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5th BET『精霊の支配する世界』 1

ものすごい速度で落下している。


全身のいたるところをかきむしるように風が打ち付けて、通り抜けていく。


一難去ってまた一難、とはまさにこのことだった。山の頂上でドラゴンから少女を救ったかと思えば、いきなりラスボスの邪神自らと死を賭けたギャンブルで弄ばれ、さんざん炎であぶられたかと思ったら、今度は地面に真っ逆さまに落ちている。


 地球では刺激のない日常に耐え切れなくなってギャンブラーの道を選んだのだが、さすがにここまで刺激的な体験は初めてだった。

 異世界ではこれが日常なのかもしれないし、自分もやがて慣れていくのかもしれないが、その前に何とか生き残る方法を考えなくてはならない。


 念のために背中を見てみたが、パラシュートはない。

 落ちていく先を見つめたが、ビル火災でよく使われるようなエア・マットは見つからなかった。ただただ、1面の緑が広がっていた。


「今度こそ、手の打ちようがないかもしれねえな……」


 凛は一人で静かに愚痴をこぼした。


「逢沢先生よ、こんな状況でも助かる方法はないもんかね?その腕輪の力で、何か作ったり……」


「……」


 すがる、というよりも沈黙に耐え切れずに発したその問いは、しかし沈黙で返されてしまった。

 両腕の中にある小さな身体は、ドラゴンとの激闘ですっかり疲れ果てていたのだろう。声を出す気力もないのかもしれない。

 完全に力が抜けていた。


(いや、これは疲れているというよりも……)


《我が主は……気絶しております》


 空中で無理やり体の向きを変えると、眉根を寄せた苦悶の表情で、意識を失っている鈴の顔が見えた。

 顔には脂汗がびっしりと浮かび、唇は小さく震えていた。想像以上に手のやけどがひどいのかもしれない。


 それだけの怪我を負ってまで助けてもらったのに、それも無駄になろうとしていた。


(クソっ!それでもできることはやるしかねえ!)


 勝負をしていると、どうしても運悪く負けが続くこともある。

 そんな時に大事なことは、やけになって一発逆転を狙うことでも、あきらめて適当になることでもない。

 負けを少しでも減らすように、小さな勝ちを積み重ねなおすことだった。


 体を地面に対して水平に向け、風の抵抗を最大にする。

 鈴の体はこれ以上冷やすわけにはいかない。右手できつく抱き寄せていた。


 体の向きを一生懸命変えて、落下地点をずらしていく。どこに落ちても同じかもしれないが、少しでも可能性のある場所を選ぶのだ。


(緑の多いところ……木の枝をクッションにすれば少しでも落下の衝撃が吸収される……!)


 落下速度に感覚が追いつかず、地面にあとどれくらいで激突するのかわからないが、直感でその時が近いことを悟ると、凛は可能な限り鈴の体を上に持ち上げた。


(俺の体が少しでもクッションになってくれれば……!)


 命と知識、そして精いっぱいの度胸をかけて危機を乗り越えてくれた鈴への、彼なりの敬意と感謝だった。

 後できることといったら、自分たちをこんな世界に呼び出したくそったれな神様に祈ることだけだった。

 木の枝が迫ってくる。そして凛の意識はそこで一瞬ブラックアウトした。


 意識を失う直前、凛の耳に何か不吉な声が飛び込んできた。全身を打ち付けていく様々な雑音に紛れ、凛にはほとんど聞き取ることはできなかったが、その声はこう告げていた。


--赤の27--罰ゲーム『極寒の灯』執行--


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 次に気が付いた瞬間、凛は自分が水の中にいることに気づいた。


(水に落ちた……助かったのか!?)


