寸劇
「じゃあ、泊まりに行っても良いんですか、お姉様!」
史ちゃんは目を輝かせてお姉ちゃんに歩み寄った。
「もちろん」
お姉ちゃんはにこやかに笑いながら頷き、史ちゃんは「やった」と口元で小さく拳を握りしめる。
「良かったじゃん、史ちゃん」
加代ちゃんは自分のことのように嬉しそうに史ちゃんに声を掛けた。
二人の友情が感じられて、心がほっこりする。
そんな二人の様子を眺めていると、史ちゃんが「あの、お姉様、加代ちゃんも一緒にお願いできますか?」と切り出した。
「前から言われてたし、急じゃ無ければ……あ、級でも大丈夫かな、お母さんが良いって言えば」と返す。
ここで、ユミリンが「でも、四人も泊まったら、部屋狭くない? 合計で六人になるけど」と言い出した。
どうやら、私と同じくユミリンも、千夏ちゃんと自分が泊まるのは当然と考えているらしい。
まあ、私もリーちゃんに指摘されなかったら気付かなかったので、思い込みとは恐ろしいものだ。
二人が泊まることが前提のユミリンの発言に、お姉ちゃんは少し戸惑ったようだけど、それでもちゃんと正すべく「由美ちゃんと千夏ちゃんは、泊まる前提になっているけど、二人の家はウチじゃ無いからね?」と指摘した。
対して、ユミリンは「え!?」と目を丸くする。
「最近ユミリンが泊まりに来るのが日常になってたけど、ユミリンのおうちはお隣だからね」
そう私がお姉ちゃんの言葉を補足すると、ユミリンは「え、私とチー坊は用済みってこと!?」とか言い出した。
「なっ……」
一瞬言葉に詰まってしまった私が、建て直して『なんて人聞きの悪いことを!』と口にするよりも早く、まどか先輩が「ふっふっふ、今までご苦労だったね、由美ちゃん君!」と前に出ながら、大袈裟な身振りで言い放つ。
まどか先輩のこの行動一つで、流れが悪ふざけの延長へと向かいだした。
「お願い、見捨てないで、凛花ちゃん」
ハンカチを取り出して目元を隠しながら、しなを作り出した千夏ちゃんに「くっ! 私たちが何をしたと言うんだ!」と不満の声を上げるユミリンと、混迷が深まる。
いつの間にか始まった寸劇に、まどか先輩と千夏ちゃんは演劇部だからわかるとして、ノリノリで参加しはじめたユミリンの適応力は何なんだろうと思ってしまった。
あ、でも、冷静に思い返すと、史ちゃんも演技は上手かったような気もする。
その記憶が正しかったと証明するように「申し訳ありません、お二方。お役目は私たちがきっちりと引き継ぎますので、安心してください」と侍女モードで参入した。
こうなると、演技が好きなまどか先輩や千夏ちゃんにより熱が籠もる。
「はっはっは、何かをした訳ではないぞ、由美ちゃん君。むしろ、何かをしなかったから、姫の心を動かす行動を起こさなかったからの結末なのだよ!!」
私に掌を向けて巻き込みながら、まどか先輩は高らかに言い放った。
「きせいじじつ!!」
千夏ちゃんが顔を真っ赤にしてそう言い出す。
「きせいじじちゅを見せつけましょう、姫!」
噛みながらもそう叫びながら抱き付いてくる千夏ちゃんに、ちょっと怖さを感じたものの、下手に避けると、どちらか、あるいは二人とも怪我しそうな勢いだったので、覚悟を決めて抱き留めることにした。
千夏ちゃんをどうにか受け止めたのだけど、想定に反して、私に負担はほぼかからず、くるりと彼女は身体を回転させて皆に向けて言い放つ。
「ご覧なさい。お揃いのツインテールを! これはもう姫が私を大事にしてくれている証です!」
勝ち誇るように、私のツインテールに触れながら、千夏ちゃんはそう言い放った。
「しょ、正直、侍女失格かも知れませんが、羨ましいです」
史ちゃんの発言を切っ掛けに、話がまた転がり出した。
「ひ、姫が受け入れているのなら、これは紛れもない、親愛の証……」
何故かまどか先輩は目を右手で覆って天を仰ぐ。
「ま、まさか、チー坊、私を裏切って……」
漫画みたいな狼狽を見せるユミリンは、数歩よろめくようにして後ろに下がった。
「ユミ吉、姫を大事に思うが余り、距離を置いてしまったのが、あなたの敗因よ!」
「くっ!」
ビシッと千夏ちゃんに指を刺され、更によろめくユミリン、なんだか盛り上がっている寸劇を前に、置いてけぼりになっている加代ちゃんに視線を向ける。
すると、視線の先では、戸惑う加代ちゃんに、お姉ちゃんが声を掛けるところだった。
「ごめんなさいね。まどかもそうだけど、千夏ちゃんも女優スイッチがあるみたいで……由美ちゃんや史ちゃんもみたいね」
苦笑気味にいうお姉ちゃんに、加代ちゃんはふるふると左右に首を振って「いえ、なんだか楽しそうで羨ましいです」と返す。
「すぐには無理でも、いずれ加代ちゃんも、入っていけるようになるわよ」
励ますように背中を軽く叩きながら言うお姉ちゃんに頷きで応えた加代ちゃんは「ところで」と切り出した。
「私と史ちゃんって、先輩とリンちゃ……凛花ちゃんのおうちに、ちゃんと泊まりに行けますか?」
お姉ちゃんは加代ちゃんの問いが想定外らしかったらしく、一瞬動きを止めた後で笑い出す。
「安心してちょうだい。ちゃんと、誰がいつ泊まりに来るか、話し合いしましょう」
笑いながら、そう返したお姉ちゃんはパンパンと音を立てて手を叩いてから「はい、終劇よ。加代ちゃんが心配しているから、ちゃんとお泊まりの話し合いをしましょう!」と提案した。