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4th BET 『赤か、黒か?(それとも)』 後編

 慎重に、そして正確に球を投げ入れる。銀色の球はきれいな軌道を描き、ルーレットの外周を延々と回り続ける。通常のルーレットとは異なり、円盤自体は回転しないため、凛の勘の良さをもってすればおおよその停止位置を定めることは可能だった。

 狙い通り、球は赤のマスに入賞した。


「おい、本当に大丈夫なんだろうな…?」


「少し黙ってて頂戴。気が散るわ」


――赤の13――罰ゲーム『紅蓮の炎』執行――


 声に応じるように、ファイアドラゴンが再び炎を吐き出した。間近に迫る死の気配。凛は静かにその炎を見据えていた。

 一方の鈴は真剣な眼差しでその炎を睨みつける。集中して目を閉じ、両手を炎に向けてかざした。

 凛は、ひょっとして鈴には人知を超えた魔法のような力が備わっており、その力でドラゴンの炎を消し去ることができるのではないか。そんな漠然とした期待を持っていた。

 しかし、期待とは裏腹に、炎は見事に鈴の両手を直撃していた。


「おい!大丈夫かよ!?」


「…ええ、とても熱いけど、何とか防げたでしょ?」


 そう答える鈴の声は、明らかに苦悶に歪んでいた。防げはしたものの、無傷というわけではなかったようだ。


「いったいどうやったんだ?あの炎、実は見掛け倒しで大したことなかったのか?」


「そんなわけないでしょ?実際触ってみて分かったけど、やっぱり普通の炎よ。とても熱かったわ」


「直接触るって…!?」


「いいから、第2投お願い。1時間とはいっても、気を抜けばあっという間よ」


「…わかった!」


 1回目でコツをつかんだのか、2回目には躊躇はなかった。投げ入れられた球は、1回目と同じような軌道をたどり再び赤の13に入賞した。


――赤の13――罰ゲーム『紅蓮の炎』執行――


「凄いね。器用なもんだわ。でも、いつまでも逢沢鈴の両手が耐えられるかしら?」


「あの女の言う通りよ。あなた、本当にすごいわね。カジノのディーラーにでもなれるんじゃないかしら」


「そんなのはいいから、また炎が飛んできたぜ!?いったいどうやってあれを受け止めてるんだよ!?」


「壁を作ったのよ。()()()()()()()()()()()()。よく見てなさい」


 2発目が飛んできた。鈴は先ほどと同じように両手で大気をなぞっていった。凛はいわれるままに、その様子をつぶさに見つめた。

 両手がなぞった先には、氷のようにキラキラと輝く結晶のようなものが見えた。


「結合の定義があいまいだったから、試してみたんだけど。どうやら結合をより強めることもできるみたいね。ヘスの言うとおり、何でも試してみるものだわ」


 物質には気体、液体、固体の凡そ三つの状態がある。水は凍らせれば氷になるし、温めれば水蒸気になる。その法則には例外はなく、周囲を覆う大気中の酸素ですら、凍らせれば固体になる。

 凍らせるとは言うが、厳密には分子から熱エネルギーを奪うことを意味する。

 熱エネルギーを奪われた分子は、振動をやめ、隣り合う分子同士がお行儀よく整列して一か所にとどまるようになる。これが固体になる、ということだ。


 鈴は、ヘスの能力『結合』を利用して無理やり大気中の酸素分子同士の結合を強めた。

 その結果奪われた熱エネルギーがどこに行くのか、鈴は今回だけはそれを考えないことにした。少なくとも、先ほどこっそりと試験した際には何の熱量も発生しなかった。

 何でも斬り裂くという神剣があるのだ、原理はわからないがそういうものと受け止めるしかなかった。


(でも、いつかは解明してやるわ……!)


