種の意図
「なんで笑うんですか!」
怒り任せに怒鳴ってみるが、顔全体を熱くさせる恥ずかしさを消し去ることは出来なかった。
そんな私に対して「ごめんなさい、困ってる、凛花は可愛いなと思ってしまって」と笑いながらお母さんは言う。
一方のリーちゃんは『主様のよくわからないけど頑張ろうという姿勢が、どの、微笑ましすぎてじゃな』と一端笑いを止めて言うが、すぐに噴き出した。
とても面白くないけど、ここは余計な言葉を重ねるほど悪化する気がするので、顔を二人から背ける。
「あー、ゴメンなさい、凛花、そんな拗ねないでちょうだい」
お母さんがそう言って私の頭を撫でた。
リーちゃんも『主様、こう、庇護欲を刺激する愛らしさがあるのじゃ、主様の言動には』と言う。
ここで、怒ったままでは、なんだか拗ねたというお母さんの指摘を認めるようで、受け入れがたいので、澄まし顔で「別に拗ねてないですよ。笑われて少し不愉快だっただけです」と返した。
直後、二人が示し合わせたかのように、同時に視線を逸らしてプルプルと震え出す。
絶対にこれに対して何かを言えば、話が長引くだけだと察した私は、そのまま落ち着くのを待った。
「結局、凛花が見て回らないと、どこまでがこの世界かわからない……って事よね、リーちゃん?」
お母さんからの問い掛けに、リーちゃんは『わらわやサッちゃんを含め、主様の感じる異変を感じ取れぬ可能性が高いのは確かじゃ』と言って頷いた。
『そこから考えれば、この世界は、主様を中心にした特定の範囲だけが動いているという可能性もあるのでは無いかと思うのじゃ』
リーちゃんの言葉に、私は「どういうこと?」と思わず聞いてしまう。
『量子力学における『この世は観測されるまで存在しない』という話を地でいくような事じゃな。この世界の成り立ちは不明じゃが、この世界で起こる出来事は、主様が観測して初めて存在するのかもしれないということじゃ』
私はリーちゃんの説明に瞬きを繰り返すことしか出来なかった。
リーちゃんの言いたいことが全く入ってこない。
そんな私の困惑を読み取ったであろうリーちゃんが『元の世界では、世界のどこでも時間が流れておるじゃろう?』と聞いてきた。
私はそれを聞いて、当たり前の事を言われているような、もの凄く変なことを言われているような、妙な気分になってしまい、答えが「う……まあ」と曖昧なものになってしまう。
リーちゃん自体は私が理解できていない、もしくは上手く理解できないことを想定していたらしく、こちらの反応は気にせず話を続けた。
『この世界では、主様の周辺だけで時間が流れ、それ以外の場所では一時停止されたように時の流れが止まっているかもしれないというわけじゃ』
リーちゃんの言葉に、思わず「え?」と声が出る。
『今、わらわ達はこうして会話をしておる……つまり、時間が流れておるわけじゃが、主様の姉上や友人らのいる学校の時間は止まっているかも知れぬということじゃ』
私はすぐに「でも、後でお姉ちゃん達に話を聞いたら、学校の……」と口にしたことで気付いた。
『そうじゃ。主様が気になった掃除の時の違和感の如く、姉上達の記憶が世界に書き換えられる可能性があるわけじゃ……そうなれば、時間が停止していた間の記憶がないという違和を感じる切っ掛けは生まれず、わらわ達でさえ、時間停止の痕跡を掴めないというわけじゃ』
ここまで言って貰えてなんとなく、漠然とだが理解する。
それと同時に自分の特殊性がより強く感じられた。
「えっと……私って、特別……ってことだよね?」
自分で言っててなんだかむず痒いけども、言ってることは間違っていないと思う。
『むしろ、この世界と密接に関わっておる可能性が高まっておる気がするのじゃ』
リーちゃんの言葉を聞いて、私は思わず自分の両手の平を見てしまった。
実感はないけど、リーちゃんの言わんとすることはわかる気がする。
そう思っていた私は、直後、お母さんからのとんでもない指摘に目を丸くすることになった。
「私、思うのだけど……この世界を造った『たね』だっけ? その『たね』って、実は凛花だったりするんじゃない?」
私は首を左右に振って「流石に、私は種じゃないよ、お母さん!」とすぐに伝えたのだけど、リーちゃんは『ふむ』と言って黙り込んでしまう。
「え? ウソ、可能性があるの?」
リーちゃんの態度に動揺して、思わずそう問うてしまった。
『あ、いや、主様が『種』だとは思わぬが、この世界を作り出した『種』は何らかの意図があって、この、わらわ達にとっては過去の世界を作り出したのは間違いないのじゃ……そして、そこには主様を巻き込むというか、この世界に取り込もうという意思があるようには思うのじゃ』
リーちゃんの話を聞いたお母さんが、頷きながら「凛花は『たね』じゃないけど、『たね』は凛花を必要としているって事なのね」と言う。
「私が、種に必要とされてる?」
まるで想像もしていなかった考えだけど、気付いたらこの世界にいた事からすると、あり得るかもしれないと思ってしまった。