熱量
もの凄く文句を言いたい気分にはなったけど、大人な精神を持つ私は、堪えて「よくわかったね、そうだよ」と頷いた。
実際、形は綺麗に出来たモノの、サイズがお母さんや千夏ちゃんと比べて小ぶりなのは事実なので、そこは認めるべきだとも思う。
すると、ユミリンは、私が反論しなかったので、肩透かしを食らったのか、ターゲットを早々に千夏ちゃんに移した。
「んで、このちょっと、アレなのが、チー坊だな」
ユミリンの発言に、千夏ちゃんは眉尻をピクリと動かす。
その後で「そう、ちょっとアレなのが、私作だよ」と頷いた。
このまま、喧嘩に突入するかと思いきや、ユミリンの続く言葉で話の流れが大きく変わる。
「初めて作ったんでしょ?」
千夏ちゃんは、その質問に対して、一瞬「うっ」ちょ声を詰まらせた後で、少し嫌そうに「そうよ」と認めた。
対して、ユミリンは「なら、すごいじゃん」と満面の笑みを浮かべる。
「へ?」
千夏ちゃんはユミリンの言葉を想像もしていなかったようで、目を点にして驚いた。
「お母さんは別格だけど、リンリンも女子力高いからさ、上手に仕上げるのは予想通りだけど、初めてなのに、二人に比べてもそんなに崩れてないと思う」
ユミリンはニカリと笑いながら、千夏ちゃんを真っ直ぐ見てはっきりと言い切る。
頭の理解が追いついていないのか、瞬きをしきりに繰り返す千夏ちゃんに、ユミリンは更に言葉を掛けた。
「私も、挑戦させて貰ったことがあるけど、焼いてる間にパカッて開いちゃってさ、チー坊と比べものにならないくらい悲惨な結果になったよ」
照れたように頭を掻きながら言うユミリンを前に、ようやく千夏ちゃんの理解が追いついたようで、いつの間にか頬から耳を真っ赤に染めて、瞬きの速度を増している。
そんな千夏ちゃんの様子に気付いていないかのような平然とした振る舞いで、ユミリンはお姉ちゃんに「ね?」と話を振った。
「確かに、見事バラバラだったけど……私も最初は同じで、それからやってないから……ちゃんとチャレンジして、しかもコンだけしっかり出来ているなんて、千夏ちゃんは凄いと思うわ」
皆でお料理なんて盛り上がりそうなイベントに、二人が参加してこないのに多少疑問を感じていたけど、どうやら二人とも苦手だったらしい。
料理開始から終了まで、お姉ちゃんとユミリンが完全に気配を断っていたのは、事情を知らない千夏ちゃんに誘われたり、理由を問われないようにだったのかもしれないと思うと、ちょっとおかしかった。
「あ、それと……」
私の後ろに立ったお姉ちゃんが、急に耳の左右に垂れる二本の髪束を左右それそれの手で持ち上げた。
「お姉ちゃん?」
私の疑問の声に反応した千夏ちゃんの目が私に向かう。
そのタイミングでお姉ちゃんは「これ結んだのも、千夏ちゃんでしょう?」と尋ねた。
どうにかといった感じで「そ、うです、けど」と辿々しく千夏ちゃんは答える。
まだまだ動揺は収まっていないようだ。
一方、お姉ちゃんは私の髪を何故か上下させて弄びながら「私も本当は、千夏ちゃんみたいに、凛花の髪の毛を結んであげたりしたいのよ!」と声を張り上げる。
やりたければ止めないのにという思いが、何故言わないんだろうという疑問と相まって、私の口から「へっ!?」という驚きの声となって飛び出した。
そんな私の疑問は、続くお姉ちゃんの言葉で解消する。
「どうせなら、可愛く結んであげたいじゃない? 綺麗に仕上げたいじゃない? でもね、ダメなの、私、不器用なのよ!」
お姉ちゃんの訴えのお陰で、私は理由は理解できた。
けど、なんと言って良いのかが全く、さっぱり、一ミリも思い浮かばない。
「わかるよ、お姉ちゃん。私も、不器用だからさ、やりたいのに出来ないってもどかしいよね」
ユミリンがそう言いながら、お姉ちゃんにそっと寄り添った。
一方、話題が自分から移ったことで、多少余裕が出来たのであろう千夏ちゃんは「良枝先輩、部活の作業を見てる限りだと、かなり手先が器用だと思うんですけど?」と怪訝そうな表情で自分の中のイメージを言葉にする。
対して、お姉ちゃんは「千夏ちゃん……わかって貰えるかはわからないけど、凛花が絡むとダメなの。凛花のためとか、凛花に何かしてあげたいって思うと、気持が空回りしてしまって」と悲しそうな声で言い出した。
「料理なんて、凛花が食べてくれるなんて思ったら手元が狂うし、凛花の髪だって可愛く結んであげようとか、似合いそうなあの髪型を再現しようとか思っても、緊張でうまく出来ないのよ!」
背中で熱く語っているお姉ちゃんが、どんな表情を浮かべているのか、私が見たいような見たくないような微妙な気持でいると、ついに演説は最終章に達する。
「なので、こんなに可愛く、凛花の髪を結んであげられる千夏ちゃんが、羨ましい……いえ、妬ましいわ!」
魂の籠もった言葉だけに、もの凄く響くのだけど、内容が内容だけに恥ずかしいとか諸々の感情を突き抜けて、私は『おねえちゃん、大丈夫?』と心配になってしまった。