掛け合い
「巻き……戻った……」
驚きで一杯の私に、お母さんが首を反対に傾げながら「巻き戻った?」と聞いてきた。
すぐに反応が返せなかった私に代わって、リーちゃんが『今、時間が戻るのを……巻き戻るのを感じ取ったようじゃ』と説明してくれる。
「時間が巻き戻るって……凛花、体調に変なところはない?」
慌てた様子で聞いてきたお母さんに、驚きつつも「う、うん」とすぐに返してから、念のために身体を動かして感覚を確かめてみた。
腕を回しても、屈伸をしても、特に変なところは無い。
改めて心配してくれたお母さんに「……うん。大丈夫そう」と伝えた。
それを聞いたお母さんは胸に手を当てて、大きく息を吐き出す。
心から心配してくれたんだとわかる反応に、胸がじんわり熱くなった。
「凛花に異常が無くて良かったわ」
純粋に心配の言葉を掛けて貰うのは、なんだかくすぐったくて「あ、ありがとう」と多少詰まってしまった。
そんな余韻に浸る間もなく、リーちゃんが『では、主様、巻き戻った件について、話して貰って良いかの?』と声を掛けてくる。
「え、あ、うん」
リーちゃんに顔を向けて頷いたところで、私はある事実に気が付いた。
「待って、リーちゃんは私の記憶が読み取れるでしょう?」
切っ掛けがくだらない無いようだったのもあって、説明したくなかった私は、少し強めに指摘する。
対して、リーちゃんは『その読み取った情報と、主様の話にズレが無いかを検証するためにも、話して貰うべきじゃと思う』ともっともな意見を提示してきた。
それに加えて『サッちゃんに説明するのも、わらわの伝聞より、当事者でありたい犬舎である主様の説明の方が適任じゃと思う』と、全くの正論を重ねてくる。
ここまで来ると、説明しないわけにも行かないので、私は事のあらましを自分で説明する羽目になってしまった。
「凛花、そんなに気にしていたのね」
巻き戻り軒欠けになったと思われる経緯を聞いたお母さんはそう言って私を力一杯抱きしめた。
「凛花に隊形や容姿に憧れる子だって、沢山いるとは思うけど、こればっかりは回りの人がどう思っているかなんて関係ないものね」
私の頭を撫でながら、そう言ってくれるお母さんに、私は「うん」とだけ答える。
「大丈夫、妹に身長を抜かれても、凛花の可愛さが失われるわけじゃないわ。むしろ、可愛さは増すと思うの!」
急に方向性が変わったお母さんの言葉に、私は戸惑いで「お、お母さん?」と声が出てしまった。
「安心して、凛花。やっぱり、女の子は小柄で可愛い方がもてるものなのよ。私のお友達の琴子さんも、よくもてていたもの」
初めて聞く名前の混じった熱いお母さんの語りに、戸惑いがもの凄い勢いで増していく。
そんなどうすればいいのかが思い付かない私の窮地を救ってくれたのはリーちゃんだった。
『ま、待つのじゃ、サッちゃん。主様が困惑しておるのじゃ!』
リーちゃんの声に、お母さんは「あら」と口にして、抱きしめていた手を緩める。
そして、恥ずかしそうに「ごめんね、凛花。ちょっと、変なスイッチが入ってしまったわ」と言って、お母さんは軽く頬を染めた。
「ゴメンなさいね、暴走してしまって」
恥ずかしそうに、お母さんは頭を下げた。
私は「き、気にしないで、お母さん」と返しつつ、フォローを求めてリーちゃんに視線を向ける。
頭の中でも助けを求めていたのもあってか、すぐにリーちゃんは『それで、主様の話からすると、心の中で時間を巻き戻したいと念じたことで、実際にこの世界の時間が巻き戻ったわけじゃな?』と話題を変えて話しかけてくれた。
私はリーちゃんの切り出しに「そうなの」と即座に頷く。
更に「ただ、時間を戻したいと思ったところで、時間が止まって、底からしばらくして、お母さんが少し前にしたのと同じ問い掛けをしてきた……というわけ」と直前にした説明を簡略化して繰り返した。
そんな明らかな話題そらしに、お母さんは苦笑しつつも「私が凛花に弟と妹のどちらが欲しいか聞いたのよね」と合わせてくれる。
「その後の会話の流れは、記憶になかったから、時間が巻き戻った可能性が高い……ってことになったのよね?」
更に続く、お母さんの確認の言葉に、私は「うん」と頷いた。
『しかし気になるのは、巻き戻る前の時間停止じゃな』
リーちゃんの言葉に頷きつつ「二人が動かなくなって、時計の秒針も止まってたから、時間が止まってたのは間違いないと思う」と時間停止と判断した要素を改め並べる。
私の話を聞いて、リーちゃんが頷いたのを確認してから「正直、時間が巻き戻って……というか、巻き戻った後に動き出して良かったよ……時間が止まったのを確認したときは、私にしては冷静だったと思うけど、あれが少しでも続いていたら、不安でおかしくなってたかも知れない」と言い加えた。
少し情けない話ではあるけど、でも、誰にも相談できない時間停止の中に放り込まれたら、おかしくなってしまう予感がある。
こうして話せることのありがたみを感じながら、つい口走ってしまった妹には負けたくないという本音は、いつの間にか恥ずかしくなくなっていた。