第4話 アイドル誕生
「あの……」
「アッ、ハイ! 大丈夫デス! ご心配おかけしました」
私は何とか起き上がり、ギクシャクと壊れたロボットみたいになって帰った。
「やばいやばいやばいやばい! ぎゃんカワですわ! マヂ天使が降臨したんですけど!」
私は興奮を抑えられず、部屋の中をぐるぐる歩いた。どうしようどうしよう。これは……久々に身の内に滾る『クソデカ感情』!!!! とうとう私に推しが出来た!!
「ひぃー……あふれるぅ……。くそぅ、T○itterがないこんな世の中じゃ……」
今なら、この尊みで十ツイート連投出来そう。そうだ、せめて手紙を書こう。ラインハルト、ごめん。意味わかんないものが大量に送りつけられるだろうけど、受け止めて欲しい。
こうして私は語彙の崩壊した感情を便箋に綴り、封筒にみっちり詰め込んで首都に送った。
「リリアンナ様、そんなに街に行ってどうするんですか?」
「え、だって推しがいるんだよ!? ここの空気を吸ってるんだよ!?」
「ううーん、でもお名前もわからないんですよね?」
「ふうう!」
そう、そうなのだ。私は声をかけてもらいながら、名前を聞きそびれた。なのであのピンクの発光体の名前がなんなのか未だにわからない。
「う、うろうろしていたらまた逢うかもしれないから……そしたら聞くから……」
「はぁ」
半ばあきれ顔のスージーと共に、私は街をさまよい歩いた。
「あ! 居た!」
見間違えるはずもなく、ピンクの発光体が目の前にある。私は思わずささっと物陰に隠れた。
「リリアンナ様、せっかく会えたのに隠れるんですか!?」
「だって……」
恥ずかしいじゃない。ああ、でも……見てるだけで幸せ。今日はピンクちゃんは一人では無かった。小さな子供たちと一緒にいる。どうやらお買い物みたいだ。
「キャロルおねぇちゃん、おゆうはんはなぁに?」
「そうね、キャベツのシチューかな」
「またー? ぼく、おにくたべたい」
「それは……また今度ね」
ああ、かわいい。天使とちびちゃんの会話かわいい。
「お名前はキャロルっていうのね……」
「直接聞きましょうよ、リリアンナ様」
それから私はキャロルの後をつけ回して回った。彼女はどうやらこの街の教会がやっている孤児院で働いているらしい。優しく、働き者のキャロルは子供達にも大人気。
「健気~。もうこれ聖母じゃん!」
そして私のラインハルトへの手紙もどんどん厚く、頻度も増えていった。
***
そんな日々が続いた朝だった。昼過ぎになったら、またキャロルのところへ向かおうと思っていた私は、突然バーンと開いた居間のドアにびっくりした。
「リリアンナ!」
「あら、ラインハルト」
それはラインハルトだった。手には身に覚えのある封筒をたくさん抱えている。
「あら、じゃないよ。なんなんだよ、これは……」
「いえ、嬉しいことがあったので、つい」
「あのな……」
私の顔を見たラインハルトは、頭を抱えた。どうしよう、少し横になったほうがいいのかしら。
「君がモンブロアなんてところに行ってしまったから心配していたのに、いきなり意味の分からない手紙がたんまり届くから余計に心配になって来たんじゃないか」
「あぁ……ごめんなさい、ラインハルト。私、推しが出来た喜びでいっぱいで」
私がそういうと、ラインハルトはますます頭が痛いという顔をした。
「ああ、それは手紙を読んだらわかった。でもな、相手は普通のお嬢さんな訳だろう」
「……? そうですけど」
「リリアンナ、君が前世で推していたのは『アイドル』なんだろう。彼女らは歌や踊りを見せるのが仕事だって言ってたじゃないか。でもこのキャロルって子はそういう仕事じゃないんだろう? 迷惑なんじゃないか?」
ラインハルトの言葉は、私の脳髄に雷のように響き渡った。
「迷惑……」
「そ。迷惑」
うそうそ、待って。辛い、無理。え? 知らない間に私、迷惑ヲタになってたってこと……?
どうしよう……ああ……キャロルがアイドルだったら良かったのに……あ……あ……。
「それではキャロルをアイドルにしてしまえばいいのでは?」
「何を名案、みたいな顔をしているんだ」
「でも、私……アイドルなキャロルを見てみたいわ」
「キャロルは嫌がるかもしれないだろう」
そうね、その可能性はあるわね。だったら……。
「聞きに行きましょう! キャロルに! 直接!」
私はそのまま家を飛び出した。後ろから慌てた様子のラインハルトとスージーが追いかけてくる。
「ちょっと待てって」
「リリアンナ様、お名前も聞けなかったのに、その行動力はなんなんですか」
私もそう思う。でもね、何か確信めいたものが、私の中にあるの。
「はーっ、はーっ」
むちゃくちゃに走って、息の上がっている私の前に、キャロルがいる。
大きな空色の目を驚きで見開いて。
「大丈夫ですか……? あの、最近よく見かける方ですよね?」
ああ、気づいてたんだ。そうだよね。こんなドレスきた貴族の令嬢、もうこの街にはいないもの。私は大きく息を吸い込んで、息を整えるとキャロルに向き合った。
さぁ、勇気を出して。言うのよ。
「失礼。私はこのモンブロアの領主の娘、公爵令嬢リリアンナ・シャンデルナゴールです」
これでもちゃんと貴族令嬢なのだ。私はスカートをつまみ、優雅に正式な礼をした。
「本日は、あなたにお願いがあって参りました」
「はい……」
「あなた、『アイドル』になりませんか?」
「『アイドル』……?」
そうね、そこからね。
私はアイドルがどんな仕事なのか、こんこんと説明した。ちょっと長かったかもしれない。でも、キャロルはそれを最後まで聞いてくれた。
「……と、いうことなのだけれど」
「一つ質問があります」
私の説明を聞き終わったキャロルは手を挙げた。
「なんでしょう?」
「そのアイドルというのは……儲かりますか?」
「……ん」
これは予想外の質問が来たぞ。儲かるか、か……。そりゃ儲かるアイドルも儲からないアイドルもいる……。しかしここで「儲からないかもしれない」と言ったらキャロルは嫌だと言うかもしれない……。
「衣食住の面倒は私が保証します。そしてあなたは私が最高のアイドルにするので、儲かります」
「本当ですか……! だったらやります! 私、この孤児院の子供達をお腹いっぱい食べさせてあげたいんです」
ああ……そういうことか。だったら私にまかせなさい!
聞けば、孤児院には資金が無くて、日に日に子供達の食事の黒パンが小さくなっていくのをキャロルはどうにかしたいということだった。ああマジ天使。
「黒パンどころかふわっふわの白パンを、毎日お腹いっぱい食べさせてあげるわ! だから頑張りましょう!」
「はい!」
私がそう言うと、キャロルは大きな声で答えながら私の手をとり固く握手した。きゃっ、手を握っちゃった。