「お気に入り」のこと
「ねー、大将?」
「なんだい、マリちゃん?」
「大将の『お気に入り』って、何?」
「『お気に入り』?」
「うん、そう」
「だったら、コレかなぁ」
ギラリ
「オーケー大将、いくら出せばいい? 天引きで賄える?」
「え?」
「え?」
沈黙。
「だって、刃物向けられたらさー」
「…あー、ごめんごめん。 でもそのくらい『お気に入り』だったものだから」
「んー…なんだか思うところ含むところはなくもないけど、まぁいっか。 大将の『お気に入り』は、その鈍色出刃なんだねー…」
「三徳包丁も捨てがたいけど、やっぱり出刃がお気に入りだねー」
「…朴念仁…」
「え?何か言った?」
「いいえなにも。」
「そう?」
「そう。 だったらせっかくだから、そこまでご執心な『出刃子ちゃん』に出張ってもらわない?」
「出張る?」
「そう。 そこまで惚れ込んでるんだったらさ、今日の仕事は『出刃子ちゃん』と過ごしたらいいんじゃない?」
「えぇー…?」
「だいじょーぶ。 愛があれば色々乗り越えられるからさw 人参とか大根の飾り包丁も隠し包丁も、『愛する出刃子ちゃん』が頑張ってくれるよ?」
「えぇー…」
「じゃ、下拵え頑張ってねーぇw あたしは店周りのお掃除してくる!」
「『愛してる』と『好き』は違うんだけどなぁ… ま、後でぶりはま丼食べさせとけばいいか…」