆の視線に、加代ちゃんがガチガチに緊張し始めてしまう。
いけないと思った私は、加代ちゃんの手を旅店で包み込むように握って「加代ちゃん! 私も少しはわかるから一緒に頑張ろう!」と伝えた。
私の顔と握られた自分の手の間で何度か視線を往復させた加代ちゃんは「……うん」と頷く。
「人に教えるのはあんまり得意じゃ無いけど、一緒に頑張ってくれる?」
加代ちゃんは、千夏ちゃん、史ちゃん、私と視線を巡らせながらそう尋ねた。
対して、史ちゃんは「加代はあんまり得意じゃな言って言うけど、調理実習でみんな頼りにしていたわよ?」と何を言っているんだかと言わんばかりの口調で断言する。
千夏ちゃんは「私だって役に立てるかわからないけど、全員が協力し合えば、このメンバーなら出来る予感があるよ!」と力強く言い切った。