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仕掛けの準備(アル/ヨーナス サイド)

 王立学院からグラーフ伯爵邸に戻るとアルはいつも最初に書斎へと入った。日々の仕事をこなすためである。当主ではないので重い仕事はないがおろそかにはできない。


 いつものように執務机を前に座ると早速書類に目を通す。疲れの混じったため息をアルは漏らした。最近はやることが増えてきて時間に余裕がない。


「単調な日々が続くのは退屈だけど、面倒事が続くのも困ったものだね。でも、ヴァルテがいてくれるのは助かるな。いや待て、どうしてあいつが出てくるんだ?」


 気の緩んだ表情を浮かべていたアルは急に眉を寄せた。アルの元で部下として働いてくれる者は数多くいる。成果もはるかに出してくれる者達ばかりだ。そもそもヴァルトルーデの作業は雑用に近い。比べること自体が間違っている。


 なのに口から出た名前は仕事の成果とは無関係だった。そんな馬鹿なとアルはつぶやく。


 一人驚いていると書斎にメイドが静かに入って来た。二名の来客を告げる。


「エイミー嬢とシュテラ嬢が一緒にやって来た? どんな組み合わせなんだ」


 あり得ない二人組にアルは首をかしげた。しかし、追い返すわけにもいかない。


 しばらく考えてかぶりを振ったアルは書斎に通すようメイドに告げた。まずは話を聞く必要がある。


 案内されて書斎に入ってきた二人の態度は対照的だった。エイミーは普段通り明るく元気なのに対して、シュテラは怯えきった態度で顔をうつむけて右目を手で隠している。


「ようこそ、二人とも。そちらに座って」


「はい! アル様、お茶の用意が終わったら人払いをお願いしますね! シュテラ様のことで内密のご相談があるので」


「ああ、わかった」


 立ち上がったアルはメイドにお茶の用意をさせてから退室させた。そして、ローテーブルを挟んで反対側の一人掛け用ソファに座る。


「それで、内密の相談っていうのは何かな?」


「まずはシュテラ様の右目を見てもらえますか。これに関係する話なんです」


「右目? ぐっ!?」


 警戒することもなくアルはシュテラの右目へと意識を集中した。手で覆われていたまぶたが消えて血走った目玉が露わになるとアルの意識をわしづかみにする。


 完全に油断していたアルは歯を食いしばって抵抗した。視線から逃れようと目を逸らした。その先では、エイミーの体から背の低いずんぐりとした体型の男が分離していくのが見える。そして、その男はじっとアルを見つめていた。


 一瞬緩んだかに思えた頭の中への侵食が再び強まる。


「エイミー嬢、シュテラ嬢、これは一体?」


「余計なことを嗅ぎ回った貴様が悪いのだ。放っておけば無関係でいられたものを」


「パオリーネ嬢の、契約した、悪魔か!」


「さてな。貴様はこれからこの小娘と心中をするのだ。筋書きは、王太子を好いた小娘に横恋慕した坊主が世を儚んだといったところか」


「黙れ! お前なんかに、好きなように、させるものか!」


「なるほど、儂の精神操作の魔法にまだ耐えるとは、人間にしては優秀だな」


「舐める、なよ!」


 精一杯歯を食いしばったアルは右手からきらめく炎を相手に向けた。悪しき者を滅ぼすという破魔の炎だ。まともにその魔法を受けた男は炎に触れた体が瞬時に溶け、残る部分も塵になる。


