21th BET 『もう一つの真実』 1
前回までのあらすじ
街中で偶然に出会った不思議な女性、シェイド。
顔も見えない、しかも対人恐怖症の女性に、何故か凛は自分の運命を感じ取るのだった。
「……何か聞きたいことがあるのではないですか?」
Sランクエリア、通称”中心街”。そのさらに中心に位置する巨大なカジノ。
そのカジノの中でも最大のギャンブル、コロシアムで大勝した鈴は、手にした大量のチップを預り所へと渡し終えたところであった。
預けたチップは15000枚。300倍の大穴に全額BETしたため、その報酬は莫大である。
しかし、それでも目標の1億枚にはまだまだ遠い。同じだけの大穴を、あと2回当てる必要があるだろう。
なんにせよ、ようやく身軽になった鈴は両手を軽く振りながらレムに向き直った。
その青い瞳は、今は非難の色に染まっている。
「あなた、ここの支配人なんでしょ?どうして、あんな酷いことを許しているの?」
「……酷いこと、とは?」
「……っ!」
声を荒げそうになり、すぐにそれを収める。
レムの表情を見ればすぐにわかった。彼は、本気でこちらの意図を理解していない。
気を静め、冷静に言葉を選びなおす。
「……確かに、『酷い』『酷くない』は主観的な言葉だったわね。じゃあ、質問を変えるわ。あのコロシアムでやっている、人の命をもてあそぶようなギャンブルを許容している理由は何?」
そこに来てようやく質問の意図を理解したようで、レムの表情はむしろ明るく晴れやかなものになった。
その変化に、鈴は背筋がゾッとするのを感じた。この男の価値観は、ひょっとして自分とは全く異なる次元にあるのではないかと感じ始めたのだ。
「そういう意味でしたか!ようやく理解できましたよ」
「……質問に答えて頂戴」
「理由は、なにより彼らがそれを求めているからです」
レムは鈴に後をついてくるように促す。再び、彼女をコロシアムの中に連れて行こうとしているようだ。
「安心してください。視野を操作して、あなたに戦いの様子は見えないようにします」
レムが見せたかったのは、凄惨な殺し合いではなく、それを見ている観客たちの顔だった。
「御覧なさい。みんな、生き生きとしているでしょう?生死をかけた戦いを見ることで、自分が生きていることを実感しているんです」
「……こんなものに頼らなくても、人は生を実感することはできるわ」
確信に満ちた鈴の声を、レムは悲しそうな目ではねのける。
「あなたのように、強い意志を持っていれば……あるいはどんな環境でも強く生きていけるのでしょう。ですが、ここで|はそれはなかなか難しいのです」
「……」
レムの言葉に、鈴は思い当たる節ができたようだった。反論せずに、沈黙したのがその証拠である。
「聡明なあなたのことだ。気づかれたようですね。この光の大地ヴェネスには、いくつもの”滅び”が潜んでいます。その一つが、この大気です」
「……麻酔のせいで、みんな痛みを感じられないわ。だから……」
「痛みのない人生は、実は退屈です。喜びと悲しみは表裏一体。喜びだけの毎日には、やがて飽きてしまうでしょうね」
その意見には同意するしかなかった。
実験でもそうだ。失敗に失敗を重ねて掴み取った成果ほど、嬉しいものはない。事実、その経験の積み重ねが今の鈴の鋼の精神を鍛え上げたのだ。
「でも、初めて会ったときに冴木君の周囲からガスを取り払って見せたわよね?その気になればこの大地からガスを一掃することだって……」
鈴の提案に、レムはかぶりを振った。
「僕の能力も、そこまで万能ではありません。それに、あなたならわかるでしょう?そんなことをすればどうなるか」
「……この世界全体が、闇に落ちるわ……」
愕然と、そう呟くことしかできなかった。
鈴にはわかっていたことだった。
この異世界レットールには太陽がない。
それでも生物が生きていられるのは、この大地を漂うキセノンガスのおかげなのだ。太陽光に似た波長の光をガスが放出する、その仕組みを奪えばこのレットールは死の大地となる。
「それでも、魔物達と戦わせる必要なんてないはずよ。あなたになら、それができるんでしょ?」
「"彼ら"にも、色々事情があるようでしてね。これでも僕は苦労してるんですよ?」
「事情って、どういう意味?」
「下界から来たのであれば、ご存じですよね?"彼ら"の本性を。"彼ら"は本来凶暴で、残忍な性格をしています。最初に紹介したような、ブルードラゴンのギル君のように人を襲わなくなるまでには、それなりに手間暇がかかるんですよ」
「その過程で、あんなことが必要になるとでもいうの?」
観客の歓声が一際大きくなる。どうやら、決着がついたらしい。
おそらく、今回も挑戦者が負けたのだろう。見ている者たちの顔色を見れば容易に想像がつく。
もっとも、鈴にとっては想像したくもない光景であっただろうが……
「こちらの流儀に順応してもらうまでには、とにかく時間が必要なんです。それは、当然受け入れる側の人間にも……。この場所は、そう言った意味でも重要なんですよ」
「得体のしれない凶悪な魔物から、百戦錬磨の偉大なチャンピオンになるまでの時間、ということね……」
「理解が早くて助かります。先ほど冴木さんの相手したベッジ君などは、もうすぐここを"卒業"できますよ。彼が『手加減』してくれたおかげです」
レムは一通り説明を終えたようで、それきり沈黙してしまう。
鈴は、その話をじっくりと頭の中で反芻し、検証した。
「……確かに、あなたの説明には矛盾もない。やり方としては合理的ではあるわ。人の命を賭けさせることには、やはり疑問は残るけど」
声に出しながら、同時に頭の中で考える。
鈴は、ゆっくりとではあるがこの世界の本質に近づきつつあった。
この世界が、本質的に抱える課題を炙り出そうとしている。
(この世界は、間違いなく狂っているわ……。でも、狂っているのは何?)
