違和と夢想
「あ、凛花、これ主治医の先生から保険医の先生に提出してって」
朝ご飯を済ませ、制服に身を包んだところで、お母さんにそう言われて茶色の風とを手渡された。
渡された封筒のつるつるした光沢のある不思議な素材に少し驚く。
お母さんがそんな私の反応をどう解釈したかはわからないけど「医学的には身体に異常が無いこと、あとは緊急時の連絡先として、主治医の先生の勤務先の電話番号が書いてあるそうよ」と内容を教えてくれた。
と同時に、病院でお世話になった頭に女医さんの姿が浮かぶ。
「えっと……川本先生」
「そう、その女医さんがこれからも何かあったら担当してくれるそうよ」
私は「なるほど」と口にしながら、封筒の裏表を確認したが、病院の名前や宛名などは書かれていなかった。
「おまたせーーー!」
何の躊躇も無く、玄関ドアを思いっきり開いて、ユミリンが飛び込んできた。
ユミリンは朝ご飯を食べた後で、一端家に帰って、今日の授業の準備をしてきたのである。
ちなみに、千夏ちゃんは最初から昨日、ウチに泊まる気だったらしく、昨日の時点で二日分の授業の準備に加え、お泊まりセットを持ち歩いていたらしく、そのパワーにビックリした。
その事に驚いたと伝えたら、千夏ちゃんは『土曜日は半日だから授業数少ないし、凛花ちゃん心配だったし』と恥ずかしそうに返してきて、その姿に何故か私もジャズか示唆を感じたのは昨日ノよ呂のことである。
ユミリンが返ってきて、四人揃ったところで、私たちは学校へ向かうことにした。
四人での登校は初めてだったのだけど、なんだか前から一緒だったような感覚があった。
緋馬織では寄宿舎生活だったし、こちらに来てからは一人で通学していたので、友達と学校に行くのは、京一の頃以来だったりする。
凛花としてなら、初めてだ。
ただ、それはあくまで私の主幹の話であって、お姉ちゃんやユミリンには一緒に通学していた記憶があると思う。
そんな事を考えながら歩いていた私は、妙なことに気が付いた。
『リーちゃん、わかる?』
頭の中でそう呼びかけると、リーちゃんはすぐに『主様の考えの通り、他に通学しておる生徒は近くにはおらぬようじゃ』と返してきた。
恐らく周辺も探ってくれた上での言葉だと思う。
その考えが正しいと証明するように、リーちゃんは『この時代は、未だ防犯カメラ、監視カメラが普及しておらぬ上に、ネット回戦も整備されておらぬ。結果的に主様が用意くださった『目』で、直接目撃する方法に寄らねばならぬ故、広範囲を確認できたわけでは無いが、恐らくこの先の状況にも違いはないはずじゃ』と説明を加えた。
心の中で『了解』と返しつつ、皆の様子を見る。
ちゃんと声を掛けたわけでは無く、あくまで様子を確認しただけだけど、お姉ちゃんもユミリン、千夏ちゃんも、人がいないという状況に疑問を感じていないようだ。
もしかしたら、人が少ないということ自体にも気付いていないかもしれない。
この世界を生み出した『種』にとって、この通学の時間は興味が無いのか、それとも逆に、私たちだけしかいないシチュエーションにしたいのか、その意図を断定するには情報が足りなすぎた。
学校の目前まで辿り着いたところで、ようやくざわめきが聞こえてきた。
校門には教師が何人か立ち、挨拶をしながら制服姿の生徒達がその間を通り抜けていく。
元の世界でも見かけていた朝の光景に、違和感はまるで無かった。
むしろ、違和感という意味では、同じ方向、つまり学校に向かう他の生徒が全くいなかったのに、この学校目前まで来たら、一気に増えた事の方がおかしく思える。
先日の掃除と男子の一件もあるので、恐らく……というか、確実に『種』の能力の限界なのだ。
ドラマや映画のセットの様に、見える部分は作り込まれ、見えない部分は省略されている。
だとすると、通学シーンは省略しても良い部分、学校は省略してはいけない部分なのでは無いかト思えてきた。
そんな私の考えに、リーちゃんが『わらわも同じように思うておるのじゃ』と同調してくれたことで、間違いないという自信が強まった。
「おはようございます」
先頭でお姉ちゃんが先生方に挨拶をすると、それぞれから『おはよう』という答えが返ってきた。
それは何の変哲も無いやりとりにしか見えない。
が、急にその流れに変化が訪れた。
お姉ちゃんが、何も聞かれても、挨拶以上の言葉を掛けられてもいないのに「そうなんですよ! 妹のお友達で……」と言いながらユミリンと千夏ちゃんに視線を向けながら、先生に笑みを見せる。
声を掛けられた先生の方は、壊れた機械のように『おはよう』を繰り返しているだけなのに、お姉ちゃんの会話は続いていた。
それどころか、ユミリンが『一応、親友だと思ってます』と照れくさそうに頭を掻いて、会話の中に参戦する。
千夏ちゃんも嬉しそうに『良枝先輩と凛花ちゃんのおうちに泊めて貰いました』と報告していた。
恐らく三人には、会話のキャッチボールがされ、会話が成立しているように感じ取れているのだろうけど、私にはただただ不気味で得体の知れない状況にしか見えない。
『リーちゃん、これ、私が会話に参加できないと、マズイ場面がありそうだよね?』
すぐに訪れるかもしれない状況に、私はどうしようかという思いでいっぱいになっていた。