My Dislike Thing
私はこの日が嫌いだった。
別に庭先に植えられているキンモクセイの香りが嫌いなわけじゃないし、哀愁漂う雰囲気が嫌いなわけでもない。
じゃあ、なんで嫌いなのか。
理由は簡単。
この季節に行われる地域行事、“お月見泥棒”が嫌いなのだ。
本当は中秋の名月の晩に行われるものだけれど、ハロウィンと似たような行事だからか、私が子供のときにはすでにハロウィンのお祭りと一緒に行われていた。
で、そんな“お月見泥棒”は今日というか、今まさに行われていて、子供たちが地域の家々を回る音が聞こえてくる。
ああ、不快だ。
でも、彼らが原因なのではない。もとは――アイツのせいだ。
アイツがあんなことを言い放ったのは、たしか小学三年生のときだ。
地域の小学生はそんなに多くなかったけれど、それでも全員で回るには多すぎて、でも、小学生一人で回るには広すぎた。
だから、何班かにわけて巡ることになっていたんだけれど、小学三年生にしてはじめて参加することになった私はガキ大将のアイツと一緒に回ることになった。
当時の私は身長も低く、足も遅かった。
それでもおばあちゃん家に行くとき、嬉しかったのは間違いない。
縁側に置かれたものを見つけてしまうまでは。
いや、こうなることはそのときの自分でもわかっていたんじゃないか。
なぜなら母親が早くに死んで私を引き取ったのがこの家に住んでいたおばあちゃんだったんだけれど、チョコレートやコーン菓子、キャンディーといった洋菓子は嫌い。
だから、おばあちゃんが提供していたのは個包装されたお菓子ではなく、畑でとれた梨だったのだ。
電車もない田舎であるこのあたりだけれど、ほかの家で提供されるお菓子は近所のスーパーで買ってきたと思われる個包装のお菓子だったのに、うちだけは梨。
それを見た瞬間、私は膨れ上がっていた期待がシュンとしぼむのを感じてしまったと同時に、隣からの嘲りの声に思わず涙が出てしまった。
『有紗のばーちゃん、菓子も買ってくれないんか』
たしかに私はいっつもおばあちゃんが作ってくれた服や手提げ鞄をよく持っていたし、破れたりしたところだっておばあちゃんが繕ってくれるから、新しいものを次々買ってもらうなんていう経験はなかった。
今まではそれらになにか言われたことはなかったから、それでもいいんだと思っていた。
けれど、それは思いっきり間違っていたようで、今までに見聞きしてきたことでガキ大将の取り巻きたちも次々と私を罵ってきた。
それからどうしたんだっけ。
ああ――たしか私は小さいながらガキ大将のアイツに殴りかかったんだ。そして、アイツを殴ると同時にアイツや取り巻きたちに殴られたんだ。
でも、体格の差は明白でアイツらにいいようにやられ、昔からの住民だったアイツのほうが正しいと事実も捻じ曲げられた。
そして私は転校した、いや、転校せざるを得なかった。
都会のせわしない喧騒の中、仕事で忙しい父親のもとで十四年間暮らし、去年の春、一人暮らしを始めた。
そして先月、祖母が死に、私はこの家の整理をするために昨日、ここに戻ってきた。ありがたいことに父親は私がここに戻るのを大丈夫かと心配してくれたけれど、もう大丈夫だろう。アイツだってきっともう私のことなんてさっぱり忘れてるだろうし、そもそも私なんていう存在はなかったはずだ。
だから、だから大丈夫だ――――
そう自分に言い聞かせて来たけれど、やっぱりだめだった。
今も続く伝統的な行事の声を聴くとあのときを思いだしてしまう。
少し冷え込んできた風を防ぐためと自分に言い聞かせて窓を閉め、布団にもぐりこんだ。
なんか、目が痛い。
ああ、そうか。
布団にもぐってからも泣いてたんだっけ。
なぜか知らないけれど、あの後すごく泣けてきたんだ、私。で、思いっきり泣いてたせいで朝起きたと同時に痛むんだ。
目があまりに痛くて午前中はなにもする気が起きなくてぼんやりと過ごしていたのだけれど、その静寂は突然破られた。
「先崎さん、お届けものです」
玄関の外から私を呼ぶ声がしたのだ。
おばあちゃんの苗字は祖父江であり、しかももう死んじゃったことはこの地域の人に知られているはずなので、普段は空き家となっているこの家に用事がある人はいるはずなんてない。
おかしいな。
私はこの家に何日もいるはずなんてなかったから、ネット注文した商品は全部今住んでいる家に届くよう手配していたはずだけれど、まさか注文時に間違えた?
疑問に思ったけれど、多分相手は私がいることを知ってきているのだろう。だから苗字を間違えずに呼んでいるのだ。行くしかあるまい。
そう思って仕方なくぼさぼさの髪のまま玄関を開けると、すらりとした長身の青年が立っていた。眼鏡をかけて、いかにも頭が良さそうな雰囲気がしたが、よく見かける運送会社の制服を着ておらず、都会では人ごみに紛れ込めそうな服装をしていた。
「お届け物です」
そう言って青年が差し出したのは、大きな白いビニール袋。首をかしげてその袋を受け取ると、ずっしりと重い。
「中身はいったいなんでしょうか?」
私の問いかけに黙り込む青年。
なんだろう。
袋を開けると、最近はやりのかわいらしい駄菓子がいっぱい入っている。もう私は子供じゃないのに。だれがなんのために?
また嫌がらせ?
「きっとあのとき、先崎さんにこうすればよかったんです――こっそりとこうやってお菓子を差し出せば」
青年の言葉におもわずへっ?と言ってしまった私に、彼はあのときは申し訳ありませんでしたと眼鏡をはずして頭を下げる。
「僕のつまらないプライドのせいで先崎さんを傷つけてしまいました」
顔を上げた青年に私は思いっきり驚いてしまった。
私だけじゃなくておばあちゃんを罵倒したあのときの面影が残っている……――
思いだしたくもなかった記憶を思い出し、それを消すために思いっきり手のひらに爪を立てた私に青年は苦い顔をする。
「もちろんそれは捨てていただいて結構です」
そう言って、青年――かつて私を嘲ったガキ大将は去っていった。
なんて身勝手な奴だと思ったけれど、私を覚えてくれてただけでもよかった……――もうちょっと言うならば、あのときのことをいまだに後悔してくれたなんていい奴じゃないか。
私は奴に惚れることはないけれど、でも、だれか奴を受け止めてくれる人が現れることを祈っておこう。
ちょっとだけ気分が軽くなったから、今日の分の整理を始めようか。
どこまでできるかわかんないけど、もうちょっとだけここにいるのは辛くない、はずだ。
もらったお菓子、どうしようかしらねぇ。
捨てるのもったいないし、ありがたくいただきます、よ?