対策
『あれじゃな、人見知りじゃな』
突然のリーちゃんの言葉に、頭の理解が追いつかなかった。
すると、その事もしっかり伝わるリーちゃんは『キャラ付けじゃよ。主様のキャラ設定じゃ。そういう訓練は月子達ともしておったであろう?』と言葉を足してくる。
そのお陰で、この状況を乗り越えるために、人見知りの振る舞いをしろと言っているのだとはわかった。
けど『急にそんな事を始めて大丈夫かな?』という疑う気持が湧く。
『大人や教師だけが苦手という設定ならそれほど矛盾は無いじゃろ』
リーちゃんの返しに、なるほどと思うと同時に、私は演技に入った。
伏せ目がちにして、会話に参加できない風を装う。
緊張で話に参加できないという演技は、案外上手いと評判が良かったので、ちょっと自信があった。
会話に参加できないまま、少し経ったところで、お姉ちゃんがしゃべっていない私に気が付いたようで「済みません。先生。妹は退院したばかりなので」と私の背に手を乗せて、ゆっくりと前に進ませた。
先生からどんな言葉が掛けられたのかはわからないけど、千夏ちゃんが「それじゃあ失礼します」と頭を下げる。
私もそんな千夏ちゃんに合わせて頭だけ下げた。
「失礼します」
お姉ちゃんはそう言うと今度は肩に手をずらして、私を抱きかかえるようにして歩き出す。
何か反応しなければと考えている間に、お姉ちゃんから「大丈夫? 保健室に行く?」と囁くほどの小さな声で質問された。
「大丈夫、先生を前にして、緊張してしまっただけ……」
ウソ以外の何物でも無いので、自然と言葉がふわふわというてしまう。
対してお姉ちゃんは「ならよかった」と言って肩から腕を放した。
「お姉ちゃん?」
急に解放されたことに驚いた私が振り返ると、お姉ちゃんは「私、昇降口こっちだから、由美子ちゃん、千夏ちゃん、凛花をよろしくね!」と明るい声でてを振ってくる。
「う、うん」
反射的に胸の高さまで挙げた手を振り返していると、ユミリンが「任していて!」と胸を叩き、千夏ちゃんは「ちゃんと、護ります!」と大きく頷いた。
そして、ほぼ同時に二人が私を見る。
「たの……もしい、です」
どうにか二人にそう伝えると、お姉ちゃんは「また後でね!」と笑顔を残して三年生用の昇降口へと歩いて行った。
「リンリン、体調悪い?」
横にいたユミリンが、お姉ちゃんが見えなくなったところでそう聞いてきた。
私は左右に首を振ってから「大丈夫だよ」と返す。
「ほんと? 無理とか、我慢とか、ダメだよ?」
下から私の顔をのぞき込むようにして言う千夏ちゃんにも「うん。無理して心配掛けたりしないよ」と答えた。
「じゃあ、なんで、黙ってたの?」
ズバッとユミリンに切り込まれて、私は無意識に身体を強張らせてしまう。
明らかに普通では無い反応を示してしまったので、二人の顔が少し険しくなってしまった。
ここはちゃんと説明しないと逃れられないと思った私は俯いて大きく息を吐き出す。
「その……あの先生達が、その……」
月子お母さんから教わった言い難そうにして、未だ口にしていない言葉の続きを相手の委ねてしまうというテクニックを行使してみた。
すると、ユミリンは苦笑を浮かべて「もしかして、人見知りが発動した?」とリーちゃんの組み立てた設定にそう予想を口にする。
気持の中では『そう、その通り!』と言いたかったけど、リーちゃんからはそれはダメだと止められていた。
その上で、演技指導としてこうすれば良いというアドバイスを貰っている。
私はそのアドバイスに従って、視線を逸らしながら「そ、ん、な、こ、と、は……」と一音ずつに区切って声に出した。
すると、ここで千夏ちゃんが「えー、凛花ちゃん、病院で看護婦さんとかと仲良く……って、あー男の先生かぁ」と一人で頷き出す。
その後で「仕方ないよ! 誰にでも得意不得意ってあるもの」と、千夏ちゃんは明るく言ってくれた。
誤解というか、二人の想像に身を委ねる作戦はまんまと成功したモノの、なんだか男性教師が苦手みたいな解釈になってしまったのが、少し居心地が悪い。
演技というか、千夏ちゃんの想像の流れで決まった設定だけども、ここで否定したりしては折角上手く抜き出たのに、それを無に返すことになるので、曖昧に「うん」と頷くだけに反応を留めた。
肯定も否定もしないのが、私なりの精一杯の対応だったけど、状況的には私が『男性教師が苦手』というのは定着してしまうだろう。
何に対してか自分でもわからないけど、申し訳ないような気持になってきたところで、リーちゃんが『今は潜入捜査中、事情を説明するわけには行かぬ以上、心苦しくとも主様が気持ちを強く持つしか無いのじゃ』と言ってくれた。
励ましの言葉をくれたリーちゃんに、心の中で感謝の言葉を伝えてから、私は気持ちを整える。
気合を入れるために、短く息を吐き出してから、私はユミリンと千夏ちゃんに「気を遣わせてごめんね」と謝罪の言葉を伝えた。
二人は何も言わず笑みだけで応えてくれる。
そんな二人に向けて、私はなるべく明るい声で「じゃあ、教室に行こう」と声を掛けた。