 歓喜の前に、慌てて自分の腕の中を確認した。

 変わらずに意識を失った鈴の姿がそこにあった。気絶しているおかげで、水を飲んだ様子はない。


 見上げると、水面ははるか頭上にあった。落下の勢いはやはりものすごかったのだろう。よく無事でいられたものである。

 とにかく、自分の息が続く間に水面に上がらなくてはならない。


 ドラゴンに食われそうになった後は火あぶりになり、次は転落、それも切り抜けたと思ったら今度は水攻め。

 しかし、凛は前向きに考えた。それでも今生きているのだ。これを僥倖と言わずしてなんと言おうか。


 幸運に感謝しながら、全力で水面を目指して泳ぎ始めた。


 やっとの思いで水からはい出した凛は、息も絶え絶えになんとか二人分の体を水面から引き上げた。

 どうやら落ちたのは湖だったらしい、流れのない穏やかな水中だったおかげで、無駄に体力を消耗せずに済んだ。

 実際、急流の中を意識のない人間を抱えて泳ぐことは、本職の救助隊でも困難だっただろう。


 全身の筋肉を酷使したせいで、ひざがガタガタと震えていた。

 しかし、絶対に腕の中の少女にはこれ以上衝撃を与えまいと、全身全霊をかけて慎重に体を地面に横たえた。

 改めて口元に耳をやると、しっかりと呼吸をしていた。それを聞いて、凛は心の底から安どのため息を漏らした。


 こんな状況でも、何とか二人とも五体満足で生きている。あとは、自分の努力でこの命をつなぐだけだ。

 何よりも優先して、凛は鈴の体を観察した。


 医学の知識などない。


 呼吸はしていたのだから、心臓も止まっていないだろう。両手の無残なやけど以外は、目立った外傷はないように見える。

 白衣はこういう時にありがたい。もし出血していたら、すぐに気づくことができただろう。


 念のために、凛は鈴の腕にはまったままになっている腕輪に確認した。


「なあ、ヘス。お前の力を使いすぎると気絶したりするのか?」


《そんなことはありません。私達の能力は、基本的に反作用は生じないように作られています》


「じゃあ、やっぱりこのやけどが原因かもな……。ところで、この腕輪をはめたら俺でもその力が使えるのか?」


《試されてみるとよいですが、私の主はすでに決まっています。私を主から引きはがすことはできません》


「そうだろうとは思ったよ……」


 そこまで確認して、ようやく状況を冷静に判断できるようになった。

 つまり、もう後はほとんどできることがないということだった。


 ふさぐべき傷跡はない。かといってむやみに動かすことは危険だ。頭を打っているかもしれない。

 結局のところ、もう少し様子を見る以外に方法はないようだった。


「そうだな。他にやれることといったら……」


 まるで誰かに言い訳するかのような口調で、自分の着ている服を見下ろした。

 湖からはい出してきたのだ。当然全身がびしょぬれだ。むろん、目の前の鈴もそうだった。


「まあ、このままびしょ濡れにしとくのは……よくないよなあ……」


 水を限界まで吸い込んだ生地は、鈴の全身に奇麗に張り付いていた。

 白衣の下には薄手のブラウスしか着ていなかったようで、ボディラインがはっきりと浮かび上がって見える。

 その小柄で控えめな身長に似合わず、自己主張の激しい胸に目をやりながら、凛はため息をついた。


 このままにしておけば、少しずつ鈴の全身から体温と体力を奪っていくことだろう。


「まあ、別に恥ずかしがるようなお年頃じゃないんだけどな」


 やると決めてからの行動は素早かった。

 極力、体を動かさないように丁寧に服を脱がせる。ずいぶん手慣れた動作に見えるが、これは経験のたまものだろう。

 せめて早く乾くことを祈りながら、脱がせた服を両手で絞った。


 下着まで脱がせる必要はないだろう。


 極力見ないようにしていたが、これだけ見事な曲線の持ち主はそうはいない。吸い付くように滑らかな肌。くびれるところはしっかりとくびれ、出るべきところは遠慮することなく堂々と出ている。

 脱がせる必要はないといったが、これほどの逸材を目の前にして脱がせてみたくなってしまうのは男の性だった。


(いかん、今はそんなことをしている場合じゃない…!)


