根回しと感謝
「とりあえず、泊まりに来るにしても、保護者の許可は必要だと思うの」
お姉ちゃんの発言に、史ちゃんと加代ちゃんはほぼ同時に頷いた。
泊まる話は急に振って沸いた話でもあるので、気持ちはともかく、家族に確認をとるのは必要である。
「史ちゃんと加代ちゃんは、今日のところはウチに遊びに来るで、どうかしら?」
お姉ちゃんの問い掛けに対して、史ちゃんが少し残念そうな顔で「今日はお泊まりできなさそうですね」と肩を落とした。
対して、お姉ちゃんはサラッとした口調で「ウチのお母さんは大丈夫だと思うから、家族の許可が取れれば、今日でも大丈夫だと思うわよ」と返す。
史ちゃんとしては、お姉ちゃんの返しは想定外だった様で、少し驚いてしまったのか、瞬きを繰り返していた。
一方、私の頭の中ではリーちゃんが『これは一応、先にサッちゃんに伝えておこうかの?』と一つの案を提案をしてくれる。
携帯電話の無い世界なので、この場でお母さんの確認をとるのは難しい上に、私たちが帰り着くなり、急に史ちゃんたちを止めるという話をすることになるのだ。
これまでの千夏ちゃんやユミリンの流れを見るに、お母さんなら二つ返事で許可を出してくれそうだけど、事前に知っておくのは必要だと思うし、助かるんじゃ無いかとも思う。
そう考えた私は『じゃあ、リーちゃん、頼んでも良い?』と頭の中でお願いしてみた。
『ヴァイアの身体は家にあるからの。任せておくのじゃ』
二つ返事で了承してくれたリーちゃんは『それではあちらに意識を移すのじゃ。今回は主様の意識が遠のかぬように、わらわの意識だけを送る故、何かあれば強く念じるのじゃ』と言い残して、フット気配が消える。
リーちゃんは言葉通り、家にあるヴァイアの身体の方に意識を飛ばしてくれたということだ。
そう理解した私は、不在のリーちゃんの分もしっかりと皆のやりとりを覚えるために意識を集中する。
丁度、再起動した史ちゃんが「じゃあ、今日泊まれちゃうかもしれないんですか!?」ともの凄く興奮気味にお姉ちゃんに詰め寄ったタイミングだった。
「急だけど、私もまどかも、一応受験があるから、お母さんの許可が出るのは、申し訳ないけど、今のうちだからね」
お姉ちゃんの言葉に反応したユミリンが「お姉ちゃんはともかく、まどか先輩も高校進学するんですか?」と話を振った。
サポート知識を提供してくれるリーちゃんが意識を話しているので、聞けないのが痛いが、昭和の後期の高校進学率は100%に近かったと思う。
けど、ユミリンはまどか先輩の高校進学を意外に思っているような口ぶりで尋ねていた。
もしかしたら、まどか先輩の家は何か家業があって、進学が必須では無いのかもしれないと考えたのだけど、どうやらそれは違ったらしい。
まどか先輩自身が「一応、音楽学校は、中三から高三までの四回受験チャンスがあるけど、流石の私も一発合格が出来ると言い切れる自信があるわけじゃ無いから、当然、中学三年では合格できなかった時を考えて高校も受験する……って、わけさ」と言ってくれたことで、私は理解した。
多くの芸能人を輩出する女子学生だけを受け入れる音楽学校……確かに、まどか先輩が夢見ていてもおかしくない。
少なくとも、それをユミリンが知っているくらいには、知れ渡っているようだ。
「そっか……まどか先輩は、目指しているんですね」
真剣な顔で千夏ちゃんがまどか先輩を見る。
私にはそんな千夏ちゃんの眼差しが、いつもとどこか違っているように思えた。
「これは、意外だったなぁ……」
まどか先輩の発言の意図を、誰もくみ取ることが出来なかった。
そんな私たちを見回した後で、まどか先輩は千夏ちゃんを見る。
「私のライバルは良枝だと思ってたけど、千夏、かもね」
不敵に笑うまどか先輩が、名前を呼び捨てにした瞬間、千夏ちゃんも笑みを浮かべ返した。
「ちょ、ちょっと、今度は演劇漫画が始まっちゃったよ!」
困ったようにいう加代ちゃんに、お姉ちゃんが「確かに」と頷く。
ユミリンはすかさず、少女漫画雑誌の名前を挙げて、どの系統の展開になるかなと言い出した。
そんな中で、史ちゃんはどうしているのかと様子を覗えば、私とバッチリと視線が噛み合った直後、恥ずかしそうにモジモジし始める。
どうやら、史ちゃんは史ちゃんで平常運転みたいだ。
そんな事を考えていると、リーちゃんが『主様』と呼びかけてくる。
思わず普通にしゃべりそうになるのを堪えて『リーちゃん、どうだった?』とお母さんの反応を聞いてみた。
『最大人数を聞かれたので答えて置いたのじゃ。サッちゃんとしては別に受け入れは問題ないようじゃ』
お母さんの頼もしい答えに史ちゃんが期待を裏切られることは無さそうだと安心する。
そんなタイミングで、リーちゃんが『表だっては言えないが、こうして事前に知らせてくれて助かった。感謝しておると、主様に伝えてほしいと頼まれたのじゃ』と言い加えた。
まさか、お母さんに感謝されるとまでは思って無かったので、不意打ちが嬉しい。
ともかく、丸く収まりそうなこともあって、私はホッと一息つくことができた。