 なんにせよ、生成された酸素の結晶は決して分厚い壁とはならなかったが、確かに燃え盛る炎の勢いを殺していた。


「でも、全部は防げてないじゃないか!」


 凛は悲鳴を上げた。氷の壁で防ぎきれなかった炎は、鈴が直接素手で受け止めていた。


「炎に触れた瞬間、燃焼している分子も直接凍らせているの。酸素と違って、構成分子が分からないから、効率が悪いみたい」


《我が主のおしゃる通りです。私の能力は、手に触れたものをはっきりと認識できるほどに強く、鋭く作用します》


「大丈夫なのかよ……?」


「わからないわ……でもやらなきゃ二人とも黒こげよ」


「俺にできることは?」


「赤を外さないで。他のマスの罰ゲームとやらを防げる保証はないの」


「…わかった!」


 3投目が放たれた。しかし、ゲームを始めてわずか数分で、完全に追い詰められてしまっている。球を投げ入れながら、凛は必死に生き残るための術を探っていた。

 銀色の球が勢いよく射出される。球を投げ入れるまでは全神経を集中しなければならないし、入賞した後は、迫りくる炎のせいで考える余裕もない。

 結局のところ、凛はこの銀色の球がルーレットを回転する僅かな間しか、思考を巡らせることができないでいた。


(くそったれ。せめてもっと思い切り投げれば時間が稼げるんだが…そうなったら精度が落ちてどこに落ちるかわかったもんじゃねえし…)


 と、そこまで考えて、凛の脳裏にふと閃くものがあった。しかし、実行するにはピースが足りない。

 凛は、銀色の球がゆっくりと赤のマスに吸い寄せられるように入賞するのを確認すると、一旦思考を停止させた。


――赤の13――罰ゲーム『紅蓮の炎』執行――


 3度目の衝撃が鈴の全身を貫く。

 焦げ臭いにおいは、間違いなく自分の皮膚が発しているものだろう。あと何発同じことができるかはわからない。

 掌自体がなくなってしまったら、ヘスの能力は使えなくなってしまうのだろうか?


「あれが吐き出す物質の正体さえわかれば、結合の精度が上がって、熱い思いもしなくて済むんでしょうけどね」


 掌がゴワゴワする感触を不気味に思いながら、鈴の嗅覚はわずかな違和感を覚えた。焦げ臭さに交じって、ほのかに果実のような匂いが鼻を突いた気がしたのだ。

 違和感は、やはり重要だ。希望が見えた気がした。鈴は、すぐに考察を始めた。


「せめて、この木偶の棒で少しは炎を払えねえかな?」


「少し黙ってて、考え事したいの。それよりも4投目をお願い」


 凛は耳元で鈴の小さなつぶやきを聞いた。耳慣れない単語ばかり並んでいて、ちんぷんかんぷんだったが、どうやら何かを思い出そうとしてるようだった。


「可燃性の液体なのは間違いない。着弾した炎は一か所にとどまり続けていた。生物の体内でも生成されうる液体の中で、果実の匂いがするもの……」


 凛は思考の邪魔をしないように、極力音を立てないように4投目を放った。


――赤の13――罰ゲーム『紅蓮の炎』執行――


 4発目が来た。意識を集中しなければ受け止めることはできない。思考を切り替え、視線を炎に向ける。同時に掌の痛みが思い出された。

 決して慣れたくはないが、同じように払いのける。


 ただし、今回は少しだけ工夫をした。


 今回も無事に払いのけたが、すでに手のひらに感覚がない。次は持たないかもしれない。

 4発目を払いのけた後、鈴はその掌の表面をつぶさに観察した。黒焦げになった手のひらを嘆くのかと思ったが、そうではなかった。

 鈴は手のひらの匂いを嗅いだ後、掌をそっと顔の前に持ってきた。


 そして、おもむろにぺろりと掌を舐めた。


 狂気に満ちた笑みが、その陶器のようなきれいな顔に浮かんだ。


(こんな時に、笑ってやがる……!)


