不意打ち
「それで、凛花としては、弟と妹とどっちが欲しいの?」
「え?」
お母さんからの問い掛けで、なんとなくこの先はわからないよって意味合いで付けた『いまのところは』の一言が、下に弟妹が出来るかもというニュアンスで伝わった事に気付いて固まってしまった。
そんな私の反応を待たずに、お母さんは「私はお姉ちゃんとお兄ちゃんがいたから、妹が欲しかったわね」と続ける。
単純に、私に弟妹が出来るならどっちが良いのかという方向に意識が向いているようで、正直ホッとした。
お母さんの思考の方向が『私の元の世界の両親の仲がそんなに良いのか?』といといかけになったときに、答えるのがかなりしんどいと気付いたのである。
今、お母さんの中では、私はお姉ちゃんである『良枝』の子供になっているが、厳密にはそれは京一お父さんの方であって、凛花ではないのだ。
だから、良枝の夫婦仲の話をするのもおかしいし、今の両親である月子お母さんと京一お父さんの話をするとなると、もの凄く恥ずかしくて仕方ない。
そんなわけで、お母さんが私が新たに弟妹が増えるならどっちが良いかに、意識を向けてくれたことはありがたかったのだ。
「えーと……どっちだとしても、頑張って護るし、優しくしようと思う……」
当たり障りのない答えで済まそうと思ったのだけど、お母さんの目はそれを許してくれそうになかった。
仕方なく「……けど」と接続詞を取り付ける。
私が話を続けると察して、お母さんの表情が一気に柔らかくなった。
「弟、かなぁ」
そう答えると、お母さんは「あら、凛花はてっきり妹が良いのかと思ってたわ」と言う。
「そ……う?」
何でだろうと思いながら返すと、お母さんは「なんとなくなんだけど、凛華は私に似てるから、そうなのかなぁ」と、明確な理由があってと言うよりは、漠然とそんな感じがしていたからだと言った。
正直、お母さんの感覚は鋭いので、もしかしたら私の気付いていない潜在的な願望というか、思いを感じ取っているのかもしれない。
だけど、この件に関しては、私には完璧な理論に則った訳があった。
お母さんがそう思った理由を話してくれたので、お返しというわけじゃないけど、私もその理論を披露することに決める。
「妹でも、弟でも、もし家族が増えるなら嬉しいし、可愛がる自信はあるんだけどね」
話し出した私に相槌を打つように、お母さんは黙って要所要所で頷いていた。
私の話を聞いてくれているんだなと思うと、それだけでちょっと胸がほっこりする。
その心地よさに背中を押されて、多少は包まなければいけなかった核心を、私はそのまま声に出してしまった。
「大きくなったとき、身長で負けたら嫌でしょ? 弟なら仕方ないけど!」
私がそこまで言ったところで、お母さんは目を見開いて固まってしまう。
一方、こちらに後頭部を見せるように顔を素早く動かしたリーちゃんが全身を震わせ始めた。
「あ、まっ……ちがっ……」
動揺で言葉が乱れてしまった私の頭の上に、ポンと優しくお母さんの掌が乗る。
「お、おかあさ……」
「凛花は本当に小さいことを気にしていたのね」
揶揄う風ではなく、むしろ心の底から心配し、そして同情するようなお母さんの目線が居たたまれなかった。
もの凄く気を遣わせてしまっているという事実、そして自分が口走ってしまった妹に身長で任されたくないという小さなプライドを晒してしまったこと、出来うることならば時間を戻したい。
心からそう願った瞬間、リーちゃんの震えも、頭を撫でるお母さんの手も、ピタリと止まった。
直後、猛烈な違和感が沸き起こる。
その違和感にやや遅れて、思考が追いついて来た。
『二人が動きを止めたんじゃなくて、時間が止まったんじゃないか?』
私は閃いたそれが、正しいかどうかを確かめるために、壁に掛けられたアナログの時計を見る。
予想通り『秒針』:も止まっていた。
『時間停止が起こった……では、その切っ掛けは?』
考えるまでもなく、私の中に心当たりがある。
自分で望んだのだ……本気ではなかったけど、確かに『出来うることなら時間を戻したい』と……そして、時間が止まった。
切っ掛けはとても馬鹿馬鹿しい私の羞恥心だったけど、この世界の時間停止に、私の意思が関与できることが証明され、お母さんの監督に選ばれたという言葉が強烈に蘇る。
そこから、動揺のせいで結論に至るのにかなり時間を要してしまったものの、まずは、目の前の止まってしまった世界を、まずは動かさなければということに気付いた。
しかし、私は時間を戻そうと思った者の、時間を止めようとは思っていない。
なにがしかの鑑賞は出来るのは間違いないと思うけど、望んだものと違う現象が起きているわけで、正直、どうしたら良いかがわからなかった。
そんな私に、お母さんの声が届く。
「それで、凛花としては、弟と妹とどっちが欲しいの?」
「え?」
驚いて視線を向けると、首を軽く傾げ、瞬きをしながら私を見るお母さんと目が合った。