「はあはあはあ、やったか。あぅ!?」


 安堵のため息を漏らしたアルは次の瞬間体を自由に動かせないことに気付いた。


 その背後に消滅したはずの男が現れる。


「人間を操るときは、気が緩んでいるときに魔法をかけてやるのがコツなのだ。特に自分が勝ったと思った瞬間が一番たやすい。貴様のような優秀な魔法使いであってもな」


「簡単、に、あ、やつれると、思うな」


「もちろん、そういう場合も考えている。前を見るがいい」


 背後からささやいてくる男に意識を向けていたアルは目を前に向けた。シュテラが右目でじっと見ている。頭の中へと侵食が強まった。


 更に背後に現れた男が両手でアルの頭をしっかりと固定する。そして、自分の額をアルの後頭部につけたかと思うと、ずぶり、とめり込ませた。


 重なる他者の存在にアルの顔が恐怖で引きつる。


「や、やめ、ろ!」


「ハハハ! 人間ごときが儂の相手になるわけがなかろう。優秀といってもしょせんその程度よ。せいぜい殺すまで有効に使ってやるとしよう」


 最初は額、次いで頭、体、そして手足と男がアルの中に入っていった。悲鳴も上げられないアルは全身を痙攣させるばかりである。


 体の震えが消えるとアルはぼんやりと立つばかりだった。しかし、すぐに目に光が戻る。その顔には先程の男と同じ陰気な笑みが浮かんでいた。




 パオリーネの当初の計画では、王太子を好いたエイミーに横恋慕したアルが世を儚んで無理心中をするというものだった。これで目障りな敵を一網打尽にできるという考えだ。


 ところが、ヨーナスがアルに憑依してその記憶を覗いてみて興味深いことがわかる。この二人をつなぐ人物としてヴァルトルーデの存在を知ったのだ。しかも、あの魔剣オゥタドンナーと契約している。


 そもそもこのアルを焚きつけたのがヴァルトルーデであり、更にはパオリーネの召喚も目撃していた。近くを通りかかったときに偶然魔剣が感知したらしい。


「まさかこんな伏兵がいたとはな。この坊主よりも危険ではないか」


 ヨーナス本人ではないが、悪魔とあの魔剣には因縁があった。それもあって計画の一部を変更する。アルになりすまし、手紙を一筆したためて使用人に届けさせた。


 それからエイミーの管理を任せたシュテラとともに馬車に乗る。行き先は西部区の北部にある倉庫街だ。日没後はほぼ人気(ひとけ)のなくなるので廃墟のように見える。


 比較的大きな道で三人は馬車を降りた。すぐにアルに憑依したヨーナスが魔法で光の玉を出現させる。手には縄を持っていた。


 その明かりを頼りにアル、エイミー、シュテラの三人はが歩く。大きな道から路地に入ってしばらく進むと古びた倉庫の前に着いた。倉庫正面の左端にある人間が出入りできる小さな扉を開けると、がらんとした埃っぽい倉庫内に三人とも入る。


 アルに憑依したヨーナスはそこで初めて振り返った。そして、エイミーに棒のような物を持たせて懐にしまわせると縄で縛り上げる。


「よし、眠れ」


 一言命じられたエイミーが糸の切れた人形のように倒れかけると、アルの体がそれを支えてから担いだ。そして、倉庫の奥の地面にエイミーを横たえる。


 その後ろをシュテラが怯えながら歩いた。アルに目を向けられるとびくりと震える。


「あの、もうわたしはいいのよね?」


「ああそうだな。貴様は役目を果たした」


「それじゃ、目を、右目を治してちょうだい。治せるのよね」


「もちろんだとも。働きに応じて対価は支払われるべきだ。さて、最後に一つ忠告しておこう。今回貴様が関わったことについて決して他言しないことだ。もし漏らした場合は再び貴様の前に現れるだろう」


「しゃべらなきゃいいのよね? いいわ、絶対誰にもしゃべらないから早くして!」


「よかろう、では」


 陰気な笑顔を浮かべたアルの体が前に出た。シュテラが反応するよりも早く右手でその頭を掴み、左の人差し指、中指、親指を右目に突っ込み、一気にえぐり出す。


 一瞬の後、強烈な悲鳴が空き倉庫の中に響き渡った。地面に倒れたシュテラが右目を押さえて転げ回る。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「さて、これで貴様との関係は終わった。どこへなりとも行くがいい」


「いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたいよお!」


「ハハハ、これはなかなかよい光景だな。貴様と同じく働いた儂にもちょっとした愉悦はあってもいいだろう」


「なんで! なんで!? 治してくれるって言ったじゃない! どうして!?」


「確かに治したぞ。治療に痛みを伴わないとは約束していなかっただけだ」


「ああ、右目が! みぎがいたいぃ!」


「痛みが引けば元に戻る。それは保証しよう。儂が抜き取ったのは人形の瞳のみだ」


「ああああああぁぁぁ。なんでヴァルテに見つかっただけで、こんな目にぃ。ひっく」


 埃と土にまみれたことを気にする余裕もないシュテラが這いずるように扉へと向かった。光の玉がその頭上を倉庫から出るまでまで照らす。


 それをにやにやしながらアルに憑依したヨーナスはシュテラを見送った。再び倉庫内が静かになる。


「ちょっとした余興だったな。これはこれでいいだろう。さて、もうひと準備しようか。久しぶりの人界だ。楽しまなくては損だからな」


 横たわるエイミー以外誰もいなくなった室内でアルに憑依したヨーナスは独りごちた。あごに右手をかけてしばらく思案した後、歩き始める。


 頭上に輝く光の玉の下、アルの体はシュテラに続いて倉庫の外に出た。

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