 自分では気づいていなかったが、剣を抜いた時の凛も同じ笑みを浮かべていた。至福の表情である。

 仮説を立て、検証し、正しさが証明された瞬間。科学者は無上の喜びを感じる。鈴は今、その証明がしたくてうずうずしていた。


「早く来なさい!5発目はまだ!?」


 獰猛な笑みを浮かべ、ドラゴンをにらみつける。

 まさか罰ゲームを催促されるとは思っていなかった。動揺を押し隠し、凛は同じように球を投擲する。


――赤の13――罰ゲーム『紅蓮の炎』執行――


 お望みとあらば、と言わんばかりに正面のドラゴンが炎を吐き出した。


「わかったわよ、あんたの正体!」


 嬉々として、今度は氷の壁すら使わずに直接手で触れた。次の瞬間、炎は無数の細かい結晶となり、煙のように霧散していった。ドラゴンの炎に、鈴の観察と妄想が勝った瞬間であった。


「どうやら……正解だったみたいね」


 少し気が抜けたのか、体を凛に預けるように肩の力を抜いた。


「もう、話しかけてもいいんだよな?……大丈夫かよ?」


「多分大丈夫よ。次が来たとしても完全に防げるわ」


「てことは、ドラゴンが何を吐き出したのか突き止めたのか?」


「そうね。少なくともある程度の精度までは」


――赤の13――罰ゲーム『紅蓮の炎』執行――


 6発目をこともなげに払いのけながら鈴は続けた。


「アセトアルデヒド、よ」


「汗と……あるで非道?」


「あなたも、義務教育受けてないクチかしら?」


「勉強が苦手だからギャンブラーになったんだよ」


「あなたも二日酔いの経験くらいはあるでしょ?その原因となる物質よ。アルコールを代謝したときに出てきて、実は可燃性の液体なの」


 相手が言っていることが理解できないことは耐え難いが、自分が言っていることが理解されないことは許容できた。

 相手にわかりやすく自身の知識を伝えることは得意だし、好きだった。


「あまり息を吸わないほうがいいわよ。凍らせた結晶がその辺に浮遊しているから。吸いすぎたら飲んでもいないのに二日酔いになるし、発がん性もあるのよ」


「なんだか、いい果物みたいなにおいがするな」


「それも特徴の一つね。でも、決め手になったのはこれよ」


 そういって、黒焦げになった手を差し出した。よく見ると、表面がうっすらと濡れていた。


「舐めてみて分かったけど、これは酢酸、つまりお酢よ。ヘスの力で大気中の酸素と無理やり結合させてみたの。酸素と結合して酢酸になる、果実臭のする可燃性液体と言ったら、他に候補は思い浮かばなかったわ」


