終了と開始
サッちゃん、加代ちゃんと呼び合う二人は、何というかおばちゃんみたいな会話を繰り広げていた。
加代ちゃんが躓き気味だったのは数学で、お母さんは流石主婦と言うべきか、家計簿上での赤字黒字の話を絡めて説明していく。
加代ちゃんはちゃんとお小遣い帳を付けるタイプだったみたいで、すんなり理解できるようになった。
加えて、方程式の話も、お買い物の計算やお菓子作りの分量計算などに当てはめて、これも加代ちゃんにあっさり飲み込ませてしまう。
お母さんの手腕も見事だけど、加代ちゃんはこの中で一番家庭科が得意そうだなと思った。
「おわったああああああああ!」
万感の籠もった声と共に、ユミリンは床に大の字になって転がった。
宿題で大袈裟だなとは思ったものの、頑張ったのは街が無いので「お疲れ様」と告げて拍手を贈る。
私に釣られて、拍手が広がると、ユミリンは「皆ありがとう!」とこれまた大袈裟に感謝の言葉を口にした。
根気よく、褒めたり叱ったりと、飴と鞭を巧みに操っていたお姉ちゃんに「お姉ちゃんも、お疲れ様」と労う。
お姉ちゃんは苦笑を浮かべつつ「無事終わって良かったわ」とユミリンを見た。
視線を向けられたユミリンはガバッと起き上がると、お姉ちゃんの手を握って「本当にありがとう。お姉ちゃんのお陰で、やり遂げられたよ」と感謝の言葉を伝える。
ここで、わざわざ千夏ちゃんが「宿題ぐらいで大袈裟」と呟いてしまった。
「チー坊、喧嘩売ってらっしゃるのですかしら?」
「宿題ぐらいで、大騒ぎしすぎじゃ無いかしら」
二人とも笑顔でありながら、放たれる言葉にはトゲがみっしりと生えているようにしか聞こえない。
けど、ここで「あらあら、ダメよ。冗談でも喧嘩の空気を作ると、不安に感じる子がでてくるわよ」とおっとりとした口調で割って入った。
私やお姉ちゃん達ならいざ知れず、この場で一番の大人で李、責任者でもあるお母さんの介入は決定的で、両者共に矛を収める以外に無い。
ただ、ほぼ矯正だったせいか、空気までは改善しなかった。
これも、お母さんはあっさりと変えてしまう。
「皆宿題が終わったなら、おやつにしましょ!」
この発言に真っ先に食いついたのは、ユミリンだった。
「おやつ! 今日は何?」
さっきまで千夏ちゃんとことを構えていたとは思えないほどの明るく楽しそうな声に、他の皆は反応が追いつかない。
そんな中で、お母さんだけがマイペースで答えを返した。
「今日のメニューは、人数が多いし、お手伝いも期待できそうなので、ホットケーキにします!」
お母さんの『ホットケーキ宣言』に居間が大きく湧き上がった。
「私、また、お手伝いしても良いですか?」
千夏ちゃんが率先して手を挙げると、加代ちゃんも「サッちゃん、私も作る側に参加したいな」と参加を表明する。
対して、お母さんは「折角女の子がこんなに一杯集まったんだから、チーム戦をしようと思います!」と千夏ちゃんと加代ちゃんに対する答えとしては、的外れな発言をした。
言いたいことを上手くくみ取れなかった私と違って、お母さんの意図をはっきりと理解したお姉ちゃんが指示を飛ばす。
「まどか、ホットプレートを出しにいくるわよ!」
お姉ちゃんからの指示に、まどか先輩は「おっ」と少し弾んだ声で反応してから「了解!」と返した。
「由美ちゃんは缶詰とサイダーを出してきて」
ユミリンはお姉ちゃんの指示に対して「台所の床下の? 倉庫の?」と聞き返す。
これにはお母さんが「由美ちゃん。今日は人数が多いから倉庫の方から出してきて頂戴ね」と答えた。
「了解、それじゃ行ってくるねー」
軽やかに立ち上がると、由美ちゃんは奥に向かって移動を開始する。
勝手知ったる他人の……って言葉が浮かぶほど、私より子の家の子供をしている気がして、私は苦笑を浮かべてしまった。
「史ちゃんは……凛花と一緒が良いのよね?」
お母さんからの問い掛けに、史ちゃんは「出来れば、お願いします。お母様」と大きく頷く。
それに頷き返したお母さんは、史ちゃんから、千夏ちゃん、加代ちゃん、私と順番に視線を巡らせた。
「それじゃあ残りの子達は、お勝手……お台所で生地作りね」
「「はいっ!!」」
加代ちゃんと千夏ちゃんが気合の入った変視を返して、私が「はぁい」と返事をして、最後に史ちゃんが「頑張ります」と続く。
皆からの反応を確かめたお母さんは、先頭に立って台所へ向かい、私たちはその後を追った。
「じゃあ、凛花は牛乳を出して、史ちゃんは卵ね」
お母さんの指示に従って、私と史ちゃんは冷蔵庫に向かった。
後ろではお母さんが、加代ちゃんに料理経験を確認しながら、必要な道具を上げていく。
加代ちゃんは言われた道具を手にしながら、一つ一つ使い方を千夏ちゃんにレクチャーしていた。
千夏ちゃんも真剣な顔で頷きながら、どこかから取り出した小さなメモ帳にメモをとっている。
私と史ちゃんが台所中央のテーブルに卵と牛乳を運んできたところで、ッ床下収納を開けたお母さんから声がかかった。
「凛花、これ、テーブルの上に持っていって」
「あ、うん」
返事をして、床下収納に身体をツッコんだお母さんから、箱を受け取る。
箱には三段に重ねられ、蜂蜜とバターが載せられた美味しそうなホットケーキのイラストが描かれていた。




