孤軍
皆にはバレないように、心の中で溜め息をついた。
『主様、どうかしたのかの?』
私の変化に気付いたのであろうリーちゃんが声を掛けてくれる。
どこかで望んでいたからだろう私は、淀みなく『いろんな意味でスゴイ時代だなと思って……』と応えていた。
『人形とはいえ、車を使って、実演してたなんて、元の世界の動画配信サイトじゃ、掲載止められるよね』
『そうじゃなー』
この昭和世界は体罰なども容認されていたらしいし、かなり過激だなじだいだったんだと思う。
ただ、自分が体験してみてわかったけど、話で説明を聞化されたり、アニメやCGを駆使した再現動画で見せられるよりも、跳ねられる人形を見せられる方が、危機意識としては深く根付くのは間違いなかった。
動画として脳内再生して貰った私でさえも、衝突の瞬間は肝が冷えたくらいである。
とはいえ、弊害として、トラウマを植え付けかねないので、規制される方向に時代が進んだのは当然だろうなとも思った。
一方で、時に荒療治も必要だろうという主張する教職の方々の気持ちも少しわかった気がする。
単純に時代が整っていなかったからと流すのでは無く、何故体罰が存在していたのか、それを考えるのも将来、改めて教職に就くなら必要では無いかと思った。
同時に、自分が体感を等して学ぶ機会に恵まれていることにも気付く。
この世界での第一は『種』の調査、場合によっては討伐だけど、今現在は様子見と言った状態に近いのだ。
行動を起こせないのなら、機会や状況を上手く利用して学ぶのも良いかもしれない。
そう思うとなんだかこれまで以上にこの世界をよく知り、体感し、自分のモノにしていこうと思えた。
「……凛花?」
一人考えを巡らせていたせいで、私は更に肩に手を乗せられて「凛花?」と呼ばれながら揺さぶられるまで気付くことが出来なかった。
「え? あ、お姉ちゃん?」
手と声の主に気付いて、反応したのだけど、まどか先輩、お姉ちゃん、ユミリン、そして、千夏ちゃん、その場の皆から心配そうな目で見られることになってしまう。
まどか先輩以外は千夏ちゃんのお母さんの話を聞いているだけに、私が何か隠しているかもと、どこかで疑っているかもしれなかった。
にも拘わらず、自分の中の考察に意識を向けすぎてしまった自分の行動の駄目さ加減に、我ながら呆れてしまう。
とはいえ、そのままというわけにはいかないので「大丈夫、体調が悪くなったとかじゃないから……」と言ってみたものの、皆の目に変化は起こらなかった。
なに死んでもの凄く焦りながら「えっと……その……」と言葉選びに苦慮しつつ、それなりに通じそうな理由をひねり出す。
「皆の話で交通安全教室の衝突のことを思い出して……」
この世界での私が実際にはどんな反応をしていたかわからないので、お姉ちゃんと、そして幼なじみっぽいユミリンの反応を窺っていたのだけど、その二人では無く、ノーマークだった千夏ちゃんから「凛花ちゃんも、怖かった?」と上目遣いで尋ねられてしまった。
過去の自分が二人の記憶ではどうなっているのかわからないので、探り探り単語を並べつつ答えを紡ぐ。
「怖い……というよりは、不快……かな?」
「不快?」
私の選んだ単語が想定外だったのか、千夏ちゃんが首を傾げたので、苦笑しつつ「音とか」と言い足してみた。
すると、千夏ちゃんは「あー」と言って「アレは嫌だよね、重い物がぶつかったってわかるのがすごく嫌だね……」と呟くように言う。
その後で私を見ながら「うん。不快だね」と続けた。
「姫、変なことを思い出させて申し訳ない。気分が悪いなら、運んであげるよ」
優しげな眼差しで、あっという間に間合いをつめてきたまどか先輩が、そのまま、スカートを挟むようにして腕を太ももに当ててくる。
「え!?」
状況に驚いている間に、肩に、まどか先輩の太ももの下とは反対の手が添えられて、直後、私の靴が地上を離れた。
「ちょ、まどか先輩!?」
完全に持ち上げられてしまったので、動揺はしたものの、私の僅かに残る冷静な部分が暴れてはダメだと強く訴えてきたので、どうにか大人しく状況を受け入れる。
ただ、車通りもそれなりにある道路で抱き上げられるのは、なにより恥ずかしかったので「まどか先輩、私、重いので降ろしてください!」と訴えた。
が、まどか先輩は全く無理をした素振りを見せず、平然とした態度で「いや、驚くほど軽いよ、姫?」と言い放ってくる。
「あ、でも、安全のために、首に腕を回してくれると、君のお姉さんたちも安心じゃ無いかな?」
軽い口調でウィンクを決めながら言うまどか先輩は、男性アイドル顔負けの格好良さを放っていた。
嫉妬新よりも、自分との格差に、こうなりたいという憧れを抱かせるような圧倒的なカリスマを感じる。
この抱っこ状態から逃れる為にも、味方を探そうとしたのだけど、お姉ちゃんは「まどかは乗り物だと思って甘えなさい」と言い、ユミリンは「まどか先輩、疲れたら、私に代わってください!」と交代に立候補した。
最後の希望である千夏ちゃんは俯いてふるふるしている。
どうしたんだろうと思った私が声を掛ける直前に、千夏ちゃんは「私だって!凛花ちゃんをっこしたいのに、力が! 体格が!」と、悔しそうに地団駄を踏み始めてしまった。