「……」


「ひょっとしてあの炎も、攻撃じゃなくて、本当に二日酔いで嘔吐してるだけだったりしてね」


 展開した持論には満足だったし、最後のジョークなども渾身の出来だったはずだが、想像したような感嘆の声は返ってこなかった。

 代わりに、凛の暖かい掌が焦げ臭い匂いをあげる無様な左手を包んでいた。


「ああ…確かにそうかもな…」


 背中越しに抱きかかえられているため、凛の表情を見ることはできなかったが、ひょっとしたら泣いているのではないか?そんな予感がした。

 なんだか照れ臭くなってしまい、凛の手を振りほどく。


「お礼はいいから、次の投擲も外さないでよ」


「…ああ!」


 7投目を放つ凛。鈴は、ふとした疑問が胸に沸くのを感じていた。


「そういえば、今まで6投全部、赤の13だったわよね…?いくら何でも出来すぎじゃない?」


「…確かに、毎回球の軌道を追いかけてるんだが、少し違和感があるんだよな」


 二人の疑問をよそに、銀色の球は無機質にルーレットの上を走り回っていた。


「素晴らしいわ。逢沢鈴。見事な洞察力、知識、そして度胸。今までその腕輪をここまで短期間で使いこなせたのは、君が初めてじゃないかしら?」


 邪神の乾いた拍手が周囲に響き渡る。


 嫌な予感がする。


 凛は無邪気に笑う邪神から目を背け、再び回転を続ける銀の球を目で追った。


「このまま、冴木凛が赤のマスに入賞させ続ければ、君たちは随分と長生きできそうね」


 先ほどまでと同じ軌道をなぞり、同じように回転が小さくなっていく。大丈夫。今回も球は赤のエリアに吸い込まれていくはずだ。

 しかし、嫌な予感は消えなかった。凛は分かっていた。殺気を感じられるとはどういうことか、を。

 殺気とはつまり、他者が自身を殺そうとする気配。その感覚を分離すると、こう言いかえることができる。


『死の気配』


 凛は、鏡のようにきれいな銀玉の軌道に、明確な死の気配を感じ取っていた。

 滑らかな動きで赤のマスに吸い込まれていった銀玉は、途中でその軌道を大きくねじれさせ、隣の青のマスに飛び込んでいったのだった。

「なんですって!?」


――青の8――罰ゲーム『沈黙の船底』執行――


「…!」


 鈴は、背後に座る凛の全身が急に強張るのを感じた。慌てて振り向くが、何も変わった様子はない。しかし、顔色が急激に真っ青に染まっていく。鈴は、その表情、というか顔色に見覚えがあった。


(チアノーゼ…まさかこんな急に酸欠になるなんて…!)


「罰ゲーム『沈黙の船底』、対象者の呼吸を止め、脳の血液から酸素も抜き取る罰ゲームよ。一瞬で呼吸困難になるなんて、めったにできない体験でしょ?」


「…!」


 苦しげに凛の顔が歪む。しかし、こんな状況でも落ち着いた様子で体を鎮めていた。恐ろしい精神力である。下手をすれば暴れまわって二人とも山から落下していたかもしれなかったのだ。

 そして、無駄な動きをしなかったことで酸素の消費量は必要最低減で抑えられた。ショック状態から立ち直った凛は、眼を開いて鈴の心配そうな青い瞳を見つめた。


(大丈夫だ…落ち着いて、前に集中しててくれ…次も()()()()()()()()()…!)


(冴木君…!?)


《我が主、我々の『意思疎通』の能力の一つです。私たちを通じて、凛様は我が主に意志を伝えております》


 いろいろな情報が一気に押し寄せてきたため、鈴は軽いパニックになりかけていた。もともと思考の瞬発力に欠ける鈴は、理屈ではなく直感に従って行動した。

 凛の言葉を信じ、前を向きなおしたのだ。


 そして、そこからの凛の行動はさらに驚異的だった。

 震える手で、銀玉を握り、渾身の力で8投目を放ったのだ。


「ウフフッ!冴木凛!!なかなか素敵よ。そんな状態でもうひと勝負しようだなんて…!貴方の推測通り、罰ゲームは重複しないわ。次のマスに入賞するまで、はたして酸素がもつかしら?ああ、ぞくぞくしちゃう…!」


 身もだえるように体をくねらせる邪神ケイオス。しかし、二人のリンはそんな姿に見とれている余裕はなかった。

 銀玉は、先ほどと同じような軌道で安定した回転を続けていた。その軌道を黙って見つめながら、鈴は二つの不安と戦っていた。


(回転が長すぎる…このままじゃ冴木君が本当に窒息死しちゃう…!それに、先ほどの球の軌道の変化…間違いないわ。あの女、このルーレットに細工をしている!)


 赤の13が連続で出たこと。そして先ほどの不自然な球の動き。邪神の用意したルーレットにはイカサマが仕込まれているのは間違いない。

 下手をすれば、軌道は自在かもしれない。またも同じマスにねじ込まれてしまったら、さすがに9投目は不可能だ。

 心配する鈴に、凛は心の中で呼びかける。


(大丈夫だ。投げ入れちまえば…今回に限っては出目は確定している…!)


(え…それってどういう…?)


