就寝
お父さんが帰ってきて夕飯を食べた後、順番でお風呂に入った今、私、お姉ちゃん、そして、ユミリンに、千夏ちゃんの四人で並べた布団の上にいた。
私はお風呂上がりから、ずっと、千夏ちゃんの指導の下、おねえちゃんのヘアアレンジ講習の題材になっている。
「あの、お姉ちゃん」
『なぁに。凛花?」
『そろそろ寝たいんだけど……」
私の申し出に、お姉ちゃんは「未だ、上手くなってないんだけど!」と真顔で返された。
お姉ちゃんに教えられるのが楽しいのか、千夏ちゃんは「凛花ちゃん、もうちょっとだけ、お願い」と手を組んで上目遣いでお願いしてくる。
思わず頷きたくなるお願いを前に、私はヘアアレンジに興味が無さそうにしていたユミリンをこちらサイドに引き込む手に出ることにした。
「ユミリン、ユミリンもそろそろ寝たいよね?」
「正直、私はどっちでも良いかな」
こちらを振り返りもせず、布団の上に寝転んだままで、ユミリンは読んでいた漫画のページをめくる。
味方がいない状況に、諦め気分になったところで、ユミリンが「二人とも心配してたし、リンリンが無事返ってきて、こうしてに直接触れられて嬉しいんだよ」とこちらを見ずに言った。
その言葉に、お姉ちゃんと千夏ちゃんに視線を向ける。
そっと目を逸らす二人だけど、否定の言葉は出てこなかった。
私は、直前よりも、仕方ないなぁと言う気持で「あと一つか二つにしてよ」と告げる。
「うん。了解」
即座の千夏ちゃんからの応答に続いて、お姉ちゃんが「ありがとう、凛花」と言いながら抱き付いてきた。
「さすが、リンリンは優しいねぇ」
頬杖を突いて漫画のページをめくりながらユミリンが言う。
私は妙な恥ずかしさというか、くすぐったさを感じて「病院から帰ってきた翌日に、遅刻と化して皆に心配掛けたくないから、ちゃんと回数の約束は守ってね!」と口早に告げた。
三つ編みに、ツインテールと、きっちり二パターンの髪型を試したところで、満足……とまでは行かなかったものの、お姉ちゃんも千夏ちゃんも約束を守って終わりにしてくれた。
公平を期すために、という名目で、寝る場所はくじ引きで、千夏ちゃん、私、お姉ちゃん、ユミリンの順になっている。
端っこになった千夏ちゃんとユミリンに、大丈夫かとお姉ちゃんが聞いたのだけど、二人ともくじだから受け入れると、ごねることなく受け入れた。
ちょっと意外だったけど、自分を取りあうんじゃないかと自意識過剰なことを考えていた自分に気付いて、ちょっと恥ずかしくなってしまう。
そんな気持を抱え込んで私は真っ先に布団に潜り込んだ。
四人が全員布団に入ったところで、お姉ちゃんは部屋の中央の照明から伸びた紐に手を伸ばした。
「それじゃあ、あかり消すわよ」
お姉ちゃんの言葉に、私達はそれぞれ返事をする。
その後で、紐が引かれ天井の照明カチっと音を立てて、二本ある円状の蛍光灯の一つが消えた。
もう一度カチッと音が鳴ると、今度は常夜灯のオレンジ掛かった昏い光に変わる。
そこでお姉ちゃんは照明から伸びる紐から手を離した。
今日はこの明るさで寝るみただと思って目を閉じると、少ししたところで右の千夏ちゃんの布団から、何かが入り込んでくる。
ややあって、それが千夏ちゃんの手でわかったのは、私の右手を握られたからだった。
どこか遠慮がちに繋いできた千夏ちゃんに、私は嫌じゃないよと伝えるために、黙ったままで、軽く手に力を込めて握り返す。
千夏ちゃんは返答のように、少し手に力を入れてから、ゆっくりと力を抜いて手を握ったまま寝ることにした。
目を閉じて少し経つと、段々と周りから寝息が経ち始めた。
千夏ちゃんも眠れているようだけど、繋いだ手はそのまま離れていない。
そんな中で、リーちゃんの声が聞こえてきた。
『主様、気付いたかの?』
突然の問い掛けに、私は『なんのこと?』と頭の中で返す。
『うむ……根元由美子のことじゃが……』
ユミリンの名前が出たことに、私は『種』に係わることだと思って身体が緊張するのがわかった。
手を繋いだままの千夏ちゃんに伝わらないように、手に力がこもらないように意識しながら『うん、どうしたの?』と問う。
すると、リーちゃんは『女子力と言うておったのじゃ』と返してきた。
『女子力?』
聞き馴染みのある言葉だけに、リーちゃんがそこに引っかかった理由がわからない。
そんな私に、リーちゃんは『発症の時期が細かくわかっているわけではないがの、平成の中期頃の流行語という記録があるのじゃ』と告げた。
『平成……じゃあ、この時代には無い……って、ことだよね?』
より黒に近づいたのだと思うと共に、普通の女の子にしか見えない今日の振る舞いが脳裏に過る。
私の中では、疑いたくない気持ちが溢れて、千夏ちゃんの手を強く握りそうになってしまった。
どうにか堪えて、息を長く吐き出して気持を静めていると、リーちゃんが『単に、自らで作り出した可能性もあるし、主様と同じように元の世界から迷い込んでいる故に知識があったのかも知れぬ』と言ってくれる。
即『黒』じゃないという言葉に少しホッとしたものの、疑いは晴れたわけではなく、私は抱いてしまった複雑な気分に押されて、気付けば溜め息を吐き出していた。