本心
「姫は抱き心地が良いね!」
ユミリンと離れたところで、まどか先輩が笑顔でそんな事を言い出した。
すると、離れたユミリンが腕を動かしながら「確かに」と同意する。
ユミリンの腕の中に作られた私がいたであろう空間が、無性に怖気を誘ってきた。
これは『種』の精神攻撃かもと錯乱した発想を浮かべたところで、リーちゃんに『そんなわけ無いのじゃ』とツッコまれる。
一方、まどか先輩の発言と、ユミリンの動きは嫌な方に広がりを見せて、他の皆が私の感触を思い出すかのように腕を動かし始めてしまった。
対象が自分だという事実に、恥ずかしさを飛び越えて、背筋が寒くなってきた私は「それで、まどか先輩とお姉ちゃんはなぜ、ここに?」と露骨だと思いつつも、話題変更を仕掛ける。
対して、お姉ちゃんは「もちろん、凛華と家に帰るために来たのよ、これは勝手に付いてきただけだけど」とまどか先輩を指さしながら答えた。
ぞんざいな扱いだなと思ったけど、まどか先輩は「どーも、これです」と笑顔を見せながら頭を下げる。
「まどか先輩も、一緒に帰るんですか?」
「おや、私が一緒では嫌かな?」
お姉ちゃんにこれ呼ばわりされても平然としていたのに、私の問い掛けには悲しそうな顔を見せるまどか先輩は、確実に私で遊んでいると思う。
思うけど、確証はないので断定は出来ず、私は「そんなことは無いですけど……」と返してしまった。
すると、やはり、演技だったのか、明るい表情を見せたまどか先輩は「ならよかったー、私も姫を守る騎士の一人に加えてくれたまえ!」と大袈裟な動きで、胸元にてを当てて優雅に頭を下げる。
このまま受け入れるのがなんだか引っかかってしまった私は、せめてもの抵抗で「でも、まどか先輩のおうちって、ウチの方向に来ると遠ざかりませんか?」と切り返してみた。
実際のまどか先輩の家は知らないので、遠くなることは無いのかもしれないけど『遠くなるならお帰り頂こう』というちょっと意地悪気味な考えで言ってみたのだけど、平然と「そのくらい大したことじゃ無いよ。なんなら、良枝の家に泊まるしね!」と言う。
返しから察するに、まどか先輩の家はウチから遠かったのに、全く気にしていないどころか、いっそ止まるとまで言い出すとは思わなかった。
完全に、まどか先輩にやり込められつつあるのを自覚しながら「良枝……お姉ちゃんの家ってことは、私の家でもあるんですけど?」と踏み込んでみる。
「一緒にお風呂に入ろうか、姫?」
頭痛を覚えるまどか先輩の返しに、私は絶句してしまった。
ここで、お姉ちゃんが「まどか、凛華を追い詰めないでちょうだい」と割って入ってきてくれる。
その後で私を振り返って「凛華、これでもまどかは凛華を心配してくれてるのよ」と言い出した。
「この前帰り道で動けなくなってしまったでしょう? そんなときに、まどかがいれば、家まで凛華を運べるって申し出てくれたの」
お姉ちゃんがそう言って説明をしてくれる間、当のまどか先輩は、なんだか居心地が悪そうに、視線を逸らしている。
どうも軽薄な振る舞いは本心を悟らせないためのものらしいとわかると、途端にまどか先輩への思いが変わってしまった。
気遣ってくれているのにそれを見せないように振る舞うまどか先輩の、器用な癖に変なところが不器用な側面が、なんだかとっても好ましく思えてくる。
そう考えた私は、気付くと「なんか、まどか先輩のこと誤解していたかも知れません。ゴメンなさい」と頭を下げていた。
そして、頭を上げると共に「まどか先輩。ありがとうございます」と自然と浮かんだ笑みを向ける。
チラリと私に視線を向けたまどか先輩は、大きな手を私の頭に置いて大きく揺さぶった。
「良枝、何でもかんでもいうんじゃ無いよ!」
まどか先輩の抗議に、お姉ちゃんは「かっこつけの行動に巻き込まれたリ凛花に、変な気遣いをさせるくらいなら真実を伝えた方が良いに決まってるでしょ」と返す。
私はまどか先輩のせいで直接見ることが出来ていないけど、お姉ちゃんの口元はニヤついてそうだなと、その声音から思った。
「あ、あのっ!!」
急に史ちゃんが声を上げた。
「どうした、ふみふみ?」
ユミリンが最初に反応を示す。
史ちゃんはそれを切っ掛けに「私も泊まりに行きたいです!」と強めの口調で主張した。
なし崩し的にまどか先輩も泊まりに来そうな勢いだったので、史ちゃんは自分もと思ったんだろう。
でも、口にするまでには大きな葛藤があったみたいで、史ちゃんの身体は小さく震えていた。
「そうね。お母さんに確認してからになるけど、多分大丈夫じゃ無いかしら」
サラリと返すお姉ちゃんに、昨日は四人だったのに、二人も増えたら六人になる……流石に狭くないだろうか、それにお母さんも多すぎて困るのでは無いかと考えた私は驚く。
が、私はユミリンと千夏ちゃんが今日も泊まる前提で考えていたことをリーちゃんに指摘されて、よく考えれば昨日と人数変わらないのかと一人で納得してしまった。