妄想と既成事実
「それじゃあ、明日に備えて、帰るで良いんだよね?」
千夏ちゃんの勢いに押されながらも、私は「そ、う、だね」と頷いた。
「わかった、荷物取ってくるから、待ってて!」
言うなり千夏ちゃんは、駆け出して行ってしまう。
取り残された形になった私は、皆に「えっと、荷物は持ってきて……無いよね?」と尋ねてみた。
千夏ちゃんを待たないのも可哀想なので、私たちは2グループに分かれて教室に荷物を取りに行くことになった。
最初は話し合いで決めるつもりだったけど、結局まとまらなかったので、グーとパーをそれぞれ出し合ってグループ分けするグーパージャンケンが採用され、私と史ちゃん、ユミリンと加代ちゃんのグループに分かれる。
千夏ちゃんが合流したら一緒に教室に行って貰う方針で、教室へどの階段と廊下を通るかを決めてから、ユミリンと加代ちゃんに先に行って貰うことになった。
もしも、千夏ちゃんが戻って来なかったら、ここまで戻ってきて貰う事になるので、病院帰りの私はここで待機と言われてしまったのである。
先に教室に行く二人と、一緒に残る史ちゃんがその方向で同調したので、ここは話し合いの余地もなかった。
「凛花様!」
「なに? 史ちゃん」
「ふ、二人っきりですね!」
目をキラキラと輝かせて微笑む史ちゃんに、ちょっとドキッとしてしまった。
なんだか恥ずかしい気もするけど、純粋に可愛いなと思う表情だなと思う。
「ソウイエバ、ソウダネー」
可愛いなと思っていた内心を見抜かれないように、極力冷静を装って返したせいで、声がなんだか固くなった。
当然、史ちゃんに『あれ?』という顔をされてしまう。
しまったと思ったときには、史ちゃんはなんだか悲しそうな顔になってしまっていた。
「あの……ふたりきりはいやでしたか?」
上目遣いで聞かれた私は慌てて左右に首を振る。
「そんなことないよ!? 史ちゃんが可愛いなって思って、緊張しちゃって……」
動揺もあって、胸の内にしまっておこうと思ったことを口に出してしまった。
が、気付いたときには既に遅く、ともかく変な顔をされていないかと史ちゃんの反応を確認する。
「え、可愛いですか? もう、凛花様に言われたら、舞い上がっちゃいますよ」
そう口にした史ちゃんは、嬉しさと恥ずかしさが混ざった表情で、両手で頬を押さえてもじもじしていた。
そんな史ちゃんの姿を見ているだけで、何かしてあげなきゃいけないような衝動に駆られる。
思わず史ちゃんに触れようと手を伸ばしかけたところで、いつの間にか戻ってきていた千夏ちゃんが「なんで二人でイチャイチャしてるの!?」と声を上げた。
急な言葉、自分の行動、様々なモノが重なり私はビクッと全身を震わせる。
結果、反応が遅れてしまった私よりも早く、史ちゃんが「イチャイチャだなんて、そんなにはっきり言われたら、恥ずかしいよ。千夏ちゃん」と身体を左右に震わせながら言い放った。
対して、千夏ちゃんは「ずるいわ!」と不満をあらわにする。
「ちょっと待って、私たち、別にイチャイチャしてないからね!」
慌ててそう言うと、史ちゃんが「えー」と不満そうな声を上げた。
一方、千夏ちゃんは「気配よ! 恋愛の気配を感じたの!」と言う。
「気配って……」
呆然としてしまった私と違って、史ちゃんは「隠していても、漏れ出てしまうモノはあるのね」となんだか意味深なことを口走った。
すると、それを聞いた千夏ちゃんが私の方へバット視線を向けて「作りましょう!」と言い出す。
千夏ちゃんが何を言い出すのか予測が付かず「な、なにを!?」と聞き返すので精一杯だった。
対して、千夏ちゃんは真面目な顔で「既成事実!」と言い出す。
私の中の『既成事実』のイメージは、かなりピンクだったので「き、きせい、じじつぅ!?」と声が裏返ってしまった。
ここで、史ちゃんが「きせいじじつって、なに?」と首を傾げる。
ピンクなイメージを浮かべてしまった自分と全く知らない向笠を感じる史ちゃんとの差に、私は大きなダメージを受けた。
一方、史ちゃんから内容を問われた千夏ちゃんは「皆が認めざるを得ない事実の事よ。ほら、結婚指輪とか、戸籍謄本とか」と言い出す。
挙げた例の落差が酷いけど、私のイメージよりは健全に思えてしまって、より自分の発想が恥ずかしくなってしまった。
「えーっと、流石に、ここでは無理な内容だと思うけど……」
遠慮がちに言う史ちゃんに、挙げられた例が例だけに、私は心の中で『それはそう』と頷く。
「抱き合ったり、き、キスしたりして、恋人同士とわからせるというのも、既成自室には含まれるのよ」
もの凄く恥ずかしそうに千夏ちゃんは情報を追加し、史ちゃんはその内容に口を押さえて頬を赤らめた。
その後、かなりゆっくりとした動きで、顔を真っ赤にした二人の目が私に向けられる。
何を二人が想像しているのかはわからないけど、聞いてしまったら身悶えてしまいそうな内容なんじゃ無いかと、私の勘が激しく警鐘を鳴らしていた。




