お手伝い
「あら、良いじゃない。頑張って自分を高めるのは素敵な事よ」
お母さんの明るい声は、とても良く通った。
ハッと顔を上げた千夏ちゃんに、微笑みかけながらお母さんは言葉を続ける。
「宝石だってそうだけど、原石を磨かなければ輝かないのよ。自分を高めるために磨くのは素晴らしいことじゃない?」
お母さんの言葉に、千夏ちゃんは感銘を受けたようで、表情を輝かせていた。
「大人になると、お化粧は必須になるモノ、そういう意味では皆養殖よ!」
そう言いながら、お母さんはユミリンに向かってにっこりと微笑みかける。
表情は穏やかに見えるのに、込められた圧は計り知れないモノだったようだ。
ユミリンはビシッと背筋を伸ばすと「冗談でも言いすぎました」と直角に近い角度で頭を下げる。
「そうね。ちゃんと反省できて、由美ちゃんは偉いわ」
お母さんはゆったりとした動きで頷くと「それじゃあ、夕飯の準備をしてくるわね」と言って今を離れようとした。
ところが、途中でピタッと足を止めると、くるりとこちらへ振り返る。
ユミリンがビクッと大きく身体を震わせたのが目に入った。
お母さんは、笑顔のまま「皆食べていくでしょう?」と問い掛ける。
「はい! お願いします!」
ハキハキした言い回しでユミリンが返事をした後で、千夏ちゃんが「私も良いんですか?」と目を潤ませたまま尋ねた。
お母さんは大きく頷きながら「もちろんよ!」と返す。
踵を返して、今を後にしょうとしたところで、私はいつの間にか立ち上がっていた。
それを、皆から視線を向けられたことで気が付いた私は、慌てて「お母さん、私も手伝うよ!」と申し出る。
千夏ちゃんがそんな私に続いて「わ、私もお手伝いさせて貰って良いですか?」とお母さんに尋ねた。
再び足を止めて振り返ったお母さんは「そうね。それじゃあ、二人ともついてきて」と手招きしてくれる。
私と千夏ちゃんは顔を合わせて頷き合うと、小走りで駆け寄った。
「じゃあ、今日はお手伝いさんが増えたので、餃子にしようかと思います」
お母さんはそう言うと、キッチンの大きめなテーブルに、冷蔵庫から取り出した材料を並べ始めた。
キャベツにニラの葉物に、ネギにニンニク、ショウガ、薬味兼香り付けの品々に、豚の挽肉と食材が出そろう。
教育実習用のエプロンと三角巾を付けた私と千夏ちゃんは、綺麗に手を洗って待ち構えていた。
ちなみに、千夏ちゃんのエプロン類はお姉ちゃんのモノである。
「えーと、千夏ちゃんは包丁使えるかしら?」
お母さんの質問に、千夏ちゃんは、気まずそうに視線を逸らしてから「ちょ、売り実習で少しだけ……」と小さな声で答えた。
恥ずかしかったのか、千夏ちゃんは視線を下に落としていて、その隙をついて、お母さんはアイコンタクトで私はどうなのかと尋ねてくる。
恐らく、お母さんの中には記憶という形で私の技量の情報はあるはずだ。
確認してきたのは、それが正しいかどうかわからないと考えたからだと思う。
なので、ここは私が主導する形で答えを示すことにした。
「大丈夫、私もそんなに上手じゃないから、ゆっくり頑張ろう!」
そう言って声を掛けると、千夏ちゃんはよっぽど自信が無かったからか、私の上着の裾を掴んで「うん」と小さく頷く。
千夏ちゃんの反応を確認した私は、お母さんに「それじゃあ、私と千夏ちゃんで野菜を切るね!」と伝えた。
一応、緋馬織小学校では花ちゃんの手伝いと称して皆で料理を作っていたし、京一時代には胸を張って自炊とは言えないものの、多少の心得はある。
完全素人ではないので、ここは千夏ちゃんを安心させるためにも堂々と振る舞おうと誓った。
お母さんの手入れが良いからだろう、もの凄く切れ味の良い包丁は、野菜を刻むのがとても楽だった。
教科書に載っているとおり、猫の手を作って、包丁の軌道に指が入らないように実演しながら、千夏ちゃんと一緒に野菜を刻んでいく。
スムーズに切れたことで、楽しくなってきたのであろう千夏ちゃんは、最初はおっかなびっくりだったのがウソのように、それなりのペースで進め始めた。
私は千夏ちゃんの邪魔になら内容に、切り終わった野菜をボウルに移し、作業しやすいようにと立ち回る。
そうするうちに、最初は心配そうだったお母さんの表情が、安心したように柔らかくなってきたので、上手くやれているんだなと、ほんの少し自信を持つことができた。
刻んだ野菜や肉、調味料を混ぜ合わせて餡を準備した私たちの前には、円形の餃子の皮が並べられた。
「それじゃあ、二人の頑張りで餡が出来たので、包む作業に入ります!」
お母さんの宣言に、私と千夏ちゃんは一緒に拍手を贈る。
「じゃあ、お母さんが包むからよく見ててね」
そう言って掌の上に餃子の皮を載せたお母さんは、スプーンを巧みに使ってラグビーボール状に掬い上げた餡をその中央に乗せた。
指を軽く水で濡らし、円を半分にして閉じると、箸に襞を造り上げる。
流れるような手さばきに、私と千夏ちゃんはどちらからともなく「「おーー」」と言いながら、称賛の拍手をお母さんに贈った。