 本来の目的を忘れそうになりながらも、凛はなんとか目をつぶり、両手を動かした。


「あれ……なんか……もう乾いてねえか?」


 きつく絞った白衣を、しわを伸ばすように払って見ると、表面からは完全に水気が飛んだように見えた。触ってみると、確かに乾燥しているようだった。

 同じようにブラウスも絞ってみると、水気は一瞬で消え失せていた。

 念のため、凛は自分が着ていたシャツにも同じことをしてみたが、結果は一緒だった。


「これ……ただの水じゃないのか?」


 不気味に思いながらも、とりあえず濡れたままになる心配はなさそうだった。

 わからないことは考えないことにする主義だ。今は、得られた結果だけを大事にしたい。


 すぐに元のように鈴に服を着せた。これで、目覚めた後にも何事もなかったような顔をしていればいい。


 これだけ周りでいろいろやった後でも、鈴はまだ目覚める様子がない。規則正しい寝息で、まるで眠っているかのようだった。

 しかし、唇が震えていた。よく見てみると、顔色も悪く、真っ青になっている。服が濡れている間にそれなりに体温を持っていかれたようだった。


「ちょっと待て…そんなに冷たい水じゃなかったし、この震え方は尋常じゃないぞ…?」


 訝しむように観察を続ける。

 ふと思い出し、鈴の白衣のポケットをまさぐる。取り出したのは、先ほどまで凛の命を握っていた忌まわしい円盤だった。落下の際にとっさに鈴がポケットに入れていたのを、目ざとく覚えていたのだ。


「…ゲッ!?」


 取り出したルーレットを見て、凛が愕然とする。落下の衝撃のせいか、球は再び赤のマスに入賞していた。

 超伝導体とはいえ、磁力の強さにも限界がある。磁力を超える強い力が加われば、当然このように球は束縛を離れて従来通りに重力に従うようになる。

 凛はとっさに空を見上げた。しかし、そこには何もなく、静かな光景が広がっているだけだった。


「赤のマスに入賞したくせに、ドラゴンの炎が降ってこない…あの女、マスの罰ゲームを書き換えたのか?」


 落水の衝撃のせいで、おそらく罰ゲーム執行の合図を聞きそびれてしまったのだろう。

 こうして球が入賞している以上、投擲者である鈴に何らかの罰が執行されたに違いない。おそらく、この全身の震えの原因はそれだろう。強制的に体温を奪われてしまったのだ。

 改めて鈴の肌に触れる。服を脱がせる際には気づかなかったが、驚くほど冷たい。このままでは間違いなく凍死してしまうだろう。


 ()()()()()()()体を温めてやる必要があった。


「おいおい……こんな定番の展開ってないだろう……」


体を温めるにも、熱源など周囲を見回しても他にない。唯一あるのは凛の体自身だけだった。


「まあ、冷静に考えたら、さっきまでずっとこうしてたんだけどな」


ゆっくりと体を抱きかかえ、後ろから抱きしめる。つい数十分前、この体勢のまま二人で邪神とギャンブルしていたのだ。

 抱きしめた鈴の体は、秋の木枯らしのように冷え切っていた。自らの体温を惜しみなく提供し、少しでも体温の低下を抑えるしかない。


「おっと、忘れないうちに…」


 そう独りごちると、凛は慎重に入賞した球を手に取り、ルーレット内で再び慎重に手放す。

 先ほどと同様に、球はルーレット盤上でぴたりと静止してくれた。


「前回の入賞からせいぜい20分といったところだよな。これで、とりあえずは安心か…」


 勝負のルールには『入賞から投擲までの間は合計で1時間を超えてはならない』というものがあった。おそらくこのルールを破った場合、その罰ゲームは、邪神自らによる凛たちの死という形で執行されるのだろう。


 思い返せばバカげた取り決めだとは思うが、約束は約束。ルールを順守することにした。

 幸い、投擲の仕方などには新しいルール提案はされていない。先ほどのような強い衝撃がなければもう二度と罰ゲームの執行は起こらないだろう。


「あとは、今回の罰ゲームに時間制限があることを祈るだけか…」

 

 罰ゲームは重複しない。邪神は先ほどそう言っていた。それは、次の入賞まで罰ゲームが延々と続くことを意味するのか?

