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11th BET 『最深の洞窟』 1

「結婚式に乱入し、あまつさえそれを妨害した挙句、新郎に『勝負』を挑むという暴挙に出たわけだ。そりゃあただじゃ済まねえだろうとは思ってたさ」


 凛は暗闇の中を愚痴をこぼしながら歩いていた。長身の彼は、このように天井の低い場所では相当歩きにくそうであった。

 それも相まってか、額に汗をかきながら不満そうな顔で歩を進める。


「意外だったのは、それがあっさり受け入れられたってことだよな。やっぱり、この世界…いや、この辺の連中ってどこかおかしいんだよ」


 凛は当時を思い出しながら、重い足を引きずるように前に進んだ。

 凛が『勝負』を宣言すると急に教会中から歓声が上がり、口々に「新郎 2000」「乱入者 500」と言った訳の分からない数字が飛び交ったのだ。

 訳の分からない、とは言ったもののそれは鈴の言葉を借りただけの話だ。もちろん凛には彼らが何をしようとしているのか、手に取るようにわかった。

 どちらが勝つか、賭けていたのだ。いわば『外馬に乗る』というやつだ。


「本当に訳が分からないわ。よりによって教会で賭け事を始めるなんて…」


「何を言っているの?教会だからこそ、みんなああやって神に勝負と掛け金を捧げたのよ?」


「…ああ、ここはそういう場所だったわね…」


 隣を歩くルージュの指摘に、無理やり納得したように頭を抱える鈴。ここ異世界『レットール』では、賭け事は神に捧げる神聖な儀式なのだ。

 教会は神に祈りを捧げる場所。言い換えれば最も博打が盛んな場所なのだ。事実、新郎新婦も自らの剣を賭けて結婚を成立させようとしていた。


「ああやって周囲から賭けを成立させてしまえば、当事者と言えども断ることはできん。貴様、さすが神剣の使い手。あのようなとっさの機転、俺には真似できん」


「いや、あの時はついカッっとなってやっちまっただけなんだが…今では反省している」


 タウが感心したように凛に声をかける。初めは本当に神剣の使い手なのか疑っていたようだったが、ウィリアムの剣を真っ二つにして見せたのが相当痛快だったようで、すっかり凛のことを気に入ってしまったようだ。 

 道は狭く、暗く、曲がりくねっていた。いくつにも分岐しており、時折上下にも分かれていた。

 分かれ道が来るたびに、先頭を歩く凛が適当に道を選んでいく。


「意外だったのは、あのウィリアムとかいうゲスが提示した内容ね。()()()()()を欲しがるなんて、どうかしてると思わない?」


「いや、人それぞれ趣味は多彩でいいとは思うが、それに、決して俺はあのおっさんの趣味が悪いとは思わねえぜ?むしろ俺に似たものを感じる」


「それに、彼は未知の鉱物に甚く興味を示していました。彼にとっては()()()()()()()()()さぞ魅力的に映ったのでしょう」


《いいや、あの蛆虫に剣を見る目があるわけがない。奴は、あろうことかこの儂を駄剣だの屑鉄などと言いおったのじゃぞ?今からでも遅くない、すぐにもウンディーネを呼んでこの洞窟を水没させるんじゃ》


《落ち着きなさい。そんなことをしたら私たちまで生き埋めですよ?》


《おいヘス。ずいぶん上機嫌ではないか。あんな男に奇跡の腕輪だとほめられたので、気をよくしておるのではないだろうな?》


《ほほほほほ、どんなクズにでも、褒められることは悪い気はしませんわ?》


 『勝負』の代償としてウィリアムがこちらに要求してきたのは、鈴が身に着けている腕輪と、鈴自身だった。

 こちらが提示した代償は、邪神とイフリートに関する情報と、ルージュとの結婚条件の撤回、の二つだった。

 ウィリアムは、自分が負けるなどとは微塵も思っていないようで、あっさりとその要求をのんだ。


「変な趣味をしたやつだわ。あたしの『夜の講義』を聞きたいだなんてね。そんなに知識欲のあるやつには見えなかったけど、まあいいわ。相手が誰であっても、たっぷりと可愛がってやるわ」


