言葉遊び
フル回転で頭を使った私は、めまいを起こしそうになりながら「なんとなく、千夏ちゃんとは長い付き合いみたいな感覚があるから、自信が無くなってて」と苦笑しつつ頬を掻いた。
千夏ちゃんは私の返しに、表現しがたい複雑な表情を浮かべる。
そのままお互い見つめ合う形になったところで、お姉ちゃんが「確かに、千夏ちゃんとは長い付き合いって感じがするわね」と頷いてくれた。
けど、ユミリンが「良枝お姉ちゃんとチー坊は同じ部活なんだから、長い付き合いでしょ!」とツッコミを入れる。
思わぬ指摘に、お姉ちゃんは一瞬たじろぐも「何年も前から知り合いな気がするって言ってるの」と切り返して見せた。
すると、ユミリンは「まあ、私も同じ感覚あるんだけどね」とちょろりと舌を出す。
損歩林に対して口元に笑みを浮かべたまま半目になったお姉ちゃんは「よし」と何かを決意したかのように大きく頷いた。
「由美ちゃん、可愛くないから、帰っていいわよ」
玄関の方を指さしながら、お姉ちゃんは笑顔で言い放つ。
想像もしていなかったんだろうユミリンは「うぇっ」と変な声を上げた。
「凛花は入院で寂しかったし、千夏ちゃんも家には一人で寂しいだろうし、今日は三人で楽しく過ごしましょう!」
お姉ちゃんは両手を広げて私と千夏ちゃんを、自らの腕で抱き寄せながら、笑顔で言い放つ。
「ちょ、良枝お姉ちゃん!」
あまりの対応に、抗議の声を上げるユミリンに、千夏ちゃんは「ごめんね、由美子さん、今日は三人で楽しませていただきますわ!」と掌で口元を隠しながら、胸を仰け反らせて見下すような体制をわざわざ作って言ってのけた。
千夏ちゃんの加担に「なっ!」と声を漏らしたユミリンの視線が私に向く。
明らかに助けを求める眼差しに、答えそうになった私に、抱きしめるお姉ちゃんの腕に力が籠もった。
「凛花ぁ」
後ろから抱き留められているせいで、表情は見えないけども、お姉ちゃんからは『どちらに味方するかわかっているよね?』という圧が伝わってくる。
そんな状況で、横から千夏ちゃんがうるうるの目を私に向けて来た。
千夏ちゃんの目からも、お姉ちゃんの圧とは方向性は違うものの『わかっているよね?』という気配が感じられる。
私は目を閉じて心の中で、ユミリンに詫びてから再び目を開いた。
「ユミリン、また明日!」
「リンリーーーーーーン!」
「ごめんなさい。ユミリン」
その場のノリとはいえ、イジメのような形になってしまったので、ユミリンの反応を切っ掛けに起きた笑いが収まったところで、私は頭を下げた。
ユミリンは唇を尖らせて「リンリンは親友だから裏切らないと思ってたのになー」と言う。
「うん、本当にごめんなさい」
申し訳なくなってもう一度謝罪の言葉を繰り返すと、ユミリンは「ちょ、冗談だから、拗ねた振りだから、マジになるのは止めてーーー」と私の肩に手を置いて大きく揺さぶってきた。
「え、わ、う、わか、わかった」
揺すられながらどうにかそう返すと、ユミリンは大きく溜め息を吐き出す。
「真面目すぎるところ、ホント、加減が難しくなるからどうにかして、リンリン」
ジト目でそう言われた私は「全然真面目じゃないよ!」と切り返した。
すると、ユミリンは「と、言ってますよ、凛花ちゃんのお姉さん」と視線をお姉ちゃんに向ける。
お姉ちゃんは「凛花、ちゃんと自覚した方が良いわよ」と残念な人を見るような目を向けられた。
私はお姉ちゃんからの視線と言葉に、それなりにショックを受けたのだけど、ユミリンは構わず千夏ちゃんに視線を向ける。
「本人は真面目じゃないと供述していますが、どう思われますか、解説の、千夏さん」
変な振りをされた千夏ちゃんだったけど、演劇部でもアドリブ力の高さを発揮している彼女にとって、対応するのは容易かったようだ。
眼鏡も掛けていないのに、眼鏡を押し上げるジェスチャーをしながら「彼女は周りを見る目に優れている反動で、自分を見る目が、少し……」と言う。
「まあ、多少鈍感な方が可愛らしいですからね、私はむしろ凛花さんの魅力だと思いますね。なんというか無垢なお嬢さんの体現のような素晴らしい美少女だと思いますね」
「ちょ……」
くすぐったい言葉が並び始めて焦る私を遮るように、ユミリンが「それはそう!」と大きめの声で同意した。
「私の演技とは違う、根っこからのモノを感じる」
真剣な顔で言う千夏ちゃんに、体中から恥ずかしさで熱が吹き出る。
「天然と養殖の違いね」
大きく頷きながら言うユミリンに、千夏ちゃんは「くっ」と悔しそうに呻いた。
その後で「上手いこと言うわね……天然モノ……と、養殖モノね……」と千夏ちゃんは苦笑する。
千夏ちゃんの表情に悲しそうな気持を感じ取った私は、何かフォローの言葉を掛けようと思ったのだけど、頭の中でリーちゃんから『この状況で何を言っても、逆効果ではないかのう?』と疑問の言葉を投げ掛けられてしまった。
状況、立場を考えれば、持ち上げられている側の私が何かを言っても、嫌みになってしまう。
リーちゃんの指摘でそこに気が付いた私は、結局何も言えなくなってしまった。