34th BET 『思い悩む女たち』 2
想像以上に豪勢な朝食を終えて、フェルテは口元を布巾で拭った。
目の見えない彼女は、基本的に誰かに食事の世話をしてもらわねばならない。
今朝は勝手を知るマイクが口元に食事を運んでいたのだが、思いもよらない大物が続いたので手元がおぼつかなくなったのだ。
「ゴメンよ、フェルテ。オイラがもうちょっと上手に食べさせられれば良かったんだけど……」
すまなそうに肩を落とすマイクに、フェルテはカラッとした笑みで返す。
「気にしないで。お兄ちゃんが不器用なのは、誰よりも知ってるんだから。それよりも、こんなにおいしいご飯食べたのって久しぶりね~」
「そうだな。食材は分からなかったけど、新鮮で歯ごたえのある料理だったな」
膨れ上がったお腹をポンっと叩きながら、至福の表情で頷くマイク。
見かけ通り、彼は大食漢だった。
「それにしても、フェルテ。昨日はちょっとやり過ぎたんじゃないか?」
食事を終えて、テントの隅にある巨大なタンクを見やる。
そこには、昨日の勝負でアルからまきあげた大量の水が保管されていた。
「こんなに大量の水、お金に換えれば一財産になっちゃうぞ」
「そうね~。これだけあったら、当分遊んで暮らせちゃいそうね」
不安そうなマイクに、フェルテの返事は陽気で軽い。
声だけを聴けば、兄妹ではなく姉弟と勘違いしたくなるほどである。
「お前が強いのは分かってたけど、あそこまでやる必要はなかったんじゃないのか?」
「え~。そうかな?」
「お前の結婚を賭けた勝負なんだから、絶対に勝ってほしかったけど。ちょっとは手加減、と言うか、可愛げのある勝ち方してもよかったんじゃないか?」
実際、あまりにも勝ちすぎたために、勝負の後半では観客たちも若干引くほどだったのだ。
それでも勝負を止めないアル。そして、その勝負を受けてコテンパンにするフェルテ。
中には「おい坊主、それくらいにしとけ」と制止する者もいたほどだ。
勝負を何よりも尊ぶ彼らにここまで言わせても、アルもフェルテも顔色一つ変えずに勝負を続けて見せた。
「あんなの見せられちゃ、こんないい待遇になるのもちょっとは分かるけど……。お前、よっぽどあの子と結婚するのが嫌だったんだなあ」
「……」
マイクの一言に、フェルテがしばし沈黙する。
右手の指を軽く顎に当てて首を傾げる仕草。マイクの良く知る、フェルテが「長考」に入った証だった。
「どうした?何か気になることでもあったか?」
「う~んとね……。昨日の勝負を思い出してたの」
言いながら、左手の指をあてて逆側に首を傾ける。
どうやら、よほど深く思考に没頭しているらしかった。
やがて閃いたように、両手の指先をチョンと合わせる。
「お兄ちゃん。昨日の勝負ね、私、最初からずっと本気だったの」
「そりゃあそうだろ。あんなに勝ってたんだから」
首を振り、マイクの言葉を否定する。
「そうじゃないの。私が本気を出したのはサイコロ勝負そのものじゃなくって、あの子の思考を読むこと。そして多分、あの子も同じことを私にやろうとしてたんだわ」
「……?どういうことだい?」
今度はマイクが首を傾げる番だった。
眉根を寄せ、フェルテが再び黙考する。兄に伝えるためには、さらに思考を深めて簡単に説明できなくてはならなかった。
「つまり、あの子は最初から私に勝とうとしてなかったの。だって彼、すぐに私が思考を読めることに気づいてたもの。むしろ、わざと負けることで逆に私の癖を読もうとしてたんだわ」
「……なんで、そんな面倒なことをしたんだい?」
再びフェルテが首を振る。
彼女とて、相手の思考の全てを読み取れるわけではなかった。
相手の意図は不明だったが、昨日のやり取りを思い出してみる。
あの時やり取りしていたのは大量の水でも、結婚の権利でもなかった。
相手の心理の読み会い。
アルは、自分の思考が読まれていることを理解した上で、それを読んだフェルテがどのように仕掛けるかを探っていたのだ。
傍目にはわからぬ、息を飲むような真剣勝負。
そのことを思い出すだけで、フェルテの胸の内はカッと熱くなる。
「フェルテ、お前変だぞ?」
「どうして?」
破裂寸前の風船を触る様なトーンでマイクが声をかける。
フェルテには、どうして兄がそんな声を出すのかが分からなかった。
「お前、笑ってるぞ。震えながら、笑ってる」
「あら……そう?」
あっけらかんとした声で答えるが、自分の耳に入ってきたそれは、確かに震えていた。
フェルテは困惑していた。
他人の思考は読めるが、自分の思考が理解できないことがあるとは思っていなかったのだ。
正体の分からぬ感情に心地よさげな笑みを浮かべる妹を、どこか遠くの存在を見るような目でマイクは見つめていた。
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