「先生よ。それは普通男側が吐くセリフだぜ…それに、あいつはそんなつもりで言ったんじゃねえとは思うが…」


 凛はまたも分岐点を無造作に曲がる。これで何度目の分岐点を過ぎただろうか。元の場所に戻れるのか、だんだんとタウは不安になってきた。


「おい、あんた。さっきから適当に道を選んでるみたいだが、道に迷ったりはしてないだろうな?」


「大丈夫よタウ。この人の瞬間記憶力は尋常じゃないわ。今でも、目をつぶっても元の場所に戻れるはずよ」


「先生の言うとおりだ。それに、これでも適当に道を選んだりはしてないぜ?どっちが深い方に通じてるか、きちんと見定めてんだからな?」


「本気で言ってるの?こんなに曲がりくねった規則性のない道なのよ?」


「そうはいっても、これは人が掘った後だ。そして、ここは鉱物の採掘のために掘られた道。採掘者たちがどんな思考で採掘をしていったのかを想像すれば、凡そ間違わねえよ」


 最後尾のルージュが不思議そうな声で尋ねる。


「あなた、そんなことまで読めるの?」


「上層階の地図だけは残ってたんだ。その掘り進み方を見れば、思考の癖みたいなのは大体読めるね。地面を注意深く観察すれば、どっちの道をより多くの人間が通過したかもわかるしな」


「賭博師というより、もはや探偵ね」


「おかげで、今回の勝負が有利に進んでるんだ。もうちょっと感謝してくれてもいいんじゃないか?」


 今回、ウィリアムが提案してきた『勝負』はダンジョン探索だった。

 ダンジョンとは言ったものの、天然の洞窟ではなく、先ほど凛が言ったように鉱物の採掘のために掘られた人工の洞である。

 そこにウィリアムのチームと凛のチームの2組で探索を行い、目標となる『とあるもの』を先に入手した方が勝利となる。

 ウィリアムは、今回の式に同行させていた精鋭の精霊騎士3人をメンバーに選び、こちらにはルージュ、タウ、鈴と凛の4人で挑むことになった。

 『勝負』を受けた側に、多くの条件を提示させるのは世の常ではあったが、メンバー選定はあまりにも露骨であった。


 最弱の精霊騎士に、最悪の精霊使い。万が一にでも勝利の目のないメンバーを選択したようである。

 もっとも、このような条件で勝負を引き受ける者も他にいなかっただろうから、妥当と言えば妥当かもしれなかったが。


「しかし、別に嬢ちゃん自身が出なくてもよかったんじゃねえか?冗談とはいえ、一応賭けの対象になってるんだしさ」


「確かにそうです。貴女自ら、このような危険な場所に赴く必要はないのですよ?」


「何を言うのですか。私が受けなければ、あなたたちはあの年端もいかぬ少年を戦いに巻き込むところだったのですよ?そんな危険な真似を、見過ごすわけにはいきません」


(とは言ったものの、単純な戦闘能力だけで言えば、水の精霊そのものを使役しているアルは俺たち中でもぶっちぎりのポテンシャルを持ってるんだがな…)


 話すと長くなるので、アルの事情は説明しておらず、ルージュがそう考えるのも無理はなかった。


「それに、探索物が探索物です…私も一度でいいからこの目で見てみたかったのです!」


 ルージュの目が、暗闇の中でも怪しく輝くのが分かった。


「確かに…ルージュ様のお気持ちもわかります。あの伝説と言われる鉱物が、まさかここに埋もれていようとは…!」


 普段はクールなタウの声にも熱が入っているのが分かる。二人の熱弁に、二人のリンは少しだけ気まずそうな顔で目線を合わせるのだった。


(なんつうか…俺たちって別に悪いことしてるわけじゃあ、ないと思うんだけどな…)


(ええ…あの時は必死だったわけだし。その結果で、少なくとも誰かが死んだわけじゃなさそうだから、それでよしとしましょう)


(むしろ、こうやって喜んでる人がいるみたいだし、俺の初仕事もまんざらじゃなかったってことかな?)


