トラウマ教室
いないところで、好き勝手言われたアリス先輩に興味と同情を感じながら、私たちは一端分かれ道で、史ちゃん、加代ちゃんを見送った。
二人とは着替えて、お昼を済ませた後で、もう一度ここで合流する。
去って行く二人が曲がり角を曲がったところで、私たちも家に向かって歩き出した。
「千夏ちゃんはどうする?」
私が話を振ると、千夏ちゃんは「私は一端家で着替えて、お昼を食べてから凛花ちゃんのおうちに行く予定」と答えてくれる。
お姉ちゃんが「あれ、ウチで食べないの?」と聞くと、千夏ちゃんは「今日はお手伝いさんがお昼を用意してくれている予定なので」と事情を教えてくれた。
まどか先輩がなんだか悲しそうな口調で「じゃあ、しばしの別れだね」と言うと、千夏ちゃんは泣きそうな表情に変わる。
余りに急な表情の変化に加えて、その説無さを覚える表情に、胸が急と締め付けられた。
「先輩、千夏のこと、忘れないでくださいね」
握った拳を胸に当てて俯く。
「もちろん」
まどか先輩はそのままゆっくりと腕を伸ばし、その腕の中に千夏ちゃんを抱き留め……られ無かった。
思わず目が点になった私の目の前で、千夏ちゃんは「今の私を抱きしめて良いのは、凛花ちゃんだけです!」と口にしながら、その場でしゃがんでまどか先輩の腕を躱す。
空を切ったまどか先輩の腕を見て、噴き出したお姉ちゃんは「盛大に振られたわね!」と口にして笑い出した。
まどか先輩も「おのれ! こうなれば仕方が無い!」と口走って、何故か私の方へ向き直る。
「良枝と千夏ちゃんにダメージを与えるには、姫を攫うのが一番!」
言うやいなやこちらへと迫ってくるまどか先輩の前に立ち塞がるように、ユミリンが飛び出した。
「そうはさせませんよ、まどか先輩!」
「むっ! 君まで、私を阻むというのか、ユミリン!!」
大変皆で盛り上がっているけども、ここで私は言わねばならないことを大声で訴える。
「四人とも、道路でふざけちゃダメでしょ! 危ないんだから!!」
元の世界では両側に歩道の付いた片道一車線の二車線道路になっているこの道は、この世界、この時代ではギリギリ二台の車がすれ違える程度の広さしか無かった。
後に太い道路に作り替えられた理由には、立地もあるが、交通量の問題もある。
歩道の整備された元の世界ならいざ知らず、この拡張される道でのふざけあいは危険以外の何物でも無かった。
皆に怪我して貰いたくはないし、怪我もさせたくない、つい声に力が入ってしまったのは仕方ないと思う。
そして、四人とも私の発言は想定外だったらしく、全員がビクッと大きく身体を震わせた後、一時停止でも掛けられた動画のようにピタリと動きを止めた。
「すまなかった、姫」
「ごめんなさい……凛花、ちゃん」
最初に謝罪の言葉を口にしたのはまどか先輩、続いてお姉ちゃんだった。
次に千夏ちゃんが、泣きそうな顔で「ゴメンなさい。凛花ちゃん」とシュンとしてしまう。
最後にユミリンが「その、なんというか……」といろいろ言おうとした後で「ごめんなさい」と頭を下げた。
私は大袈裟に溜め息を吐き出してから、皆に怪我をしてほしくないから怒鳴ったこと、わかってくれればそれで良いこと、それと怒っているわけじゃ無いことを伝える。
その上で「家や学校で、やるのはいいし、演技の勉強にもなるから、そこをどうこう言うつもりは無いですし、私も参加できそうなら参加しますけど、道路はダメです。危ないです」としっかりと念を押した。
私が怒ったせいで少し悪くなった雰囲気のせいか、皆黙々とあるここと担ってしまった。
自分が切っ掛けなだけに、少し心苦しい。
そんな中で、ユミリンが「確かに、交通事故は危ないもんなぁ」と呟いた。
「うん。姫が怒ってくれたお陰で、危険を再認識できたよ」
いつもより力の無いまどか先輩の言葉に、千夏ちゃんが「正直、ちょっと、浮かれていたというか、冷静さを欠いていたと思う」と溜め息をつく。
空気が暗くなってきたところで、お姉ちゃんが「私は人形をトラックではねる奴思い出したわ」と口にした。
まどか先輩は「あー」といい、ユミリンが「あの道に人形吊って、車ではねるのって悪趣味だよね」と大きく頷く。
千夏ちゃんは青い顔をして「私じゃ無いですけど」と前置きをしてから「アレ見て泣いちゃう子もいますしね」と、四人は同じ物を想像したらしく、しみじみと頷き合っていた。
残念ながら、私はピンとこなかったので、素材感を感じることになったのだけど、気を効かせてくれたリーちゃんによって、脳内で動画が再生され知らなくても良かったと思うことになる。
なぜなら、リーちゃんの提供による資料映像は、学校のグラウンドに白線で書かれた交差点の横断歩道の上に、小学生サイズのマネキンのようなモノが吊るされ、それを助走を付けた軽トラックが勢いよくツッコんで、大きく跳ね飛ばす状況を移した動画だったのだ。
交通安全教室と題されていて、その交差点のそばには三角座りの小学生らしき子達が座り、衝突の瞬間の光景を見せられるだけで無く、鈍く嫌な音まで聞かされるというなかなかの体験を強制させられている。
脳内動画のお陰で臨場感が多少乏しいにも拘わらず、気分の良い物では無く、泣き出してしまう子がいるのも当然だなと思わず納得してしまった。