保健室にて
保健室へと辿り着いた私は、保険医の水上先生に早速預かっていた川本先生からの手紙を手渡した。
私が手紙が病院の先生からだと伝えると、水上先生は「すぐに確認するわね」と言って椅子を指さす。
読み終わりを待てと言うことだなと理解した私は、付いてきた皆に「水上先生が手紙を読み終わるまで少し待つね」と伝えて、勧められた椅子に座った。
すると三人も一緒に待ってくれるようで、史ちゃんと加代ちゃんは私のそばの椅子に座り、ユミリンは机に寄りかかる。
この中で飛び抜けて身長の高いユミリンは、机に軽く座っても足が浮かないので、座っているようには見えなかった。
なんとも言えない理不尽さを感じたところで、手紙を読み終えた水上先生が「凛花ちゃん、読み終わったわー」と声を掛けてくる。
意識がユミリンに向いていたのもあって、少し反応が遅れてしまった。
どうにか「は、はい」と返事を返すと、水上先生は「緊張しなくても、大丈夫。怖いことは書いてなかったわよ」と微笑む。
水上先生には私が手紙の内容に不安を抱いていて、そのせいで緊張していると見えたようだ。
その事を伝えるかどうか判断が付かなかったこともあって、曖昧な笑みを返すと、水上先生は私の渡した封筒を手に「凛花ちゃんの身体に以上は見られなかったこと、もし何かあった場合は、自分宛に連絡をくれるように、病院だけじゃ無くて自宅の電話番号も書かれていたわ」と教えてくれる。
「優しい先生で良かったわね」
水上先生にそう言われた私は、何の迷いも無く「はい」と頷けた。
「今日は……寝ていく?」
コテンと小首を傾げながら言う水上先生に、私は反応できず瞬きを繰り返すことになった。
それでも聞かれている以上は応えなければという思いで「心配してくれてありがとうございます!」と私は立ち上がって大きく頭を下げる。
「えっと、体調は万全……だと、思います。ダルかったり、痛かったり、動きがおかしいって事は無くてですね」
口早に言葉を並べていくと、水上先生は「あ、ごめんね」と急に謝ってきた。
「へ?」
「軽い冗談のつもりで聞いたけど、そうよね。凛花ちゃん真面目だから、真に受けちゃうわよね、ごめんなさい」
真面目な顔で水上先生に頭を下げられて、私は全身から火が出そうな程熱が噴き出す。
冗談に対して、真面目に受け答えをしてしまったのはかなり恥ずかしかった。
恥ずかしさを越えてしまって真っ白になった私は、史ちゃんに肩を押されて、再び椅子に腰を下ろした。
私が着席した事を確認してから、水上先生を振り返った史ちゃんは「もぉ、水上先生。凛花様は真面目な良い子なんですから揶揄わないでください!」と怒ってくれる。
頬を掻きながら「いやぁ、面目ない」と口にした水上先生は、身を正すと改めて「申し訳ない」と頭を下げてくれた。
その姿を見て、急に我に返った私は慌てて「い、いえ、大丈夫ですから!」と伝える。
直後、史ちゃんから、何か良いそうな気配を感じた私は即座に振り返った。
「史ちゃんも、怒ってくれてありがとうね」
私が感謝の言葉を伝えると、照れてしまったようで、史ちゃんは頬を赤らめて「う、ん」と口にして俯いてしまう。
これ以上史ちゃんに言葉を掛けると、変な方に話が転がり出しそうな予感がしたので、何かを言う代わりに肩に置かれた手に、感謝の気持ちを込めながら私の手を重ねた。
「それで、この後はどうする?」
ユミリンの質問に、私は「どう?」と首を傾げた。
「リンちゃんはこのまま帰るんじゃない?」
こちらに振り向いて「ねぇ?」と確認を求めてくる加代ちゃんに、私は「その……予定だけど……何かあるの、ユミリン?」となんだか気になる聞き方をされたので、話を振ってみる。
「もしかして、リンリン、知らないかもと思ったんだけど……」
ユミリンがそこまで言ったところで、ガラガラと大きな音を立てて保健室の入口ドアが開かれた。
急患かもと思い席を反射的に立ち上がった私の目に入ったのは、荒い息で肩を大きく上下させる千夏ちゃんの姿である。
「え!? 千夏ちゃん?」
千夏ちゃんが慌てて入ってきた姿に、お姉ちゃんに何かあったのかもという不安が浮かんだ。
そのせいで私は声を掛けられなかったけど、保健室の主である水上先生は冷静な口調で「どうしました? けが人ですか? 急病人ですか?」と尋ねる。
対して、千夏ちゃんは「え……」と口にして、ピタリと動きを止めた。
「あ、違います違います。凛花ちゃんを探しに飛んできただけで、保健室には全く用はありません!」
はっきりと言い切った千夏ちゃんに対して、水上先生は「そうですか」と大きく息を吐き出して安堵の表情を見せる。
その後で「さいとぉちなつさぁん」と聞くだけでビクってしてしまいそうな声で水上先生は千夏ちゃんの名前を呼んだ。
完全にやらかしたことを悟った顔で千夏ちゃんは「何でしょうか?」と若干引き気味で返す。
「ここは保健室です、意味はわかりますね?」
「ご、ごめんなさい」
即座に自分の非を認めて謝る千夏ちゃんだったけど、それで許されるわけも無く、水上先生に切々とお説教されることとなった。