 鈴の疑問よりも早く、凛は答えを行動で示した。

 あろうことか、凛は回転する銀玉を()()()()()()()()()、そのまま赤のマスに球を放り込んだのだ。

 

――赤の13――罰ゲーム『紅蓮の炎』執行――


「ぶはあっ!」


 ドラゴンの灼熱の吐息と同時に、凛も渾身の力で大気を吸い込む。鈴はその音に安堵しつつも、言われた通り目の前から視線を切ることはなかった。

 8発目の炎をいなしながら、背後の凛に呼びかける。


「大丈夫!冴木君!?」


「ぜえ…ぜえ…!さすがに…死ぬかと…思った…」


 呼吸をを荒げながらも、次第にそのリズムが落ち着いていく。どうやら持ち直したようだ。

 ほっとしたような表情の鈴とは対照的に、目の前に浮かぶ邪神の表情は険しかった。


「冴木凛。今のはどういうことかしら?」


「どうって…?言ってる意味が分かんないわ?一から順序だてて質問して頂戴」


(ちょっと、あたしの真似してるつもり?)


(少しくらいいいだろ?俺は危うく窒息死するところだったんだぞ?)


(それとこれとは関係ないでしょ!?)


 コツを掴めば、どうやら言葉を使わない思考だけの会話は比較的容易であった。凛は口と思考で、それぞれ軽口を叩いていられるほどに『意思疎通』の能力を使いこなしつつあった。


「俺はルール通りにやっただけだ。ルールには『投擲した球に触れてはいけない』なんて書いてなかったしな。それに、投擲した球に干渉しているのはそっちも同じだろ!?」


「さて…何のことかしら?」


 明後日の方を向きながら、調子はずれの口笛を吹き始めるケイオス。どうやら神が嘘をつかないのは本当のようだった。この場合、嘘をつくのが下手、というのが正しいだろうが…


「気に入らないんなら、ルールを変更するんだな。勝負を始めた後に変更できるのか知らねえけどよ…!」


「…勝負開始後のルール変更は、両者の合意があれば可能だわ」


「そうかい…それじゃあルール変更と行こうか…と、行きたいところだが。その前に確認したいことがある」


「なにかしら?せっかく盛り上がったところに水を差さないで?早く始めましょう」


「このルール変更は、あんたから提案したもんだよな?それなのに、この話し合いの時間も投擲までの1時間に含めるのか?」


 何やら屁理屈をこね始める凛。邪神は勝負を早く再開したいようで、少々イラつき始めていた。ルールに縛られているのは本当のようだ。こんな状況でも、彼らに直接手出ししてくることはない。

 凛は、次第に自分のペースを取り戻しつつあった。相手の感情を読み、揺さぶり、操る。天才賭博師の真骨頂である。


「…わかったわ。今からルール変更までの間は、ノーカンにしてあげる。それでいい?」


「OKだ。慈悲深い神様に感謝するぜ」


「それじゃあさっそく…」


「作戦ターイム!」


「「…なんですって?」」


 二人の女性の声が重なる。人を食ったような表情で、凛は不敵に笑った。


「今から、俺と逢沢先生で作戦タイムだ。千載一遇のこの機会、逃す手はないからな…。ルールを決めるまで、時間をくれるといったな?神に二言はないよな!?」


「…わかったから、さっさと決めなさい!」

 

 苛立たしげにケイオスがその場で膝を組んだ。どうやら本当に提案が受け入れられたようだ。


(さあ、そういうわけで作戦会議と行こうか)


(でもどうするつもり?あの女も球に干渉する方法を持っているわ。あなたが手でつかむよりも早くそれをやられたらおしまいよ。やっぱり投擲した後に球に干渉することを禁じないと…)


(しかし、そもそもあの女はどうやってこの球を動かしたんだ?やっぱ神様は万能なのかね?)


