二人の関係は
「さて……これでだいぶ仲良くなれたと思うのだけど……」
そう切り出したお母さんの纏う空気が、突如、直前までの朗らかなものから変わった。
「これから、おかしな事を聞くわね」
思わず、ゴクリと喉が鳴る。
何故だか知らないけど、覚悟を決めておかなければいけない気がした。
そして、その予感が正しかったことを、お母さんの言葉が証明することになる。
「凛花は私の娘だけど……本当は誰なの?」
何も言われても良い覚悟で身構えていたお陰で、動揺はしなかったけれど、何を聞かれているのかが上手く理解できなかった。
冷静なはずなのに、上手く頭が回らない。
そんな私に、お母さんは「凛花と良枝は私の娘だっていう意識はあるのだけど、その証拠がないのよ」と続けた。
「しょ……う、こ?」
掠れてしまった自分の声に、冷静なつもりなだけで、十分動揺しているのを自覚する。
一方、お母さんは私の反応を気にする素振りを見せずに話し出した。
「凛花と良枝は身体の大きさが違うでしょ?」
「う……ん」
確かにお母さんが言うとおり、20センチくらいは違う。
元の世界でも身長差は同じくらいだ。
「だから、制服を含めて、ちゃんと凛花用の服も良枝用の服もあるわ」
何が言いたいのかわからないけど、私も着替えを幾度かしているので「うん」と頷く。
「保険証は、まだ未成年だから、良枝と凛花と共用で、二人の名前がある」
お母さんはそう言いながら長方形の紙で出来た冊子を取り出した。
元の世界では既にマイナンバーカードと紐付けられているけど、この時代は冊子になっていて、家族が列記されているらしい。
そんな事を考えていると、お母さんは「生徒手帳も、学生証も持っていたわよね?」と聞いてきたので、部屋でハンガーに掛けてきた制服を思い浮かべながら「上着のポケットに入れてあるよ」と答えた。
私の答えに頷いたお母さんは宇8なあずくとそのまま頭を下げた姿勢で動きを止めてしまう。
じっくりと観察をしてみると、お母さんはいつの間にか組んでいた両手の親指だけをゆっくりと絡めるようにして動かしていた。
その姿から、お母さんが話を先に進めることを躊躇っているのだと読み取った私は「お母さん、私は大丈夫だから、聞いて」と告げる。
お母さんの親指がぴちゃりと動きを止めて数秒、大きくて長い溜め息が吐き出された。
そして顔を上げたお母さんが私を見る。
「私は凛華を大事だと思っているし、可愛いし、ちゃんと自分の子供だと思っているの」
「う、うん」
「でもね。昔の写真に、凛花の写っているものが一枚も無いの……最近の、小学校の五年生の頃からの写真はあるのに……」
お母さんが切羽詰まった様子でそう口にした瞬間、私には閃くものがあった。
何しろ、今の私、林田凛花は小学校五年生が始まりで、それより前は存在しない。
おかしな話ではあるものの、林田凛花として生まれた瞬間は、その五年生の時であって、それより前の幼い頃は存在しないのだ。
生まれて、五年生までの時間を生きたことがあるのは、林田凛花ではなく、林田京一だけなのである。
だから、そこが反映されているなら、私の子供の頃の写真が存在しない……反映されていないのも当然だと思った。
けど、だからといって、どう説明すれば良いのかが全く思い付かない。
この世界で行きいた……この世界の林田凛花と私は完全な別人であり、当然、この世界での思い出の類いは一切無いのだ。
写真がないだけで『私はお母さんの子供だよ』と主張することは出来るけど、証拠となり得るエピソードが全くない。
そんな状況で押し切れるきがしないし、そもそもそんな騙すようなことをしたくはなかった。
『まあ、主様なら、そういう結論に至るじゃろうな』
頭の中に溜め息混じりのリーちゃんの声が聞こえてきた。
心強さと、巻き込んでしまう申し訳なさを感じながらも、リーちゃんに、どうしようかと相談してみる。
すると、リーちゃんは『仕方あるまい、素直に言ってしまうしかないのう』と返してきた。
『えっ!?』
思わず目が点になった私に、リーちゃんは『わらわに任せておくがいいのじゃ』と力強く請け負ってくれる。
すぐに『サッちゃん、聞いて欲しいのじゃが』とリーちゃんがお母さんに声を掛けた。
お母さんは真面目な顔で「凛花のことね?」と尋ねる。
『うむ。わらわから説明したいと思う』
リーちゃんの返しに、お母さんも頷きで応えて「お願いするわ」と答えた。
『はっきり言うのじゃが、この世界は主様の育った世界とはまた異なった世界なのじゃ』
お母さんはリーちゃんの話に首を振って「そこはどうでも良いの。私が知りたいのは凛花が私の娘なのかどうかってことなの!」と強めに言う。
リーちゃんはお母さんの熱量に気圧されてしまったようだったものの、それでも『正直、この世界の過去はわからぬ故、わらわにも主様にもそこはわからぬのじゃ』と返した。
お母さんは「そうなのね」と眉を寄せて悲しそうな表情を浮かべる。
思わず何か言わねばと思わせるお母さんの表情に影響を受けてしまったのであろうリーちゃんは『元の世界での関係なら話せるのじゃ』と言い出した。