侵入
『そう言えば、キツネ目線の時の移動ってこんな感じでしたね』
京一お父さんと身体が分かれてから、身体が神隠しでなくなったことで、キツネの姿やキツネ娘の姿になることが珍しくなってからしばらく経っていたのもあって、リンリン様の操るキツネ型ヴァイアの視界映像は、懐かしさに溢れていた。
私のテンションが上がったのが煩わしかったのか、リンリン様からは『集中出来ない故、少し声を抑えてくれぬかの?』と苦情の声が飛んでくる。
映像を見る限り、足取りもしっかりしていて、移動もしなやかにして、素早く洗練されているのだから、多少集中が乱れても問題無さそうなのにと考えると、リンリン様から『主様は何も考えるな!』と強めの禁止令が放たれてしまった。
『おかしい……私は『主様』の筈なのに……扱いがおかしい』
思わず不満を抱いたところで、リンリン様から『ほれ、間もなく自宅じゃ!』との報告が上がる。
その報告に手にした通信端末に目を向けると、リンリン様の操るキツネのヴァイアの視界中央に『林田家』の玄関が捉えられていた。
『さて、どうしたものかの』
玄関の手前にある門柱の上に陣取ったリンリン様は、まるで勿体ぶるようにそう呟いた。
『勿体ぶるとは何じゃ、人聞きの悪い!』
考えていることが筒抜けなので、すぐに、リンリン様から苦情が飛んでくる。
『流石にこの姿で呼び鈴は鳴らせぬじゃろう?』
確かにと思ったものの、逆に、キツネが呼び鈴を鳴らした方が、私が送ったのが伝わるんじゃないかと思い付いた。
『確かに伝わるかもしれぬが、あの話の流れでは、主様の魂、幽霊のようなものが行くと思っておるのではないかの? それが、キツネの姿とはいえ、実体で現れたら混乱は必至ではないかの?』
リンリン様はそこで一拍間を置いてから『しかもじゃ。仮に好みを検分されて機械だとわかれば、これはこれでややこしいことになるのではないかの?』と続ける。
『確かに、実体化はともかく、機械ってなると、ドローンと変わらないかも……』
『というわけで、この姿を見られぬ方が良いのではないかと思ったわけじゃ』
ごもっともなリンリン様の見解に、私は敗北した気分で『仰るとおりです』と同意したことを伝えた。
『経路は任せて貰うのじゃ』
リンリン様はそう宣言すると、軽やかに門柱から敷地を囲む塀の上を駆けて、母屋の屋根へと飛び移った。
軽やかに屋根を登っていったリンリン様は、網戸になっている窓に取り付くと、前足を器用に使って簡単に開けてしまう。
そのまま、屋内に入り込み、きっちりと網戸を閉めた。
『リンリン様、なんか手慣れていませんか?』
私の指摘に対して、リンリン様は『元の世界でも、林田家に窓から出入りしておったからな』と、サラリと明かす。
『緋馬織のような機械制御でないところに潜入する訓練として、わらわもいろんな技術を習得しておるのじゃ』
事もなげに続けられる衝撃の情報に、そんな事をしていたのかという驚きで目が点になった。
ただ、その後で言い添えられたリンリン様の言葉に、今度はジンとさせられてしまう。
『主様が潜入をする際に、物理的なサポートをするのが、わらわの勤めじゃからな』
改めて陰に日向に助けてくれるリンリン様に感謝の思いを抱いた。
するとすぐに、リンリン様が『ま、まあ、この世界はオリジンがついてこられなかった故、わらわも仕方なく来たわけじゃが、本来はオリジンが同行すべきだと思うのじゃ……ま、まあ、今回はヴァイアを具現化して使う自体があった故、わ、わらわで良かったとは思うがな』と言う。
なんだか誤魔化してるような無理に強めに言っているように聞こえたので、照れ書くしかも知れないなと思った。
『照れ隠しなどではないわ!!』
一度、そう声を上げてから、リンリン様は『ほれ、皆はしたのか射にいるようじゃから、気取られないように、慎重に進む故、主様は余計なことを考える出ないぞ』と釘を刺してくる。
リンリン様を邪魔したいわけではないので、私は『はーい』と返して、行動を委ねることにした。
軽い歩調でほぼ音を立てずに階段を降りていくリンリン様を見守っていると、一階に辿りついたところで、ピタリと動きを止めた。
一応、スピーカー経由でこっちの声が、ヴァイアから漏れ出しては潜入失敗になるので、頭の中で『どうしました?』とリンリン様に尋ねてみる。
すると、少し間を開けてから『皆、居間に集まっておるようじゃ』と報告が上がってきた。
通信機経由やヴァイアを派遣する前よりも、反応が遅かったのは、距離の影響を受けているらしい。
私との繋がりは切れていないけど、リンリン様の意識の軸足はヴァイアの身体の方にあると言っていたし、訂正もされないので認識は正しいはずだ。
そう思いながら次の報告を待っていると、様子を覗っていたリンリン様から通信機ではなく年話形ゆで報告が来る。
『父君は入浴中のようじゃの。母君は勝手(台所)におって、子らが良枝殿を囲んで勉学に励んでいるようじゃ』
その報告を聞いて『本当は私が千夏ちゃんに教える予定だったのに!』と、少し不快に思ってしまった心の狭い自分が少し情けなかった。