帰宅の時
結局、現状としては打つ手がないということで、消極的ではあるものの、情報交換を密にして、様子見と言うことに決まった。
そんなタイミングで、玄関の方からガチャリとドアが開く音が聞こえてくる。
学校がすでに終わってることを時計で確認した私は「あ、誰か……お姉ちゃんかな?」と口にしてから、目の前のテーブルに鎮座するリーちゃんに目が行った。
トントンと廊下を居間に向かって近づいてくる複数人の足音に、私は「り、リーちゃん、どうしよう!」と焦りでパニックになりつつあった。
リーちゃんがすぐに『落ち着くのじゃ、主様』と言ってくれたものの、それで落ち着けるなら、自分のパニックを自覚しない。
そんな私に、今度はお母さんが「はい、凛花座って」といって居間のソファに方を押されて座らさせられた。
その後で「はい、リーちゃんはぬいぐるみの振りね?」といって私の太ももの上にリーちゃんのヴァイアを置く。
『下手に反応せぬように意識を切り離しておくのじゃ』
お母さんに頷きで応えたリーちゃんは、そう宣言した後で、そのまま私の足の上で、ピタリと動きを止めた。
直後、ガチャリとドアの開く音がして、お姉ちゃん、ユミリンに、千夏ちゃんが居間に入ってくる。
「凛花!」
「リンリン!」
「凛花ちゃん!」
ほぼ同時に三人が私の名前を呼んだ。
普通に考えて、検査とは言え、入院はそうあることでは無いのでそれなりに心配掛けたんだと思う。
私は「お姉ちゃん、ユミリン、千夏ちゃん」と順番に呼びかけてから「心配を掛けたけど、身体の方は大丈夫だと言って貰えました」と頭を下げながら伝えた。
「まあ、幽体離脱しちゃう霊感少女のせいだって知ってたから、私はそんなに心配してなかったわよ?」
そう言って千夏ちゃんは腕を組んで言い張った。
昨日もの凄く心配してくれていたのを知っているので、私は「平気だって信じてくれてたんだね」と頷く。
対して、千夏ちゃんは「そうだけど、そうだけども!」と変な反応を返してきた。
「あれ?」
想定していなかったリアクションに、私は瞬きを繰り返す。
「チー坊、散々教えたでしょうよ。リンリンは素直な上に、良い方に、良い方に受け取って返してくるから、捻っても無駄だよって」
リンリンがそう言って両手を上に上げてお手上げポーズをするものの、何に対してのお手上げなのかがよくわからなかった。
けど、千夏ちゃんは意図がわかったようで「そうだねー」とけだるげに同意する。
なんだか、私だけの獣にされたようで面白くなかった。
「凛花、お帰りなさい~」
ソファの後ろから伸びてきたお姉ちゃんの腕が私を抱き寄せた。
そこで、お姉ちゃんは私の膝の上に乗るリーちゃんに気付いたらしく「あら、凛花がぬいぐるみなんて、珍しいわね」と言い出す。
直前まで、ユミリンと千夏ちゃんのやりとりに感じていたモヤモヤを吹き飛ばして、お姉ちゃんの言葉は私をドキドキさせた。
リーちゃんは、ヴァイアから意識を離しているので、動く事は無いのだけど、お母さんだけに明かした秘密があるせいで、余計なことを口走ってしまいそうで落ち着かない。
「どんなの子か、見せて貰っても良い?」
そう言って私の顔を覗くように、身を乗り出してきたお姉ちゃんに、ドキドキしながら「うん」と答えて、リーちゃんのヴァイアの身体を持ち上げた。
「この子は……」
「リーちゃん」
反射的に返してしまった後、お姉ちゃんは瞬きをして固まってしまう。
その反応で何かやらかしたかと思った私に、お姉ちゃんは「ああ」と口にした。
「リーちゃんが、この子の名前ね」
そう言ってリーちゃんを手に取ったお姉ちゃんは「白い狐なのね」と自分に正面を向けながら言う。
「リンリンがぬいぐるみを持ってるのも珍しいけど、名前を付けてるのも珍しいね」
ユミリンがそう言いながら歩み寄ってきた。
千夏ちゃんは「自分が名付けたぬいぐるみをp可愛がるなんて、スゴく凛花ちゃんらしい気がするんだけど……違うのねー」と言いながら、視線を私とお姉ちゃんの手の中のリーちゃんとの間で往復させている。
「リンリン、私も触って良い?」
リーちゃんの身体を指さしながら聞いてきたユミリンに、私は「だ、大丈夫だよ」と返した。
私が詰まってしまったせいか、ユミリンは「あ、嫌だったら、無理しなくて良いよ」と言う。
ユミリンの言葉を否定すべく慌てて首を左右に振りつつ「全然嫌じゃないよ。なんだか緊張して言葉に詰まっただけ」と理由も添えてみた。
「え? なんか、緊張するところあった?」
容赦の無いユミリンの追求に、返しに困った私は、それでも何か答えなければと考えて、無理矢理答えをひねり出す。
「じ、自分の大事な、リーちゃんだから、緊張したというか……」
「あーわかる。大事なものって、預けるの緊張するよね!」
私の発言にすぐに同意してくれた千夏ちゃんは「って、言っておいて、なんだけど……触っても良い? リーちゃん」と申し訳なさそうに、リーちゃんを指さした。
私は「気にしてないから、触って!」と必要以上の音量で答える。
直後、お姉ちゃん達三人の声がそれぞれの言い方で違いはあったものの『無理しなくて良い』という内容で発せられた。