決意
「凛花、焦ってもしょうがないし、しばらくは、私の娘として過ごすことにはなるんでしょう?」
「そ、それは……」
お母さんからの問い掛けに、私はリーちゃんに視線を向けた。
『現時点では、種についても、この世界についても、情報が足りぬ故、そうなるのじゃ』
「でしょう?」
お母さんは大きく頷いてから「そして、情報が足りないから、対策どころか、情報収集にどのくらい時間が必要かも予測できないわよね?」と聞いてくる。
リーちゃんは、諦めの混じった溜め息を吐き出したから『そうなるのじゃ』と頷いた。
「ね? これからしばらく一緒に暮らすんだから、慌ててもしょうがないし、こっちにいる間は、おばあちゃまのお願いを聞いてくれないかしら?」
完全にペースを掴んだお母さんに、私は「努力はします……けど、私、その、状況に応じて呼び分けが出来る自信がないんですけど……」と伝えてみる。
お母さんは、一瞬動きを止めてから「確かに、凛花は素直だから、思わずでちゃうものね」と頷かれてしまった。
その通りだし、自分で言い出したことではあるけど、はっきり言われるのは、少し引っかかるものがある。
そんななんとも言えない気分を味わっていると、お母さんは「仕方ないわね。サッちゃん呼びは、リーちゃん限定にしましょう」と言ってくれた。
「それで、私が二人に協力できることはあるかしら?」
呼び方が決着したことで、今度は今後の方針の話になった。
ちなみに、これまで通り、私はお母さんの娘として降るまい、今はお姉ちゃんとお父さん、ユミリンや千夏ちゃんには明かさない。
リーちゃんは、基本的にヴァイアの身体に憑依せず、必要時以外はお母さんに預かって貰うことになった。
『先ほども言ったが、この世界自体が前例がない特殊なものなのじゃ。故に手がかりがないも同然なのじゃ』
リーちゃんの答えに、お母さんは「手の貸しようがないわね」と頬に手を当てて、溜め息を吐き出す。
「それじゃあ、私はこの世界の歴史というか、現状を知っている人間として、情報を提供する……のが、一番二人の役に立てそうね」
そういうお母さんに、リーちゃんが『確かに情報を提供して貰えるのは助かるのじゃ』と大きく頷いた。
「凛華が学校に行っている間に、私とリーちゃんで情報収集しましょう」
やる気に満ちた声でそう断言したお母さんに、水を差しようで悪いなと思いながらも、私は割って入る。
「ちょっと待って、お母さん。種は危険なの。だから……」
私の言葉に、お母さんは「大丈夫よ。リーちゃんの質問に答えるだけのつもりだし、お母さんも家事があるから『たね』探しなんてしないわ」と笑みを見せた。
「そ……うなんだ……」
私の反応がおかしかったらしく、お母さんはクスクス笑いながら「お母さんは大人ですからね。自分に出来る事、出来ないことはわかっているつもりなのよ」と言う。
その上で更に「全部自分でやろうとするのは責任感が強く表れた結果だと思うけど、結果、無理をして心配を掛けるようなことがあってはダメ。凛花は一人じゃないんだから、せめて、私やリーちゃんに相談してから、行動を決めなさいね」と頭に手を置かれて撫でられてしまった。
何も言えなくなってしまった私から、視線をリーちゃんに移したお母さんは「どうせ、凛花のことだから、全部自分デッ換え込もうとしているでしょ?」と尋ねる。
お母さんに遅れて視線を向けた私から、リーちゃんはツィっと視線を逸らして『その傾向はあるのじゃ』と返した。
私がそんなリーちゃんに抗議するよりも先にお母さんが「私もそうだったからわかるわ」と言う。
「凛花にも着実に私の血が流れているからね……まあ、その気質はウチの家系の特徴みたいなものよ」
お母さんはそこで一拍置いてから「でも、ちゃんと、私の血筋だってわかると、余計に可愛くなるわね」と言って私を今度は強めに抱きしめた。
「不思議よねー。子供と思っていたときよりも、孫と知った今の方がより愛しく思えるわ」
私を抱きしめながら、お母さんはそう言って笑う。
抜け出す気がしないので、大人しく抱きしめられながら「そういうものなんだ」と、私は思ったままを呟いた。
「こればっかりは、大人になって、子供が出来て、孫が生まれないと、わからないかもしれないわねー」
お母さんはそう言うと、今度は右手を私の後頭部に当てて頭を自分の身体に押してける。
「まあ、凛花は、自分の出来る事、自分のやるべき事を一番に考えて、行動しなさい。特に、心配を掛けた、お父さんに、良枝に、由美ちゃんに千夏ちゃん、あとはクラスのお友達……演劇部にも入部したのよね? 調査のための一時滞在かもしれないけど、人間関係はちゃんとしなきゃダメよ?」
元々、潜入任務の練習の為にも、最善を尽くすつもりだったけど、より一層頑張ろうという決意が、お母さんの言葉で湧いてきた。
「私なりに、頑張るよ」
お母さんにそう誓ったお陰か、なんだか気持がすっきり整った気がする。
そんな私に、お母さんは後頭部に当てていた手を緩めて頭を撫でながら「凛花なら出来るわ」と笑ってくれた。