退院と面会
川本先生の診察を受けた後、経過観察ということで、月一回、通院することに決まって、退院となった。
病棟からは既に離れ、付き添いには、昨日、車椅子を押してくれた津田さんが来てくれて、次回の予約やら支払いやらのサポートをしてくれている。
院内着から元々着ていた制服に着替え直して、ロビーで待っていると、手続きが終わったと、件の津田さんがお知らせに来てくれた。
「それじゃあ、また来月ね」
「「はい、よろしくお願いします」」
タイミングを合わせたわけじゃ無かったけど、お母さんと私の声がピッタリ重なる。
思わず顔を見合わせた私とお母さんを診て、クスッと笑いながら、津田さんは「さすが親子ですね」と言ってくれた。
この世界のお母さんは、元の世界ではお婆ちゃんに当たるし、実在の人物とは違う神世界によって具現化された存在だけど、確かに私も血の繋がりのようなものを感じられている。
私の心理としてはかなり複雑なものがあるけど、私の身体はシンプルに笑みを浮かべていた。
「凛花ちゃん、そんなに嬉しそうに笑って……本当になかよしなんですね。羨ましいなぁ」
津田さんの言葉でその事を気付かされる。
照れくさかったけど、その後でもう一度お母さんと目線を合わせて、微笑みあった。
お母さんは心配して、タクシーを頼もうかと聞いてくれたけど、歩けないほどではないので、歩いて帰りたいと伝えた。
「そうね。それじゃあ、歩いて帰りましょう」
すぐに頷いてくれたお母さんだったけど、私はここで気付く。
「もしかして、タクシーに乗りたい?」
「そんなことは無いけど、何で?」
「お母さんが無理してないかと思って」
私がそう返すと、ポンと頭にお母さんの手が置かれた。
「ありがとうね、気遣ってくれて、でもお母さん、そんなお婆ちゃんじゃないわよ?」
「それは……そうだけど……」
さっき元の世界では『おばちゃん』だったとか思っていたのもあって、なんとも歯切れの悪い返しになったしまう。
そんな私の頭を撫でながらお母さんは「それじゃあ、帰りましょう。良枝達が学校から帰ってくる前にいろいろと話さないといけないしね」と言い出した。
いろいろというのは、リンリン様のことなんだろうなと察しを付けて頷く。
「そうだね」
私がそう答えると、お母さんは「じゃあ、帰りましょう」と言って、ロビーから外へ向かって歩き出した。
とりあえず、制服から私服に着替えた私は、隠しておいたというか、隠れて貰っていたというか、目のつかないところで休止状態だったヴァイアのキツネを手に取って、居間に向かった。
既にお母さんが、お菓子と冷たい麦茶を二人分用意して、待っている。
「お母さん、これが……えーと、依り代だよ」
一応ヴァイアという家電がベースではあるものの、リンリン様の造形はぬいぐるみにしか見えなかった。
プラスチックの外見でも良かったのだけど、元々の具現化の時から、私のキツネ姿が元になっているせいか、ふわふわの毛皮に包まれている。
そんなリンリン様のヴァイアを、テーブル中央に置くと、興味深そうな表情でお母さんが顔を近づけた。
「これが、その、教えてくれる存在の……身体……って、ことなの?」
「名前は、リンリン様」
私がそう伝えると、お母さんは「あら、この子もリンリン様なの?」と口元に手を当てる。
その反応で、ユミリンが私を『リンリン』と呼んでいたことを思い出した。
客観的に見ると、自分のあだ名を、ぬいぐるみに名付けたように見えるという状況に気が付き全身が一気に熱くなる。
「い、言っておくけど、ゆ、ユミリンが呼ぶより前から、リンリン様だからねっ!」
自分でもわかるくらい必死になって訴えると、お母さんは「大丈夫だから、落ち着いて」と優しい口調で私の肩に手を置いた。
大丈夫がどういう意味で言われたのかによっては、私の尊厳が著しく傷つくのだけど、その話をする前に、リンリン様がヴァイアの身体を操り出す。
「あら……」
急に動き出したぬいぐるみに、お母さんが驚いた顔を浮かべた。
私の言葉を疑っていたわけではないだろうけど、ぬいぐるみが勝手に動き出したら、驚くのは当然だと思う。
そして、リンリン様の方は、ちょこんとお座り状態になると、顎を上げて見上げるようにしてお母さんに視線を向けた。
『改めて初めましてなのじゃ。主様……凛花様のお母上。わらわはリンリンと申しますのじゃ』
そう言って動物のようなしなやかな動きで頭を下げる。
頭を下げたヴァイアのリンリン様をしばらく観た後で、急に我に返ったように「あ、ごめんなさいね。私が凛花の母です」と頭を下げ返した。
『わらわは主様の眷属と言われる存在なのですじゃ』
そうリンリン様が言うと、お母さんは気になったのか「ケンゾクですか?」と尋ねる。
対して、リンリン様が私に視線を向けて『捉え方によって解釈はいろいろあるのじゃが、簡潔に言えば、主様の子供じゃな』と返すと、お母さんはすぐにキラキラと目を輝かせ始めた。