(ちょっとその球を見せて頂戴)


 鈴は、凛から銀玉を受けとるとつぶさに観察を始めた。白衣からピンセットを取り出すと、摘まんだり突いたりしてもみる。

 結論はすぐに出たようだった。


(あきれた…こんな簡単なトリックだとは思わなかったわ)


(まさか…)


(そのまさかよ。このルーレットには磁石が仕込んであるわ。ただの鉄の球だったはずが、この銀玉磁石になりかかってる。近くに磁性体があった証拠だわ)


(いまさらそんな古典的なイカサマを、まさか異世界の神様がやるとは思わなかったぜ…)


(それでも、あの女はこのルーレットに仕込んだ磁石の磁力を自在に操って見せたわ。ただ磁石を仕込んだだけじゃ、あんな不思議な軌道を描くなんてありえない。ああして宙に浮いていられることも含めて、ただのペテン師ではないことだけは確かね)


 先ほどから一言も発さずにじっとしている二人を横目に、邪神は退屈そうにあくびをかみ殺していた。

 果たして彼女には二人の思念は聞こえていないのだろうが、黙ってじっとしていることには何の疑問もないようであった。


(そういえば冴木君。聞いて頂戴。あのドラゴンが宙に浮いていられる理由に、ようやく納得いく仮説が思い浮かんだの)


(またそれかよ…いくらなんでもそんな話をしてる場合じゃないと思うんだが)


(いいから、さっきのライターを貸して頂戴)


(いいけど…そんなもん何に使うんだよ?)


「こうするのよ」


 そこだけは肉声で、鈴は答えた。仮説を実証することができて、ついつい興奮してしまったようだ。

 鈴は手にしたライターを真下に放り投げてしまった。


(おい!なにすんだよ。あのライター、お気に入りだったんだぞ!?)


(もうタバコは吸わないって約束したでしょ?それに、火が欲しいならまた何度でも赤のマスに球を入れればいいだけよ。それより、見て頂戴)


 鈴は、落下していくライターを指さす。凛も、さすがに異変に気付いた。


(なんか、ゆっくり落ちていってねえか?)


(その通り。これが、あのドラゴンが宙に浮いていられるからくりよ。この場所、どうやら地上に比べて重力が小さいみたいね。だから、あんな軽い羽ばたきでも高度を維持できてるのよ)


 得意げに話す鈴。先生のご慧眼には頭が下がりますなあと皮肉を言おうとした刹那。凛の脳裏に一筋の光明が走った。


(そういえば先生よ。最初に俺にあった時に色々と講義をしてくれたけど…『あれ』も一緒にもってきてたりするか?)


(もちろん。『あれ』こそがあたしの研究の集大成だったのよ。手放すわけがないじゃない!実証は、残念ながらまだ先になりそうだけどね…)


(そんなことはねえさ…先生。その実証、今ここでやってやろうぜ!)


(…!)


 鈴には感謝しなくてはいけない。彼女の観察力と、研究の成果のおかげで、どうにか生き延びる算段が付きそうだったからだ。

 説明を終えると、凛は不敵に笑い、邪神を睨みつけた。


「さあ、第二ラウンドを始めようか!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 作戦会議の後、二人が提案したのは簡単なものだった。


