事実確認
「お母さん、ちょっと冷静に考えて、元の世界の話であって、この世界での話じゃないから、呼び方を変えるのはおかしいと思うのだけど」
私の訴えに対して、お母さんは「確かに、良枝やお父さんがいるところではおかしく思われるかもしれないわね」と同意してくれた。
その上で、お母さんは「こうして二人っきりの時だけ限定にすれば良いわね」と言う。
同じ状況に追い込まれて、選択をしたリーちゃんが私の頭の中で『主様、こうなっては、もう呼ぶ以外の選択肢はないのじゃ』と言った。
「じゃあ、おばあちゃま……で」
上機嫌なお母さんは何度も頷きながら「サッちゃんも良いけど、おばあちゃまも良いわね」と満面の笑みを浮かべる。
とりあえず、これ以上はおかしな事にはなら無いだろうと思うと、一段落した気持になった。
「それで……二人は何でこの世界に来てしまったの? あれかしら、歴史を変えちゃうつもりなの?」
お母さんが次に意識を向けたのは、私たちが紛れ込んだ理由だったようだ。
私はすぐに首を左右に振ると「実は、どうしてこの世界に入り込んでしまったのか、私にも、リーちゃんにもわからないんです」と素直に伝える。
お母さんは「まあ」と驚いた様子を見せた。
「気が付いたら、この世界の学校の保健室で寝ていて……」
私がそこまで言うと、お母さんが「それって、一昨日のこと?」と尋ねてくる。
「そ、そうです」
何でわかったんだろうと思って頷くと、お母さんは「やっぱりね、私も一昨日から違和感があったのよね」と口にした。
「そうなんですか?」
私が驚いてそう口にすると、お母さんは自分の胸に手を置いて「勘に近いけど、急に日常が始まったような感覚があったのよね」と言う。
「まあ、でも、凛花が何をするにしても、良枝や由美ちゃん、それに私やお父さんの反応を見て動いていたのが、一番気になったわね」
自分の中では完璧に馴染んでいた……潜入できていた気がしていたので、そのして気はものすごく恥ずかしかった。
『まあ、主様、母親というものは娘に対して強く勘が働くものらしいのじゃ』
慰めるように、歩み寄ったリーちゃんが私の太ももをポンポンと叩いて慰めてくれる。
私はリーちゃんの頭を撫でながら「お母さんってやっぱりスゴいんだね」と素直な感想とともに溜め息が出た。
「それで凛華は元の世界に戻れそうなの?」
お母さんにそう問われた私は、気が付けば視線をリーちゃんに向けていた。
それを合図と捉えたリーちゃんが代わりに答える。
『無理矢理道を生み出せば、出来るかも知れぬのじゃが……』
言い淀んだリーちゃんに対して、お母さんはその先を推測して問うた。
「危険……なのね?」
『その通りなのじゃ』
リーちゃんは言い難かったことをお母さんが言ってくれたからか、大きく頷いた後で再び話し出す。
『安全に主様が元の世界に戻るには、この世界に存在するであろう『種』を消し去る必要があるのじゃ』
お母さんは、ふんふんと頷きながら「たね?」と気になった部分を疑問符付きで口に出した。
リーちゃんは『種は、この世界を作り出した存在じゃ。そして、種は多種多様であり、発生と同時に世界を生み出す……のじゃが、この世界の種はこれまで存在していなかったいわゆる新種なのじゃ』と返す。
『そして、新種故に、情報が少なすぎて、現時点ではこの世界の『種』を、未だ観測できていない状態なのじゃ』
「それじゃあ、その『たね』を見つけて消さないと、凛花もリーちゃんも元の世界に帰れないのね?」
『その通りなのじゃ』
リーちゃんが頷くとお母さんは「それじゃあ、見つからなかったら、どうするの?」と聞いてきた。
『正直、最終的には危険を承知で、出口を造ることになるじゃろうな』
ズバリと返すリーちゃんに、お母さんが「最終的に?」と詳細を求める。
『主様がこの世界に滞在し続けることで、肉体や精神に負荷がかかるようであれば、すぐにでも……』
「じゃあ、負荷がなければ、ずっといられるの?」
お母さんの問いに、リーちゃんは直ぐに応えず考える素振りを見せた。
そこから少し間を開けて、リーちゃんは『いずれは返らねばならぬと思うのじゃ』と答える。
対して、お母さんも少し間を置いてから「まあ、この世界が凛花とリーちゃんの世界じゃないなら、いつかは返る日が来るわよね」と少し悲しそうに笑った。
その後で明るい表情を浮かべて「流石に良枝から愛娘を取り上げるのは、お母さん失格だろうしね」と言う。
「とりあえず、その、最終的は今すぐの話ではないんでしょう?」
お母さんの問いに対して、リーちゃんは『今の時点では、調査のための滞在を切り上げる予定はないのじゃ』と答えた。
『ただ、この世界との相性が悪いのか、あるいは主様の感度が高すぎるのか、世界が止まって見えるという体感を主様は何度かしておる故、それが主様の負担になるようであれば、考えを改める可能性もあるのじゃ』
リーちゃんの言葉に、お母さんの視線が私に向く。
「お母さん」
思わずそう口にした私に、お母さんは首を左右に振って「凛花、今はおばあちゃまよ」と切り返してきた。