お姉ちゃん
「えっと、今更だけど、お姉ちゃんとまどか先輩は部活に出なくて大丈夫なんですか?」
学校の校門を出たところで、私は二人に話を振ってみた。
すると、まどか先輩が「凛花姫、考えてごらん。妹大好きなお姉ちゃんが、昨日退院してきたばっかりの妹を放っておけると思うかい?」と笑みを浮かべながら尋ねてくる。
すぐに『おねえちゃんには無理そう!』とは思ったのだけど、なんだかそれを態度に出してしまうのは自意識過剰な気がして、反応に困ってしまった。
そんな変な沈黙をしてしまった私を見て、まどか先輩は「まあ、そういうことだよ」と笑みを深める。
私はなんだか見透かされたことが居たたまれなくて、視線をお姉ちゃんに向けた。
お姉ちゃんも私をみた事で、お互いに視線を交わし合った姿勢で、沈黙し合ってしまう。
これはこれで居心地が悪かったので、私は「お姉ちゃん。私は大丈夫だから、無理に合わせなくても良いよ!」と言ってみた。
すると、お姉ちゃんは「私が大丈夫じゃ無いの」と言って抱き付いてくる。
これまでの経験でだいぶスキンシップになれてきたとはいえ、身体の大きな相手に抱きしめられると、されるがままになってしまうこともあって、なんだか恥ずかしさというか、堪えられないような越智司と共に、安心感や心地よさも湧き上がってきて、頭でパニックが起きそうだ。
『お、お姉ちゃん……」
何か言った方が良いなと思って、どうにかそこまで声には出したけど、続く言葉が思い浮かばない。
だと言うのに、お姉ちゃんは発した言葉に籠もると息の熱が、耳に伝わる距離で「なぁに?」と返してきた。
背中にゾクリと走った衝撃が痺れを身体に伝達していく。
このまま感覚に身を任せれば、お姉ちゃんの聞き返しを無視したことになると、私は考えどうにか言葉をひねり出した。
「心配してくれてありがとう……おねぇちゃん」
私の唐突な感謝の言葉は予想外だったのか、お姉ちゃんは……いや、お姉ちゃんを含めた皆がピタリと動きを止め、反応一つ見せず固まってしまった。
またしても時間が止まってしまったのだろうかと思ってしまうほどの、タイミングの一致に、動揺でパニックになりそうになる。
けど、即座にリーちゃんの『大丈夫じゃ』の一言で、一気に落ち着きを取り戻せた。
違うなら何で皆が動きを止めたんだろうと、考えるのは自然なとこで、リーちゃんも私がそう考えたからこそ答えをすぐに示してくれたと思う。
ただ、その『皆、主様の醸し出す可愛らしさに飲まれて、言葉を失っただけじゃ』というリーちゃんの言葉の内容に、私もフリーズの仲間入りをすることに、羞恥心の爆発でなってしまった。
「私は良枝先輩が羨ましいです」
恥ずかしさもあって、帰路の先頭を歩く私の耳に後ろにいる千夏ちゃんの呟きが聞こえてきた。
私の横に陣取っている史ちゃんも、千夏ちゃんの発言は気になるようで、微かに横を向いて後ろに耳を向けている。
気になる、気にならないで言えば、私も気になるところではあるので、耳をそばだてたくはあるのだけど、先頭である以上、こちらに向かってくる人や車、周囲の状況に意識を向けておく必要があるので、もしは無しに加わらなければならないような内容だったら、リーちゃんに教えて貰うことにした。
『うむ、余すことなく聞いておくのじゃ、主様は安心して周囲の警戒に意識を集中すると良いのじゃ』
自分でお願いしようとしておきながら、リーちゃんの即答が、なんだか除け者にされてしまったように感じられて、心の中にモヤッとしたモノが湧き出てくる。
当然、それをもリーちゃんは感知できるわけで、苦笑気味に『もしも主様が会話に注意を向けてしまうとじゃ、緊急時に身体を動かすのが必要になった場合、やはりワンテンポ確実に、遅れてしまうからの』と正論で返されしまった。
優しさと穏やかさに包まれてしまっているせいで、つい忘れがちだけど、ここはあくまでちゃんと『種』の存在する神世界なのである。
車の事故や、ひょっとしたらそれ以上の突発的な事態に巻き込まれる可能性がある以上、ワンテンポとはいえ、出遅れる可能性を生むわけにはいかないのが実情だ。
なので私は、リーちゃんの言うとおりと、念じてから意識を周囲の警戒に向ける。
そうして、後ろの話を聞く役目はリーちゃんに任せたはずなのに、呟きから続く千夏ちゃんの言葉はかなりの大声で、意識しなくても耳に入ってしまった。
「私も、凛花ちゃんみたいな妹が欲しかったです!」
「ゴメン、千夏ちゃん、いくら可愛い後輩の千夏ちゃんでも、凛花は上げられないわ!」
「わかります! 良枝先輩が即断言するのも含めて、わかります!」
あっという間に、次々と交わされる千夏ちゃんとお姉ちゃんの会話に、私は心の中で『わかりません!!』を連呼する。
心の中で訴えているだけなので、当然二人に届くわけも無く、ここで新たに参加したまどか先輩の発言で話は混迷方向へと爆速で突き進むことになってしまった。
「別に凛花姫の、姉が一人でなきゃいけない事は無いでしょ? 三国志みたいに、良枝が長女、千夏ちゃんが次女、凛花姫が三女でもいいんじゃない?」