「何の話し合いをしてたか知らないけど、全然ひねりがない提案ね?」


「まあ、いいじゃないか。これで、あんたのお待ちかねの勝負再開になるんだからよ」


「確かにそのとおりね。じゃあ、改めてルールを確認しましょう」


―――ルール説明―――


1:勝負には、現在冴木凛の手元にあるルーレットを使用する

2:ルーレットに球を投擲し、入賞したマスに応じた災いが投擲者の身に降りかかる

3:投擲してから入賞するまでの間、冴木凛・逢沢鈴・邪神ケイオスは投擲した球へ干渉してはならない

4:球がマスに入賞してから、次の投擲までの期間は合計で1時間以上経過してはならない

5:上記のルールに違反しない限り、邪神ケイオスは冴木凛・逢沢鈴への干渉は行わない

終了条件:冴木凛・逢沢鈴いずれかの死亡


―――――――――――


「これでいいかしら?」


「ああ、文句ねえぜ」


「それじゃあ、勝負を再開しましょう」


「OKだ。それじゃあ、逢沢先生、頼むわ」


 今度は凛に代わり、鈴が投擲する。手にした銀玉を見つめ、邪神に提案する。


「この銀玉はどういうわけだか磁石になりかかってるわ。このままだと磁気の干渉を受けてまっすぐ回転しない。別の球に変えてもいいかしら?」


「ルールには銀玉に関するルールは定めてなかったよな?それとも、もう一度ルール変更の協議をするかい?」


 さぞかし先ほどの待ち時間が退屈だったのだろう。首を振って即座に否定する邪神。


「交換を認めるわ。ただし、ワタシにも球を見せてね」


「ええ、確認して頂戴」


 鈴は白衣からパチンコ玉サイズの光沢のある球体を取り出した。


「ふうん…不思議な素材ね?確かに、これでは磁力にくっつくことはないでしょう」


「そうよ。セラミクスなんだから、()()()()()()磁力の影響は受けないわ」


 鈴のもの言いに、凛の背筋に冷や汗が走る。この女性も、どうやら嘘がとことん苦手のようだ。


「さあ、もういいだろ?あんただって早く勝負を始めたいんじゃないか?」


「そうね。もう我慢できない…早くやっちゃいましょう!」


「奇遇ね…あたしも同じ気分よ…!」


 全く違う動機でありながら、二人の女性は興奮で息を荒げながら勝負を始めた。


「さあ、今度はどんなマスに止まってくれるのかしら…楽しみよ…ウフフフ」


「さあ、今度こそうまくいってくれるのかしら…世紀の実験が成功するかどうか…楽しみよ…ウフフフ」


 狂気に満ちた笑みを浮かべる二人。凛は静かに実験が成功することを祈っていた。

 鈴は手にしたセラミクスの球を手でつまみ、ルーレットの中に静置した。普通ならそこから反動をつけて思い切り球を放るはずだったが、なぜか鈴はその場所でじっと球を摘まんだままだった。


