裏技
「そうね。それだけ元気なら大丈夫そうね」
私に同意してくれたのはお母さんだった。
「お母さん」
「由美ちゃんと千夏ちゃんのことはお母さんに任せておきなさい」
そう言って胸を叩いてみせるお母さんに、私は「よろしくお願いします!」と返す。
ここでユミリンが「ちょっと、リンリン?」と何度も目を瞬かせた。
私とお母さんの乗りについて来れなかったんだと思う。
一方で、千夏ちゃんはもの凄く深刻な表情になって「大丈夫、寂しくない? 私も……多分この人も、一人になれてるけど、凛花ちゃんは違うでしょ?」と、チラリとユミリンを見えてからそう言って迫ってきた。
ここで、どう答えようかと私の頭に、ふと緋馬織の仲間達の顔が浮かぶ。
そのせいか、つい悪戯心が刺激されて、私は「大丈夫。寂しくなったら幽体離脱して、覗きに行くから」と口走ってしまった。
「あ……」
私の発言で呼び込んでしまった沈黙で、自分の発言がかなりぶっ飛んだものになっていることに気付いた。
「えーと、リンリン、どういうこと?」
「凛花ちゃん。なに、ゆーたいりだつって!?」
車椅子の左右から挟まれるようにして、ユミリンと千夏ちゃんに迫られてしまう。
どうしたらいいかと考えてみたところで、リンリン様から無慈悲な一言が放たれてしまった。
『口にしてしまった以上、取り返しはつかぬと思うのじゃ』
全く否定できず、説明しなければと思ったところで、津田さんが「凛花ちゃんってそういう体質なんですね」ともの凄く脳天気な口ぶりで話に入ってくる。
自然と皆の目が向いたことで、津田さんは「あ、説明ですね」と頷いた。
「病院で働いているといろんな患者さんがいらっしゃるんですけど、その中には体から霊体? 幽体? 正式な名前とか、どういうものかとかは、はっきりとはわからないんですけど、自分の姿そのままの魂のようなものを切り離せる人がいるらしいんですよね-」
津田さんがそこまで言った後に「以上です」と話の終わりを宣言し、ほぼ同時に皆の目が私の方に戻ってくる。
「えっと、つまり、リンリンはその、体から魂を飛ばせるってこと?」
ユミリンの問いに、私は「まあ……少しだけ……」と親指と人差し指で隙間を作って答えた。
一方、千夏ちゃんは「それって、幽霊! 死んじゃった人にも会いに行けるってこと!?」とかなり飛躍した質問を飛ばしてくる。
流石に、その内容に驚いてしまって、直ぐに応えられなかったものの、どうにか「幽霊にあったことは無いよ」と答えることは出来た。
「……そう」
もの凄い落胆が感じ取れる千夏ちゃんの反応に、何か声を掛けなければと思ったのだけど、その前にお母さんの鋭い言葉が飛んでくる。
「凛花、ひょっとして、その魂が抜ける体質のせいで気を失ったり、足に力が入らなかったりしたんじゃないわよね?」
「……え?」
お母さんの問いにすぐ答えが出せなかったのは、純粋に考えもしなかった仮説だったからだ。
でも、確かに『神格姿』というか、球魂を切り離せる事が、時間停止現象に遭遇する原因の一つである可能性はあるんじゃ無いかとも思える。
時間停止が起きたタイミングで、この神世界そのものの時間が止まってしまっているのか、私の認識だけが肉体から乖離してしまっているのか、そこの判断もついていないのだ。
そんな答えの出ない考えを巡らせていると、お母さんから「どうなの、凛花?」と少し強めの問い掛けが飛んでくる。
なので私は「正直、わからないけど……関係あるかも知れない」と可能な限り正確に伝えた。
私の返しを聞いたお母さんは少し唸ってから「それなら、体が元気でも、倒れたりすることがあるわね」と言う。
ここで津田さんが小さく手を挙げて「あのー」と様子を覗いながら会話に入ってきた。
「盛り上がってるところで言うのもなんですけど、私自身は信じてますし、幽体離脱が出来る人がいるとは思っているんですけど、医療的には、オカルトな話なので、診断ではないのは忘れないでくださいね」
お母さんがここのところの私の気絶や体調不良の原因と結びつけてしまったからか、津田さんは思いっきりオロオロとしながらそう断りを入れてくる。
対して、お母さんは「もちろんわかっています。ただ、この子の不調の原因の一つとして、医学では計れない事が原因の可能性もあると思っただけです」と返した。
その上で、お母さんは「まずは医学的に異常が無いかどうかを検査して貰って、一つ安心を得たいと思っていますので、よろしくお願いします」と締めくくる。
「は、はい。お任せください」
津田さんの返事に頷いたお母さんは私に視線を向けた。
「改めて聞くけど、凛花は一人で病院に泊まれるのね?」
「大丈夫。お母さんは二人をお願いね」
私の返しを聞いたお母さんは「じゃあ、寂しくなったら、魂だけでも帰ってきなさいよ」と、困惑の混じった笑みを浮かべる。
「絶対、覗きに行くよ」
私は出来るだけの笑顔で、お母さんやユミリン、千夏ちゃんに宣言した。