急変
お昼を食べ終えて少しゆっくりしていた。
時計を確認したまどか先輩が「じゃあ、そろそろ三人を迎えに行こうか」と切り出す。
「そうですね」
私は時計を確認しつつ、そう口にして立ち上がった。
お姉ちゃんも立ち上がりつつ「お母さん。さっき話した凛華のクラスの子二人と、千夏ちゃんを迎えに行ってくるわ」と出かける理由を伝える。
「了解ー。あ、その子達は泊まるのかしら?」
お母さんの問いに、お姉ちゃんは「二人ともご家族に相談してくると思うけど、どうなるかはわからないわ」と返した。
「じゃあ、一応準備だけしておくわね」
お姉ちゃんが軽い感じで「よろしくねー」と言ったところで、私は慌てて「ありがとう、お母さん!」と告げる。
「ん?」
不思議そうに見られてしまった私は「えっと、ほら、二人はクラスメイトで、私のお友達だから……」と、お母さんに『ありがとう』と言った理由をあげてみた。
結果、まだまだ言い足りないことに気付く。
「あ、千夏ちゃんも泊めてくれてありがとう!」
千夏ちゃんは私の友達であると同時に、お姉ちゃんの部活の後輩でもあるから、私がお礼を言わなくても良いかもしれないけど、それでも伝えたいと思って口にした。
単純に、お母さんの懐の広さに感謝したかっただけなんだけど、ここで予想外のことが起きる。
「……なんで?」
声の主がわからない、呟きのような小さな声が耳に届き、皆の様子を確認して声の主を探ろうと思ったところで、自分の身体が動かないことに気が付いたのだ。
何が起こったのか、焦りが胸の内で大きくなる。
それでも、目に入っているモノから、状況を読み取ろうという冷静な考えが浮かんできて、私はそれに従うことにした。
同時に、リーちゃんに呼びかけてもみる。
『リーちゃん、私の声が聞こえてる?』
少し待ってみたけど、リーちゃんからの反応が無かった。
視界の中に僅かに入っていた時計の針は動いていないように見える。
恐らく、また、世界が止まってしまったのだと、察することが出来た。
問題はどうすれば、時間をもう一度動かせるかである。
今更だけど、ちゃんと時間を動かすにはどうしたら良いかをリーちゃんと話しておくべきだった。
身体が動かないならばと、私が思い付いたのは、球魂の切り離しだ。
意識は時間停止の外側あるのは、私がこうして考えることが出来ている以上、間違いないと思う。
そもそもこの世界が神世界だとしたら、私が生身で入り込んでいる可能性よりも、球魂として入り込んでいる可能性が高いのではないかと気が付いた。
身体もこの世界と同じく、神世界の一部であるならば、世界の時が止まれば、身体は動かなくなるのは当たり前だと思う。
ともかく、検証を進めるという意思で、不安を押し込めて、私は求婚のw切り離した。
身体から解き放たれたことで、私の視界は一気に広がった。
時が止まってしまったことによって、一方向しか見えていなかったので、当たり前と言えば当たり前だけど、ともかく皆の状況を確認しなければと考え、その場で回転するイメージを描く。
球魂の扱いはこれまでの二年間で熟練と言って良いレベルに達しているので、後で、リーちゃんと元の世界での動きとの違いを共有するためにも、相違点も意識した。
まず視界に入ってきたお母さん、お姉ちゃん、まどか先輩、そして、ユミリンは、ピタッと動きを止めていた。
最後に、自分の身体を見た瞬間、私は驚愕する。
なにしろ私の身体からは黒い煙のようなモノが噴き出していたのだ。
これまで、ユミリンが『種』である可能性が高いのでは無いかと、リーちゃんとは話していたのに、目にした状況だけで言えば、私の方がいろんな意味で黒い。
今まで何度か時が止まる現象に遭遇している中、自分が動けた真の理由が、自分が起点だったからだとしたら、受け入れがたくも、納得は出来てしまうものだった。
球魂の状態故に身体はないので、溜め息はつけないのだけど、それでも息を吐き出すイメージを浮かべると、それに反応して私の身体が溜め息を吐き出す。
身体から球魂が離れているにも拘わらず、私の宿っていた身体が動くという事態に、強い衝撃を受け、頭が真っ白になった。
それからどれだけ時間が経ったのかわからないけど、急に肩に触れられる感触がした後で「凛花」と呼びかけられた。
声でその主を判断した私は「お姉ちゃん?」と反射的に口にする。
と、お姉ちゃんが「どうしたの、ボーッとして……凛花も皆を迎えに行くでしょ?」が問い掛けてきた。
いつの間にか時間が動き出していたのか、球魂が身体に戻っていたのかはわからないけど、ちゃんと振り返ってお姉ちゃんを見ながら「あ、うん」と返すことに成功する。
急な状況の変化に戸惑いつつも、皆を確認すれば、まどか先輩は靴を履き終え、ユミリンは玄関ドアに手を掛け、お母さんは見送りに手を振っていた。
時間停止が解除された事を実感したわ大社、すぐに頭の中で『リーちゃん』と呼びかける。
『何じゃ、主様?』
即座に返事をくれたリーちゃんの声に安堵しつつ、私は靴を履きながら、またも時間停止が起きた事を伝えた。