 勝負の対象となった『あるもの』とは、()()()()()()()()()()である。

 なんでも、数日前に空からドラゴンの死体がものすごい勢いで落下してきて、プレスコット家の鉱物採掘場に激突したのだとか。

 その際に折れたドラゴンの角が地中深くに沈んでしまい、そのうち探索隊が組まれる予定だったそうだ。

 ブラックドラゴンの角はこの世界でも極めて希少価値の高い鉱物で、同じ重さの金よりも価値があるといわれているらしい。

 特に、このリーチェ地方ではさらにその価値は高騰していた。理由は二つ。

 精霊騎士の武器には硬度の高い希少な鉱物が好まれる。鉱物の中でも最高の硬度を誇るといわれる竜の角は、それだけでも非常に価値のある素材なのだ。

 実際、ウィリアムがこの勝負を提案してきた理由はそこにあった。


 そしてもう一つの理由は、角に含まれる成分がリーチェ地方ではほとんど枯渇してしまった『ある元素』を大量に含んでいる点にある。

 土壌を肥沃にするためには欠かせない成分であるが、昔からこのリーチェ地方ではそれが極めて少なく、農作物が育たずに苦労していた。

 竜の角を肥料とすれば、それだけで領土の収穫量は数倍に跳ね上がるといわれている。

 魔物によって流通が途絶えたこともあり、今プレスコット領は飢えにも苦しむ人が増えていた。

 武器としてではなく、肥料として、ルージュが喉から手が出るほどに欲しかったのだ。


 そのドラゴンを引き寄せたのは鈴の凶運であり、ドラゴンを斬り裂いたのは凛の強運であった。

 どことなく、責任のようなものを感じる二人であった。


「それはさておき、タウ。なぜあなたまでこのようなところに来たのです?あなたにはカロリーナ様と町を守る大切なお役目があったのではないですか?」


「俺なんかがいても、到底母の役には立ちませぬ。それよりも、俺はあなたを助けたかった。それだけです」


「私を…助ける?」


 暗闇の中でも、ルージュが動揺しているのがその声で分かった。


「先ほどもその男が言いましたが、私も同じ意見です。貴女は、あんな男と結婚すべきではない」


 実にタウらしい、まっすぐな物言いであった。

 ルージュも、ついつい言葉が返せずに沈黙してしまう。


「タウ。あなたには私の気持ちがわかるはずでしょう?優れた親を持ち、それに遠く及ばぬ才能を持たされたものの気持ちが…」


「わかります。痛いほど!おそらくは誰よりも…!しかし、それでも俺は…!」


 熱のこもったタウの声は、狭い洞窟内にどこまでもこだましていく。


「私達には、他に手が思い浮かばなかったのです。才能のないものは…そうするしかない。私はそう納得することにしました」


「そうそう。あなたたちの話を聞いていて、常々疑問だったの。いい機会だから教えて頂戴」


 盛り上がる二人の会話を一刀両断するように鈴が割って入る。この娘は、自分の好奇心のためであれば一切の空気を読まない。

 そして、すべて納得するまでは一切の妥協を許さない。

 凛はまたいつもの『説教』が始まるのかと、戦々恐々としていた。


「あなたたちの精霊術とやらを、それぞれ見せてほしいの。『裁きの炎』と『再生の炎』だったかしら?」


「構いませんが、先刻から申し上げている通り、私たちの能力は他の精霊使いに比べて…」


「力の大小の問題は興味ないの。いいからさっさと見せて頂戴」


「は、はい!」


 鈴のただならぬ気配を感じ取ったのか、ルージュは狭い通路内で器用に抜刀し、静かに意識を集中し始めた。

 すると、剣の表面からほのかに熱を感じるようになってきた。焚火とはいかず、小さい懐炉を手にしているようなささやかな温かさである。

 体に寒気を覚えたようで、ルージュが少し全身を震わせる。


「ふむふむ…手にしたものを加熱する能力ね…表面温度は、大体40℃ってところかしら。比較的どこも均一になってるわね…」


 無造作に剣を触り、棒状のなにかを剣のあちこちにあてては観察を続ける鈴。


「はい、もういいわ。ありがとう」


「お父様ほどの使い手になれば、剣が触れずとも近くにある物を燃やすことすらできますが、私はどこまで鍛えてもこの程度です…」


 少し落ち込んだ様子のルージュ。慣れたとはいえ、改めて自らの実力を思い知ることになったのが辛かったのだろう。

 凛は、鈴の手にしていた棒を興味深そうに観察していた。


「先生よ。さっきから手に持ってる、その棒はいったい何なんだ?リーチェに入ってからというもの、あちこちに挿して観察してたみたいだが」


「これは、温度計よ。本来なら水銀で作るべきところなんでしょうが、手近にあったアルコールで代用したわ。科学者たるもの、温度計測は乙女のたしなみよね」


