幽体検証
とりあえず、球魂という形ではなかったものの、肉体から精神体を分離させることには成功できた。
鏡に映らないことから実体は伴わない。
自分の手を使って、この姿にも試したが、確認のために壁にも手を伸ばしたところ、予想通り擦り抜けることも確認できた。
ちなみに戻れなくてはいけないので、自分のカエラ谷戻る方法も試している。
精神体と肉体の顔が向き合うようにして身体を重ねようとすると、ベッドまで突き抜けてしまったが、逆に寝ている身体と同じ姿勢、仰向きで身体を重ねてみると無事身体に戻ることが出来た。
簡単に検証を終えた今、やるべき事は一つしか無いので『じゃあ、ちょっと自宅に帰ってくる』と宣言する。
が、すぐに『主様! 飛躍が過ぎるのじゃ!』と強めに怒られてしまった。
とはいえ、私としては順番通りに考えただけなので、飛躍と言われても心当たりがない。
むしろ、理不尽な怒りをぶつけられたんじゃないかと思わなくもなかった。
が、そんな私の嗜好をしっかり読み取った上で、リンリン様は『まず、わらわの意識がどこに属するかによって、状況が変わるのじゃ!』と主張してきたが、申し訳ないけどピンとこない。
わかりやすく大きな溜め息をつかれた後で『わらわの意識が、主様の神格姿と共に移動するか、肉体に残るかで、主様の身体の安全度が変わるじゃろうが!』と強めに言われた。
『あー、なるほど』
『のんきかっ!!』
原因は、まあ、私なんだけども、リンリン様のツッコミも多彩になったなと、つい余計なことを考えて更に叱られてしまう。
嗜好が飛躍してしまうのは、クセなので多少は目を瞑って欲しかった。
『それじゃあ、実験のために、窓の外に出てみるね』
『うむ』
なるべく明るく声を掛けたつもりだったのだけど、リンリン様からの返しは硬かった。
ちゃんと謝罪した方が良いかなとも思ったけど、考えていることは筒抜けなので悪意はないことは伝わっているだろうと考え、時間の経過で許されることに期待しつつ実験を続けることにする。
リンリン様から『筒抜けだからといって、何でも考えれば、絆されるというわけではないのじゃ!』とお叱りを受けたけど、目を瞑って聞き流すことにした。
実験の結果、わかったことは、神格姿に近い姿の私の精神体というか幽体というかは、壁をはじめとした物質を擦り抜けることが出来た。
視界は、通り抜けている間は黒一色に染まり、中を覗くことは出来ないらしい。
顔を突き抜ける手前、壁の中で止めると視界は黒一色になって何も見えなくなった。
幽体の視界なのか、それとも元の体の視界に戻っているのかはわからないけど、建物の内部や身体の内部などを覗き見るようなレントゲン的な使い方は出来そうにない。
もう一つの検証対象だった、リンリン様の視点は、デフォルトで、私の身体の周りに留まるらしかった。
デフォルトというのは意識を切り替えることで、私の幽体の方の視界に切り替えることも出来るらしく、テレビのチャンネル切り替えのような感覚で簡単に入れ替えができるらしい。
とりあえず、私が意識を自宅に飛ばしている間は、リンリン様は身体の方に視点を留めて、見守ってくれるので、そこは安心できるところだ。
ただ、大きな問題点として、幽体の移動に時間がかかる点である。
移動は空を飛んでいる状態なので、それなりの速度……恐らく原付くらいのスピードは出せるものの、瞬間移動をすることは出来なかった。
つまり、行きにかかった分、帰りにも同じ時間がかかる。
何かあったときに、咄嗟に身体を動かせないということだ。
『うーーーん。どうしようか?』
『中止じゃな』
リンリン様は議論の余地すら残さず、一撃で否定してきた。
穏やかに過ごせてしまっているせいで忘れがちだが、ここは神世界であり『種』の領域である。
身体を動かせない無謀な状態を、リンリン様が許容する訳がない。
そこは私も納得出来るところというか、当然だと思うところだけど、一応、私には皆との約束があるので、出来れば家に意識を向かわせたかった。
意識を共有しているので、私の考えはリンリン様に伝わっている。
その医師が変わらないことも伝わったので、ここからは対策会議となった。
『そもそも、移動距離の限界だったと言えば良いではないかの?』
『うーーーん』
私の反応が芳しくなかったことで、リンリン様から溜め息が漏れる。
『何がダメなのじゃ?』
『私の言うことを信じてくれた皆に、言葉通りできるんだって証明して、妄想じゃなかったって思って貰いたい』
リンリン様は私の願望を聞くと『そのために、交わされていた会話や各人の行動を把握したいと言うことじゃな?』と要点をまとめてきた。
軽く吟味して、それで良いかもと思った私は『そうかも』と同意する。
『ならばじゃ、目を飛ばせば良かろう。あれならば意識の多くはこの場に残し、緊急時は『目』のみを切り離せるのじゃ』
リンリン様のアイデアに『なるほど』と納得した私は、それしかないなと方針を定めた。