「どうしたの?早く投げないと制限時間はなくなっていくのよ?」


「…」


 急かす邪神の声など耳に入らないようで、鈴は物凄い集中力を手元の球に注ぎ込んでいた。


《我が主よ…このような使い方をされるのは…私も初めてです…》


 動揺するヘスの声も、もちろん耳に入らない。鈴は、自らの全集中力と、ありったけの科学知識、そして妄想力でヘスの能力を行使していた。


 静かに、しかし恐るべき変化が、手にした小さな球の中で起こっていた。


「…ふう!」


 しばらくの集中を経て、鈴が大きく息を上げた。どうやら()()は終わったようだった。ルーレット内部に置かれた球は、気のせいか一回り小さくなったように見える。


「待たせたわね。準備は整ったわ!」


「あなたたち、さっきから何をしてるの?」


「なに、ちょっとした科学の実験よ!それじゃあ、今から球を投擲するわね!」


 そういうと、鈴は手にした球をそうっと手放した。投擲とも呼べない、そこに置いていくような投げ方だった。

 この程度の勢いでは球はすぐに落下するはずだった。


「こんな投擲の仕方だったら、入賞エリアを絞ることも簡単じゃない。反則とは言わないけど、ルール変更を提案するわ」


 邪神がそう口にしかけたその時だった。

 落下するはずの球は、ぴたりとその位置で静止した。まるでピンで張り付けにされたようである。

 ルーレットの中の一点で、微動だにせずに球は静止し続けていた。


「やったわ…実験は成功よ…!」


 感極まった表情で、鈴はその光景を見つめていた。


「史上初めての()()()()()()()()()、おめでとう!先生!」


 凛も嬉しそうに拍手を送る。

 科学知識のない邪神や神具たちは、しばし呆然としていた。


 鈴の研究テーマは、先ほど鈴が言ったように常温で超伝導を発現する物質の合成だった。

 長年の努力が実を結び、鈴はついにその物質の組成を突き止めるまでに至った。問題は、その合成には『超高圧』が必要だったという点だ。


 ここに召喚される直前、鈴は特別な許可を取り付け、ようやく物質の超高圧合成に着手するところだったのだ。

 気まぐれな神のいたずらにより、現実世界での実現はお預けとなったが、代わりに手にした神器の力により、その夢はこの異世界で具現化することとなった。


 超高圧が必要なのは材料の結合距離を縮めるため。そして、鈴の手にある銀色の腕輪は、手に触れてイメージするだけでそれを可能とする能力を備えていた。


「超伝導体の特性の一つ。マイスナー効果とピン止め効果。こうやって磁石に張り付いているということは、要件の一つはクリアしているようね」


 超伝導体の定義はいくつか存在する。電気抵抗がゼロ、というだけでは超伝導体とは呼べないのだ。

 もう一つが、磁力を完全に排斥する、いわゆるマイスナー効果と呼ばれる特徴である。この特徴を有する材料は、ある条件下において磁石との距離を一定に保つような振る舞いをするようになる。

 つまり、今ルーレットの中で起きているように、一点から動かなくなるのだ。


「さて困ったな。投擲したはいいが、この球どういうわけかいつまでたってもどのマスにも入賞しねえな。ルールは先ほど変えたばかりだ。投擲から入賞までの間に球に干渉することはできない。そして、勝負が終わるまでの間、あんたは俺たちに手出しもできない」


「君たちは本当に面白いわ。未だかつて、こんな方法で私との勝負を無効化したのはあなたたちが初めてよ。でも、このままどうするつもり?こんな山の上で、3人で雑談でもするの?24時間経過して、その剣が復活したとしても今の君にはワタシは斬れないわよ」


「それはあたしも聞きたかったわ。この勝負は無効化できても、ここから下りる方法がないと…」


 凛は不敵に笑った。答えはすでに先ほど鈴が解き明かしてくれていたのだから。


「何って…こうするに決まってるだろ!」


 そういうと、凛は鈴を抱きかかえたまま大きく身を投げ出した。つまり、山から飛び降りたのだ。


「きゃあああああああああああああ!」


 絶叫する鈴。しかし、凛は平気な顔でいた。


「落ち着けって先生。さっきあんたが言ったとおりだ。ここは重力が小さい。だからこうやって飛び降りても、いつかは地面にたどり着くってわけさ。というわけで邪神様。またレベルを上げて、改めてあんたに挑みに行くよ。その時まで待っていてくれな!」


「馬鹿ああああああああああ!」


 格好よく捨て台詞を吐いた凛に、鈴はなおも罵声を浴びせ続ける。


「ウフフフ、冴木凛。さっきも言ったはずよ?君は性急すぎるって。逢沢鈴の話をちゃんと聞いてごらん?」


「冴木君…ここの重力が小さいのはね。あの空に浮かぶもう一つの大地のせいなの。万有引力は質量と距離に応じて作用するわ。同じ質量をもった物体の中間点はほぼ重力ゼロ。それがさっきまであたしたちが立っていた場所なの」


「それがどうしたって…あ!」


 ようやく凛も真相に気づく。今日一番の痛恨の表情を浮かべた。


「わかったかしら?落下すればするほど、一方の物体との距離は開き、もう一方の物体との距離は縮まる。つまり、加速的に重力は強くなるのよ…!」


「…まあ、運が良ければどうにかなるさ…」


「なるわけないでしょ!この馬鹿ああああああああああああああ!」


 真っ逆さまに落ちていく二人を見つめながら、邪神は静かにほほ笑んだ。

 どうやら、今回の『来訪者』は今までで一番彼女を楽しませてくれるようだ。期待に、今から胸が膨らむ。


「いい判断よ。それに身を投げた方向も()()()()()()。きみたちには幸運の女神がついているようだわ。そんな名前の神がここにいるかは知らなけれど…フフッ。

ちなみに、この世界にはワタシが産み落とした精霊と呼ばれる子たちがいるの。私の正体を知りたければ彼らに会って、同じように勝負してみることね。じゃあ、また縁があれば会いましょう」



もっと面白い話を書くため、ご協力をお願いします

率直な印象を星の数で教えていただければ幸いです


つまらなければ、遠慮なく星1つつけてやってください


感想も、「ここが分かりにくい!」「科学には興味ない!」など厳しい意見をお待ちしています

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