「乙女って…確かに基礎体温とか測っていろいろと計算するみたいだが…?」


「冴木君、それ以上言ったら今晩の講義はあなたに受けてもらうわよ?」


「…」


 完全に沈黙する凛を後ろに、今度はタウに向き直る。


「あなたの能力の場合、誰かが怪我していないと使えないのかしら?」


「いいや、そんなことはない。活力を与えるという意味では、対象者の健康状態にはあまり意味はない。健康なものは、より健康になるだけだ」


「それじゃあ、冴木君にやってみて頂戴」


 タウを引っ張り、最前列に押しやる。

 凛は露骨にいやそうな表情を浮かべた。


「ちょっと待てよ。なんで俺に術を仕掛けなくちゃいけないんだ?観察するなら先生にやった方がいいだろうに」


「あなたの腰はまだ完治していないかもしれないし。それに観察はあくまで客観的にやるものよ。自分の身に起きたことは、意外と冷静に見られないの」


「確かに、自分で自分のことが分かっていないってのはよくある話だけどよ…」


 ちらりと横目でルージュを見る。少しは自覚があるのか、一瞬だけ気まずそうな顔をする。

 あれから問い詰めても、ルージュはついに本心を語ることはなかった。

 むしろ、本人にもわからなくなっているようで、凛はそれ以上問い詰めることはやめた。


「それじゃあ、よろしく頼むわ」


「ああ、ただし…どうなっても知らんぞ?」


 凛の腰に手を当て、タウが裂ぱくの気合を込める。


「…ハアッ!」


「ハアッ…ってあんたの掛け声ちょっとおかしくないか…アチチチチチ!?」


 タウの手を振り払い、慌てて飛び跳ねる凛。鈴はちゃっかり凛の腰に当てていた温度計を引き抜き、観察していた。


「すまん。本来の『再生の炎』は対象の体内に活力を送り込み、活性化させることで回復を促す術なのだが、俺は力の制御が未熟でいつやってもこうなってしまうんだ」


 いつもは強気のタウだが、この時ばかりは落ち込んだ様子であった。

 ルージュ同様、彼も血のにじむような努力を経て、その上で自分の限界を悟ったのだろう。


「「…はあ…」」


 ついつい、ため息を重ねてしまうルージュとタウであった。


「なるほどね…よく分かったわ。おかげで疑問が解消したわ。ありがとう」

 

 手にした温度計を眺めながら、鈴は嬉しそうに二人に語り掛けた。


「疑問とは、どういうことです?」


「あなたたち一族の、古くから続く盛大な勘違いについて、よ」


「ちょっと待った!みんな、静かに…!」


 鋭く、しかし小さな凛の声が静寂を促す。

 先頭を歩いていた凛が、急に歩を止めたのだ。


「どうしたの、冴木君?」


「魔物でも現れたか!?」


 この洞窟は人口の洞穴だが、採掘が頓挫して久しいため魔物の住処にもなっていた。

 ここに来るまでに、数体の低級の魔物と遭遇しており、今回も同様にタウとルージュが討伐に前に出ようとしていた。


「いいや、この気配は魔物じゃねえ。いや、ある意味魔物かもしれねえがな…!」


「まさか…?」


「声の反響具合から気づいてはいたが、ここからもう少し進んだ先に大きめの広間のような場所がある。そこに、誰かが待ち伏せている…!」


「ウィリアム達か…」


「ひょっとしたら気づかれてるかもしれねえが、先ほどから動きがないところを見ると、どうやらまだバレてないみたいだ」


 緊張はしているが、嬉しそうに笑う凛。鈴は、こういう表情の凛がろくなことをしないことをよく分かっていた。

 相手を騙し、手玉に取ろうとする時の表情であった。


「どうする?さすがにこのメンバーで手練れの精霊騎士4人は相手に出来んぞ…迂回するか?」


「それもいいかもしれねえが、そうなっちまうとあいつ等に大きく先行を許すことになる。せっかく待ってくれてるんだ、期待に応えてやろうじゃねえか…!」


―――ルール説明―――


1:勝負は、プレスコット家所有の鉱洞で行う

2:鉱洞内にあるブラックドラゴンの角を地上に持ち帰ったグループの勝利

3:鉱洞内では妨害・戦闘を含むあらゆる行動を禁止しない

ウィリアムの勝利:ルージュとの結婚及び、逢沢鈴とヘスの所有

冴木凛の勝利:ルージュとウィリアムの結婚の破棄、精霊及び邪神に関する情報の提供


―――――――――――

もっと面白い話を書くため、ご協力をお願いします

率直な印象を星の数で教えていただければ幸いです


つまらなければ、遠慮なく星1つつけてやってください


感想も、「ここが分かりにくい!」「科学には興味ない!」など厳しい意見をお待ちしています


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