作業開始
「作り方はわかったわね? それじゃあ、やってみて」
笑顔のお母さんにそう促されて、私と千夏ちゃんは顔を見合わせて頷き合った。
左手に餃子の皮を乗せ、右手に餡を掬うための大きめなスプーンを握る。
その後で、改めて顔を見合わせた私と千夏ちゃんは目で語り合った。
結果、一番手を務めることになった私は、緋馬織での経験を思い出しつつ、包むのに最適な量をイメージしてスプーンを操る。
掬った餡を左手の上に載せた餃子の皮の中心に乗せた。
お母さんの見本に比べると、少し量が少なめになってしまったけど、自分の手のサイズを考えると、丁度良いかもと思い、このまま行くことにしてスプーンをテーブルの上に置く。
横を見ると、私が餡を掬い終えたのを見ていた千夏ちゃんが、ゴクリと喉を鳴らして、スプーンを餡の山に突っ込むところだった。
変に声を掛けると、妙に緊張させてしまうかもしれないので、千夏ちゃんの様子を覗いながらも敢えて沈黙を保つ。
緊張からか、少しスプーンを持つ手が震えていたが、餡を掬い上げた千夏ちゃんは一気に左手の皮の中に乗せて、大きく息を吐き出した。
「あらあら、そんなに緊張しなくても良いのよ?」
困り顔でお母さんにそう言われて、顔を見合わせた私と千夏ちゃんは、恥ずかしさでお互い顔を熱くする。
とはいえ、ここで時間を掛けてはお手伝いどころかお邪魔になりかねないので「千夏ちゃん、先に進もう」と呼びかけることにした。
「そ、そうだね」
コクコクと千夏ちゃんが頷いたのを見て、私は右手の人差し指の先に水を付けて湿らせ、餡の乗った皮の縁を湿らせるように撫でつける。
そのまま、閉じ合わせてから、右と左の親指と人差し指で皮の縁をつまみ上げた。
摘まんだ場所同士を近づけるように動かしてヒダを作っていく。
五箇所ヒダを作ったところで、剥がれそうにないのを確認してから、お母さんの作った餃子に並べるようにしてアルミ製のバットに乗せた。
急に千夏ちゃんが「はぁ~~~~~っ?」と声を上げる。
その後で、左手に餃子の皮を持っているせいか、千夏ちゃんは右の肘で私の脇腹を突いてきた。
「え、なに、え?」
行動の理由がわからず、肘から遠ざかるようにして距離を取る。
すると、千夏ちゃんはプンプンと怒りながら「手慣れてるじゃない! 私を騙したわね、凛花ちゃん!」と言い出した。
「へ?」
想定もしていなかった言葉に、目が点になる。
そこから数秒、ようやく内容を理解した頭が動き出した。
「ちょっと、待って、騙してなんかないでしょ!?」
私の主張に、千夏ちゃんは首をブンブンと左右に振って「初心者の振りをしてたでしょう!」と頬を膨らませる。
「ぎょ、餃子を包むのは、何度かやったことがあるだけだよ! 千夏ちゃんくらい器用な人ならすぐに私くらい出来るようになるよ!」
変にウソをついたり、誤魔化したりすると、千夏ちゃんは感づいてこじれそうな気がしたので、私は真っ直ぐに見詰めながらそう伝えた。
この世界のお母さんとではないけど、月子お母さんとは一緒に餃子を包んだ経験があるし、慣れれば器用な千夏ちゃんならすぐに出来るようになると思う。
心の底からそれだけを思って見詰めていると、お母さんが「そうよ、千夏ちゃん。経験を詰めが出来るようになるわ。最初から上手な人はいないもの」と口にしてから、意味深な笑みを浮かべて私を見た。
その上で「ね、凛花?」と声を掛けてくる。
言葉の裏に、私が下手だった頃があるのを匂わせる言葉と態度だったけど、それで千夏ちゃんが落ち着くならと乗っかることにした。
正直なところ、すぐに乗れたのは、頭の中でリーちゃんが、この世界では『最初は下手だったという記憶』をお母さんが持っているのかもしれないと指摘してくれたお陰である。
お母さんにその記憶があるなら、お父さんやお姉ちゃん、もしかしたら、ユミリンにもあるかもしれないので、矛盾や違和感が生まれないようにするには乗った方が良いと考えたのだ。
まあ、下手だった記憶を皆が持っていて、私は最初から上手かったって主張したら、ユミリンあたりに揶揄われかねないというリーちゃんの指摘に、それは嫌だなぁと思ったのも大きい。
というわけで、流れに乗ると決めた以上、千夏ちゃんにより言葉を掛けることにした。
「えっと、ゆっくりやれば、うまく出来ると思う。ちゃんと閉じてさえいれば、波形は付けなくても大丈夫だし」
私がそう言うと、千夏ちゃんは視線をお母さんに向ける。
お母さんは頷きながら「そうね。口を閉じることに集中してやってみて」と微笑みかけた。
千夏ちゃんは自分の手元に視線を戻すと、そこで動きを止めてしまう。
私が「頑張って、千夏ちゃん!」と声を掛けると、軽く頷いた千夏ちゃんは唇を真一文字に結んで、指に水を付けた。
少し水気が多くて部チョリトはしたモノの、丁寧に縁に水を塗りつけて、円状の皮を半円状にして中に餡を包み込む。
「そのまま掴んだ場所同士を寄せるように動かして!」
「う、うん」
私の指示に頷いた千夏ちゃんは真剣な顔で皮を動かしていった。