子と孫
「元の世界の関係……」
リーちゃんの言葉を反復して、少し考えた後で、お母さんは「つまり、凛花とリーちゃんにとっての、元々の世界にも、私がいるのね?」と聞いてきた。
『うむ』
リーちゃんが同意すると、お母さんは更に「そこでは、私と凛花は母と娘ではないのね?」と続ける。
その瞬間顔から表情が消えたように見えた。
お母さんが浮かべている表情は笑顔のままなのに、心情が抜け落ちたような気がして、背筋が冷たくなる。
そんなお母さんに対して、リーちゃんは『まず元の世界は、ここよりも40年近く先の時代なのじゃ』と告げた。
直後、お母さんが目を丸くする。
「今よりも……よ、40年も未来と言うこと?」
言葉に動揺は見られるものの、お母さんは何度も小刻みに頷きつつ、提示された事実を飲み込んだ。
その後で、私を見る。
「じゃあ、もしかして、元の世界でも、凛花は中学一年生なの?」
何をどう考えて、その結論に辿り着いたのかはわからないけれど、お母さんはズバリと確信を掴んでいた。
『その通りなのじゃ』
リーちゃんが大きく頷くと、お母さんはまた何かを考える姿勢を取る。
そこから少し間を置いてから、お母さんは顔を上げて私を見た。
「……もしかして、凛花は本当は良枝の娘なの?」
再びズバリと言い当てられたことに、私は強い衝撃を受ける。
この世界の良枝お姉ちゃんは、元の世界では林田京一の母親であり、お母さんの予測は大正解だった。
私が分裂したり、自分自身の分身と親子関係になったり、ややこしいことがあって、法律的には祖母と孫の関係になっているけど、本日はお母さんの想像の通りである。
リーちゃんも、正しく伝えると話がややこしくなると考えたようで『そうじゃ。主様は良枝殿の娘なのじゃ』と返した。
直後、その場の全員が動きを止め、口も閉ざしたことで、なんとも居心地の悪い沈黙が居間を支配する。
そんな空気を一撃で吹き飛ばしたのはお母さんだった。
「そーーーなのね、凛花が正真正銘の私の孫娘なのね!」
テンション高めに両手を広げて一瞬で私と間をつめたお母さんは、そのままの勢いで私を抱きしめる。
息が詰まるほどの熱い抱擁に、私は思わず「お母さん苦しい!」と慌ててその背中を叩いてタップした。
私の降参の合図に気付いてくれたお母さんは「あ、ごめんなさい。思わず」と言いながら腕を解いてくれる。
リーちゃんの時もスゴかったけど、そんなにもテンションが上がるものなのだろうかと疑問を感じてしまった私は気付けば「子供と孫って、そんなに違いますか?」と聞いていた。
私から身体を離したお母さんは目を瞬かせてから「そうね……」と顎に手を当ててまた考え始める。
お母さんが答えを考える間、私とリーちゃんは、どちらからともなくお互いに視線を向け合っていた。
「娘も、孫娘も、可愛いくて、愛おしい事に変わりは無いわね」
見つめ合っていた私とリーちゃんに向かって、考えがまとまったらしいお母さんがそう言って話し始めた。
視線を向けると、お母さんは更に言葉を紡ぐ。
「でも、そうね……娘はどこかで自分の一部って感じがするのに対して、孫娘は自分とは違う存在っていう認識が強いかしら」
お母さんの答えに、私は首を傾げながら「それなら、娘の方が可愛いんじゃないの?」と思ったままを聞いてしまった。
対して、お母さんは優しく微笑みながら「まあ、人によるとは思うけれど……」と前置きをする。
そこから一拍開けて「私の場合は、多分、娘である良枝も、孫娘である凛花も、もの凄く可愛くて愛おしいと思っていて、そこに差は無いと思うのね」と語り出した。
私は聞いていることを示すために、深く頷く。
そんな私の反応を見たお母さんは、笑みを深め、その先を話し始めた。
「でも、良枝は娘だから、どこか自分の一部とか、自分の分身のような感覚があるって言ったわよね?」
「う、うん」
「凛花はどうかわからないけど……自分を可愛いとか、愛おしいと思う気持って、少し抵抗があるというか、違うんじゃ無いかって言う思いが湧くのよね」
頬に手を当てて、溜め息交じりに言うお母さんに対して、私は「それはなんだかスゴくよくわかります」と強めに肯定する。
正直、居間の私の外見は、整っているし、可愛いと評されるのもわからなくはないけど、それを認めるのにはもの凄く抵抗があるので、例えば、ゲーム用に生み出した私の分身のような存在であるヴァイアの『ウーノ』達を可愛いと思うことにはもの凄く、激しく抵抗を感じていた。
私とお母さんの場合は、全く同じではないけど、似た様な心理なのではないかと思う。
「だからね、やっぱり、自分より少し遠い分、孫娘の方が純粋に可愛いと思えるみたい」
そう言ってお母さんは私の頭を優しく撫でてくれた。
されるがまま撫でられていると、お母さんが「でも、困ったわ」と呟く。
頭を撫でるお母さんの手が止まったので、表情を確認するために目線を上げると、そこには言葉通りの困り顔があった。
その表情に不安を覚えながら、お母さんを困らせたものを聞き出そうとして「どうしたの?」と尋ねる。
私の目を見たお母さんは困り顔を苦笑に変えて「私、孫にはおばあちゃまか、サッちゃんて呼んで欲しいのよね」と言い放った。