この世界に召喚されてからの日々を思い出す。
(精霊が存在すること?太陽が存在しないこと?魔物と呼ばれる生物が現れること?……多分、違う。全てが狂っているけど、一番狂っている"何か"が別にある……)
思考を深めようとするが、レムの言葉に中断される。
考察をいったん止めて、現実の会話に向き合うことにした。
「僕だって、本当はやりたくありません。先ほども言ったように、命を奪うことはこの町で最大の禁忌なんです」
「だったら、現状に満足せずにもっと良い方法はないか模索し続けましょう?あなた、ここの支配人なのよね?」
その時のレムの表情は、鈴の能力では到底理解できないほどに複雑なものであった。
感動に震えているようでもあり、憐れむようでもあり、嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。
ただ一つ、目の前の小柄の女性に対する、惜しみない愛情だけが強くにじみ出ていた。
「逢沢さん。僕は、あなたに出会えたことを幸運に思います」
人の表情は読めるようになった鈴だが、相変わらず人の行為に対しては鈍感なままだった。
いつものように、彼女は控えめに肩をすくめてこう返事するだけだった。
「そう……ありがと……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヴェネスを訪れて、4日目が終わろうとしていた。
いつの間にか姿をくらませていた凛だったが、どうやら家に戻っているようだった。
鈴が部屋を訪れると、ソファにゆったりと腰かけていた。
ただし、その様子はいつもと随分違っているようだったが……
「さ、冴木君?どうしたの……?」
鈴は、自分の声がひきつるのを感じていた。そこにあったのは、未だかつて想像したこともない凛の姿だったのだ。
凛がソファに座ってやっていたのは、古くから青少年の中で伝わっているギャンブルであった。
ただし、対戦相手はなく、一人で嗜む類のものである。
凛は、部屋に入ってきた鈴にも気づかぬ様子で、一心不乱に一輪の花を握りしめている。
そして、手探りでその花弁を一枚ずつちぎっていた。
そう、それはいわゆる一つの……
「好き……嫌い……好き……嫌い……ああっ!?もう、花びらがない!?いいや、きっとあと一枚どこかにあるはずだ……!」
「ねえ、これはどういうこと?」
《見ての通り、花占いをやっておるようじゃの……》
「くそっ!今のはナシだ!もう一回……好き……嫌い……」
同じように繰り返す。ふと足元を見れば、どこで手に入れたのか大量の花束が散らかっていた。
「ひょっとして、家に帰ってからずっとやってたの?」
《……そのようじゃの……》
《神剣》の声には、疲労を通り越して、もはや悟りの境地に達したような穏やかさがあった。
しかし、鈴には事情が全く呑み込めない。
あの凛が、こんな状態になってしまうなど、想像もしていなかったのだ。
「ちょっと、冴木君!しっかりして!」
「あ……その声、先生か?」
「あたしがいない間に、何があったの?ちゃんと説明して頂戴!」
「ちょっと待ってくれ、こいつがうまくいけば、通算200戦101勝で勝ち越すんだ」
「一体、何本の花をそんなくだらないことに使うつもりなの!?」
叫びながら、鈴は何かとてつもなく恐ろしいものを目にしている気分であった。
"あの"冴木凛が、こんな腑抜けた姿になってしまうとは。いったい、どれほどのことが起こったというのだろうか?
「いいか、先生?これは"運命"なんだ」
「……運命?……なんのことよ?」
「先生は、運命を信じるかい?」
「信じるわけないでしょ!?」
「俺は……今日、運命に出会ったんだ」
凛の顔をまじまじと見る。
呆けた顔をしており、完全に目の焦点が合っていなかった。
(いや、眼が見えないんだから焦点が合わないのは当然なんでしょうけど……)
「ああ、人生は素晴らしい。生きていて、良かった……!」
「ちょっと……話を聞いてるの?」
「好き……嫌い……好き……」
「……」
まるで話がかみ合わず、次第に鈴の目が剣呑な光を帯びていく。
相手の話が理解できないことが、鈴は何よりも嫌いだった。
「何言ってるわかんないって言ってるでしょ!」
「ああっ!俺の運命の花が……!先生、何すんだよ!」
《やれやれ、今日はずっとこんな調子か……》
呆けた凛に、キレた鈴、諦めた神剣。
三人は致命的なまでにかみ合わないまま、夜は更けていくのであった。
もっと面白い話を書くため、ご協力をお願いします
率直な印象を星の数で教えていただければ幸いです
つまらなければ、遠慮なく星1つつけてやってください
感想も、「ここが分かりにくい!」「科学には興味ない!」など厳しい意見をお待ちしています