 いや、その可能性は低い、と凛は推測した。そうでなければ、ドラゴンの炎は何発でも立て続けに打ち込まれるべきだった。どのみち、そうでなければこのまま二人仲良く凍死してしまうだけだ。


 希望的観測にすがりながら、少しでも多くの体温を届けようと鈴をきつく抱きしめる。柔らかく、冷え切った身体を抱きしめていると、透き通った奇麗な金の髪の毛が頬をくすぐる。

 こんな状況ではあったが、腕の中で震える鈴の体の感触に、思わず胸の鼓動が跳ねる。そして、次第にそれも収まり、やがて二人の鼓動はゆっくりとシンクロしていく。


 トクン トクン と一定のリズムで心臓が脈打つ。鈴に体温を奪われたこともあり、凛の体も冷え切っていた。そして、心地よい鼓動のリズムに、ついつい瞼が重くなる。


「いかん……今寝たら……」


 頭を振って必死に眠気をこらえる。

 思えば、人一人を抱えて長時間泳ぎ続けたのだ。今までの緊張も相まって一気に疲労が押し寄せてきた。しかし、ここは異世界の森の中。どこにどんな危険が潜んでいるかわからない。

 それに何よりこのまま寝てしまえば、おそらく二人とも凍死してしまうだろう。


(自制しろ……自制しろ……)


 眠気を振り払おうと深呼吸を繰り返すほどに、体の中に鈴の鼓動が響き渡る。どうしようもなく悶えているところに、思わぬ援軍が空からやってきた。


「痛っ」


 木の上にひっかかっていたようで、手のひらよりも小さな何かが凛の頭に落ちてきた。

 コツンという音を立てて落下してきたそれは、つい先ほどお別れしたばかりの旧友だった。


「ありゃ、俺のライターじゃないか」


 山の頂上で鈴の実験台になったライターは、幸運にも主の元に戻ってきた。

 パチンコ屋でもらったそのライターはSEVEN'Sの名前が刻まれた、凛のお気に入りだった。

 幸運のアイテムとも言ってもよかった。これを持っているときは不思議と勝ちが続いたのだ。


「まあ、これで火を起こせるな」


 少女を手放す理由ができたことに安どしたような、残念なような複雑な気持ちだったが、とにかく火を起こすことは重要だ。


 焚火の熱で温まったようで、鈴の震えは止まり、穏やかな顔で寝息を立てていた。

 それを見て、凛は安堵のため息をついた。少なくとも、体温の低下を食い止めるだけの熱源を確保できたことになる。これでしばらくは安心だ。


「……はあ」


 何とも言えない複雑なため息をついたとき、もう一つの声が凛に届いた


《おーい!誰かー!聞こえんのかー!?》


「あの声は…!?」


《どうやら、エクス=ディンガーのようですね》


「そういえば、落下している途中にどっかに放り投げたっけ?」


 鈴を両手で抱きしめなくてはいけなかったのだ。なにも斬れない剣など持っている余裕はなかった。


「放っておくのもなんだし、とりあえず取りに行くか」


 声の聞こえた方向に向かって歩き出すと、そこには尋常ならざる光景が広がっていた。

 森の中を歩いていると、急に景色が開けたと思ったら、目の前には巨大なクレータができていたのだ。

 クレーターの中心には、今度こそ伝説の武器よろしく、一本の剣が突き立っていた。


「やっぱ、すげえ高さから落ちたんだな。俺たちって……」


 唖然としながら、剣のもとまで降りていく。


「すげえな、傷一つついてないじゃねえか」


 言葉の通り、神剣には傷一つついておらず、山頂で抜いた時のままだった。


《山頂からここまで放り投げられるとは……ここまでひどい扱いを受けたのは初めてじゃ!》


「何でも斬れるし、しゃべれるし、おまけにこんなに頑丈。本当に伝説の武器みたいだなあ!」


《みたい、ではなくて本当にそうだと言っておろうが!》


「それはさておき、あの娘のやけどに包帯を巻いてやりたいんだが、俺の服を斬るくらいはできるだろ?」


《何度も言わせるな!一度斬った後はなにも斬れぬ!試しにわが刃にあててみるがいい!》


「……あっそ……そんじゃあな。24時間経ったら抜きに来るわ」


《ちょっと待て!それはさすがにないだろう!?よく考え直せ!》


 喚き散らす神剣の声をよそに、凛は焚火の明かりに向かって歩き出した。いつになるかはわからないが、鈴が目覚める時までに、やれることをやらなければならない。


 重い体を引きずって、凛は自分のなすべきことを始めた。


もっと面白い話を書くため、ご協力をお願いします

率直な印象を星の数で教えていただければ幸いです


つまらなければ、遠慮なく星1つつけてやってください


感想も、「ここが分かりにくい!」「科学には興味ない!」など厳しい意見をお待ちしています

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