暴走と呼び名
テンションが高かまったお母さんは、両手で勢いよくリンリン様を抱き上げた。
「凛華の娘って事は、私の孫娘ってことね!?」
もの凄く嬉しそうに発せられたお母さんの言葉に、私はその場で固まる。
あってるような、あってないような、どう答えたら良いのか、答えに詰まってしまった。
一方、リンリン様は『このような姿故、孫というのは少し無理がある気がするのじゃが』と落ち着いた様子で返している。
「あら、私が孫だと思って、この子が受け入れてくれれば問題ないと思わない?」
対してお母さんのスタンスは全く変わらなかった。
リンリン様も『両者が納得しておるのならば、確かに問題は無いのじゃ』と頷く。
「はい、じゃあきまり、この子、リーちゃんは私の孫娘ね!」
もの凄く嬉しそうに言うお母さんに、私はもちろん、リンリン様も何も言う気は無いようだ。
「ところで、リーちゃんって?」
「この子のあだ名よ。リンリン様だと、凛花と被っちゃって紛らわしいでしょ?」
シレッというお母さんだけど、言ってることはその通りなので「確かにそうだね」と頷く。
私が納得したので、お母さんは次の関心事に目標を移した。
「それで、リーちゃんは、何か食べたり飲んだり出来るの?」
お母さんは真面目な顔で聞いているので、飲食が出来るならば、お菓子やお茶を用意しようと言うことなんだと思う。
リンリン様は首を左右に振って『残念じゃが、この身体は意識……魂を憑依させているだけの仮初めの身体故、生き物のように飲食は出来ないのじゃ』と答えた。
「あら、そうなのね」
明らかにテンションが下がったお母さんの様子に、思わず苦笑してしまう。
『主様の母上! わらわは主様と味覚を共有できる故、主様が食せばわらわもあじわえるのじゃ!』
突然飛び出した初耳情報に、私は目が点になった。
すると、頭の中で、リンリン様が、私が飲食をすると食感や味覚などの情報が流れてくるので、自分が味わうに等しいと説明し始める。
がっかりした顔を見せたお母さんを前に、ウソではないけど正確ではないグレーゾーンな言い回しで返したのは、居たたまれなかったからだろうし、そこはリンリン様の優しさの表れなので、良いことかなと思った。
……思ったんだけど、齎す結果は、大変なものだった。
何しろお母さんは、孫娘認定したリンリン様にいろいろと食べさせたいのだろう。
私の前にお菓子の山を用意し始めたのだ。
「お、お母さん、冷静に考えて!」
「凛花、お母さんはいつでも冷静よ」
「完全に舞い上がってるよね!?」
「そんなこと無いわよ?」
「じゃあ、何でこんなにとんでもない量のお菓子が出てきてるの?」
「リーちゃんに味わって貰おうと思って!」
お母さんの即答に、頭痛がし出す。
そこはわかる、そこは私にだってわかる……けど、話をしたいのはそこじゃなかった。
「リンリン様……リーちゃんが味わうには、私が食べなきゃいけないんだよ?」
「そうみたいねぇ」
「私がこんなに食べられるわけないでしょ?」
的確な私の指摘に対して、お母さんは笑顔で「ファイト!」と言い放つ。
「お母さん、私病院を今日退院したばかりなんだよ!?」
「病んでたわけじゃなくて、検査入院だったじゃない。全然平気よ!」
もの凄い勢いで打ち返してくるお母さんの中で、完全に私よりリーちゃんの方が上の存在に認定されてしまったようだ。
『あー、あー、主様の母上! 主様はその、小食故、無理はさせないで欲しいのかが?』
流石に見かねたリーちゃんが、助け船を出してくれる。
が、軽く……いや、かなり暴走してしまっているお母さんは止まるどころか、予想外の方向に突き抜けていった。
「まって、リーちゃん。私、凛花の娘には、おばあちゃまか、サッちゃんって呼んで欲しいのだけど?」
『さ、サッちゃん?』
「なぁに、リーちゃん?」
『い、いや、今のは、聞き返したというか、オウム返しをしたのであって、呼んだわけではないのじゃ!』:
「そうなの? サッちゃんって呼んでくれることにしたんじゃないの?」
『な、なぜ、サッちゃんなのかがわからなかったから、口に出てしまったのじゃ!』
「あら、簡単よ。私の名前がサチだからよ」
『そうだったのじゃな!』
もの凄い勢いで交わされる両者の会話を聞きながら、私はさっき助け船を出してくれたリーちゃんには申し訳ないけど、静観させて貰うことにして、気配を消す。
りーちゃんには私の思考が丸わかりだろうけど、お母さんにロックオンされている状態では、こちらに意識を向けられまいという計算の上での判断だ。
そして、その判断が正しかったことを示すように、お母さんはリーちゃんに新たな問い掛けをする。
「それで、りーちゃんは、サッちゃんとおばあちゃま、どっちで呼んでくれるの?」
答えなければ許さないという圧を感じるお母さんからの問い掛けに、リーちゃんは『では、サッちゃんと呼ぶのじゃ』と返した。
その答えにお母さんは満足そうに頷いて、自分の方に身体を向けさせてゆっくりとテーブルの上にリーちゃんの身体を降ろしながら「それじゃあ、よろしくね。りーちゃん」と笑む。
りーちゃんも『こちらこそよろしく頼むのじゃ』と右前足を上げながら応えた。