ハグ
熱の籠もった視線を史ちゃんと千夏ちゃんから向けられて困っていたところに、後ろから声がかかった。
「いやー、モテモテだね、凛花姫」
声に反応して振り返ると、そこには声の主でもある笑顔のまどか先輩と、その後ろで呆れと困惑が混ざった表情のお姉ちゃんの姿が見える。
正直、私では窮地を乗り越えられる飢餓全くしなかったので、笑われようと呆れられようと救い主でしか無かった。
「まどか先輩、お姉ちゃん」
私が二人に向かって声を掛けると、まどか先輩は「はいはい、まどか先輩だよぉ~」と言いながら私に向かって両手を広げる。
思わず何をしているんだろうという思いで、瞬きをしていると、まどか先輩は「私の胸に飛び込んでおいでぇ~」と言いだした。
お陰で手が広げられたワケはわかったものの、もの凄い疲労感が私を襲う。
「まどか先輩、何で先輩の胸に飛び込まなくちゃいけないんですか?」
ジト目を向けつつそう尋ねると、まどか先輩は「検査とはいえ入院は、やはり不安を感じるモノだと思う。姫はきっと周りに心配を掛けまいと気丈に振る舞うだろうから、そんな姫の心の支えになろうと思ってね、こっそり泣けるように胸を提供しようと思った次第だよ!」と大きな身振り手振りを交えて、淀みなく言葉を並べ出した。
話を聞く限り、ちゃんと私を思ってくれている部分もあるので、無碍に否定するわけにも行かず「お気持ちは嬉しいんですけど、本当に大丈夫ですから」と伝える。
「私には遠慮しなくて良いんだよ、姫?」
無駄にキラキラと輝きを放つ笑顔を向けるまどか先輩を前に、どうすれば落着するんだろうという私では身に余るミッションが立ち塞がった。
が、私がその対策を立てるよりも、まどか先輩の影響の広がりは大きく早い。
「凛花」
「おねえ……ちゃん?」
呼ばれて視線を向ければ、何故だか照れたような様子で、お姉ちゃんがまどか先輩の様に両手を開いて受け入れの姿勢をとっていた。
「不安なら、良いのよ」
視線を逸らしたまま恥ずかしそうに言うお姉ちゃんに、少しキュンとしてしまったけど、そもそも不安を感じていないし、抱きしめてほしいわけでも無い。
それよりも、年上で本来ブレーキを掛けてくれるはずの二人がこうなってしまうと、歯止めがきかなくなるのは必然だった。
「凛花ちゃん!」
千夏ちゃんの声に、嫌な予感がする。
ただ、無視するわけにもいかないので、視線を向ければ、千夏ちゃんはかる\苦自分のツインテールを手で払った後でウィンクを決めてから、両手を開き、待ちの視線をとった。
ここまで来れば、続いてしまうのは、私にも予測が付く。
史ちゃんが「凛花様、私はいつでも大丈夫です!」と言い出した。
四人全員から飛び込んでくるのを待つ姿勢をとられた私は、現実逃避気味に『四面楚歌』ってこういうことねと思う。
そんな私に、リーちゃんが『主様、それは用法として、間違っておるのじゃ』と言う指摘が入った。
結局、リーちゃんの、全員と抱き合った方が一番丸く収まるという言葉に従って、声を掛けてくれた順に抱き合った。
まどか先輩やお姉ちゃんは、私より身長があるので抱きしめられる形になったけど、身体のサイズが近い千夏ちゃんや史ちゃんはまさに抱き合うという感じで、顔も近く想像以上にドキドキしてしまう。
もっとも、それは私だけじゃ無く、千夏ちゃんも史ちゃんも恥ずかしかったようで、身体を赤く染めていた。
「なに? なんか人数増えてない?」
帰ってきたユミリンの言葉に、私はそういえば、千夏ちゃんが戻ってきたら、教室に向かう予定だったことを思い出した。
決めた通りに行動できなかったことを謝罪しようと思った私に、ユミリンは「あ、これ、荷物確認して、勝手に机の中身しまっちゃったけど、嫌だったら謝るわ」と言いながら、通学鞄を差し出してくる。
通学鞄を受け取りながら、私が「え、荷物持ってきてくれたの?」と尋ねると、ユミリンが加代ちゃんに視線を向けた。
「身体に異常は無いかもしれないけど、それでも部活禁止や体調不良で保健室に行ったりしてたから、リンリンは動かない方が良いんじゃないかって、加代チンが……」
ユミリンの言葉の後で、一歩前ニで貴代ちゃんは「ごめんね、余計なことだったかな」と不安そうな顔で尋ねてくる。
私は大きく左右に首を振って「ありがとうしか無いよ! ありがとう、二人とも!」と強めに訴えた。
二人の気遣いが嬉しくて、思った以上に声が弾んでしまう。
「余計な事って思われなくて良かったよ。ね、加代チン」
いつもの調子で同意を求めたユミリンだったが、加代ちゃんの口から出たのは「凛花ちゃんは嫌でも、遠慮しなさそうだから……ホント大丈夫?」という更なる問い掛けだった。
どこまでも気を遣ってくれる加代ちゃんの優しさに感動して、私は思わず抱き付いてしまう。
直前に、四人と抱き合ってたから、ギュッと腕に力を込めるまで、私は自分のやらかしに気づけず、慌てて手を離したときには、加代ちゃんは呆然としてしまっている。
「あ、ごめん、つい……」
私が慌ててそう口にすると、加代ちゃんは「へ、あ、ご褒美……かな?」と呟いた。
そんな加代ちゃんに説明という名の言い訳をするよりも先に、ユミリンが「リーンリンッ!」と私に向けて両手を広げる。
流石に六人目になるとそれほど動揺もせず、私はユミリンとも抱き合った。