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3rd BET 『二人のリンはいきなり邪神と遭遇する』

―――時は、再び凛が顎を打ち抜かれた直後に戻る―――




 しばらくの格闘の後、二人はようやく落ち着いて話をすることができるようになった。目下最大の問題は、人ひとりがようやく立てるような狭いスペースに男女二人が仲良く同居できない、という点にあった。

 冷静になって周囲を見渡してみると、二人が立っているのはとてつもなく高い山の頂上だった。これを『山』と呼んでよいかは、正直意見が分かれるところであろうが。


 先ほども言ったように頂上は人ひとりが立てるほどのわずかなスペースしかなく。そこから見下ろす先には、下り坂というよりも切り立った崖がどこまでも続いていた。

 召喚直後、凛は自分が立っているのがどんな場所かはとっくに把握していたが、とりあえず気にしないようにしていたようだ。彼は、考えても仕方ないことは後回しにする性格なのだ。


 いずれにせよ、凛と鈴は揉めに揉めた。胸を揉んだとか、不可抗力だとか、そんな口論が不毛にも延々と続いた。

 気が付けば、いつの間にか鈴のこれまでの半生と、ここに来るまでの実験の歴史を語って聞かせる講演が始まっていた。

 ここに呼び出される直前、鈴が着手していた実験がいかに素晴らしいものだったのか、それだけはきっちりと理解することができたが、肝心なところはそのままだった。

 ちゃっかりと胸を抱きかかえた姿勢のまま、凛は鈴の講義を堪能していたのだ。それに気づいた鈴はさらに暴れ、口論はさらに長引くことになった。


 そして、長い議論や口論を経て、最終的には背中を向けあって座るということで合意に至った。


 それでもこの高さだけは怖いようで(無理もないが)、鈴は片肘を絡めるようにして凛の背中に密着していた。背中に感じる彼女の体温は、はるか上空に流れる冷たい風の中でとても暖かく、心地よかった。

 ようやく冷静に話ができるようになり、仕切り直しとばかりに凛が口を開く。


「さて、最初に確認しておきたいんだが、あんたはここの人間か?」


「ちょっと待って、言ってる意味が分かんない。『ここ』って、どういうこと?定義があやふやよ。一から順番に説明して頂戴」


 仕切り直しとばかりに口を開いたが、いきなり出ばなをくじかれてしまった。

 幼い見た目と違い、ずいぶんと冷淡な物言いに少しだけ面喰いながらも、凛は思考を素早く切り替えた。


「質問が不明瞭だったようだな、ワリイ。じゃあ、こう言い換えてもいいか?あんたは地球で生まれたのか?ちなみに、俺は地球の日本というところで生まれた」


「あたしもそうよ。見た目はこんなだけど、地球の日本に生まれたわ」


 短くため息をついて、鈴はそう答えてきた。そして、しばらく時間を空けてから、少しだけ気まずそうにこう付け加えてきた。


「さっきはごめんなさい。あたし、相手が何を言っているのか理解できないのが何よりも嫌いなの」


「難儀な性格だなあ。きっとこんな世界で生きていこうとしたら、苦労するだろうぜ」


 言いながら凛は空を見上げる。背後の気配につられるように、鈴も併せて視線を上げた。

 しばらくの間、目の前に広がる光景を黙って見つめたのちに、二人は盛大にため息をついた。見ないように、あるいは気づかないようにしていたが、こうも露骨に堂々とその存在をアピールされてしまうと無視するわけにもいかなかった。

 何でも斬り裂く剣に、何でもくっつける腕輪。それに巨大な空飛ぶドラゴン。ここまで出そろってしまうと流石にここが地球ではないと認めるしかなかったが、見上げた先には()()()()が控えていた。


 しばし深呼吸して、凛は現実を再度受け止める。先ほどの鈴の言葉を思い出された。


「いや、確かにあんたの言うことももっともだ。『ここ』って言われても、確かに困るよなあ…」


 二人が見上げた空には、()()()()()()()()()


 正確に言えば見上げた先には空がなく、代わりに地上と思われる大地と緑が広がっていたのだ。それはちょうど、足元で見た景色と同じような光景だった。

 思わず鏡でも見ているのではないかと思ったが、見渡す限り空一面を覆いながらも歪一つ見せない鏡など聞いたことがない。そもそも、鏡のくせに自分たちの姿が映っていないのはおかしい。

 しかし、よくよく見てみると、足元の大地と見上げた先の大地には大きな違いがあった。


 見上げた先に広がる大地は、その半分を真っ黒な闇が覆っていた。

 誤解を恐れずに表現すれば、ものすごい間近に半月が迫っているような感覚に近いだろう。


「多分、あたしがヘス…この腕輪と出会ったのはあそこなんでしょうね」


 鈴が指さした先には、空(大地)からまっすぐに伸びた氷柱のような山があった。それはちょうど、彼らが立っている山を上下ひっくり返したような場所だった。


「こんなもの見せられたからには、さすがにここが異世界だって認めるしかないよなあ…」


《何度も説明したてあろうが。ここは異世界『レットール』。お主たちは主神によってこちらに召喚された『来訪者』なのじゃ》


「そもそも、あそこに立っていた時のあたしに重力がどう作用していたのか…興味深いわ…」


《我が主…今そこを気にされるのですか…》


 それぞれの使い手にツッコミを入れる神具達。


「まあ、考えたところで現実が変わるわけじゃない。確かなことは、俺たち二人は地球ではない場所にやってきたってことだけか…」


「そうね。それだけは間違いなさそうだわ」


 その返事に満足すると、凛は続けてこう尋ねた。


「じゃあ、あんたの方から質問はないか?」


「え……?」


「いや、想像するに俺たちは似た境遇だと思うんだが、こんな状況で俺ばかり質問するのは不公平だろ?あんたの方からも聞きたいことがあったら聞いてくれよ」


「ああ、そうね……」


 納得したように頷く気配が背後から感じられた。質問はすぐにやってきた。


「さっき、あなたはあたしもろともその剣であの大きな生物を斬ったわ。結果として斬られたのはあの大きな生物だけだったようだけど。あたしも一緒に斬ってしまうなんて考えなかった?どれくらいの確信をもってあんなことをしたの?」


(質問が二つだな……しかも最初の質問が、俺の動機かよ。まるで尋問だな)


 心の中で苦笑しながら、凛は誠意と論理をもってその問いに答えた。


「まず、今俺たちがいるこの世界は、少なくとも地球とは違う世界だと考えた。こんな場所があるなんて聞いたことないし、喋る剣やドラゴンも見たことがない。だから、まず俺は今までの常識を全て捨てた」


「まあ、そこまでは同意するわ。あの生物がドラゴンかどうかはさておいてね」


「そして、次に斬りたいもの()()斬れると主張するこの剣が本当のことを言っているかを考えた。考えた結果は、『わからない』だった。地球だったら99%嘘だが、地球の常識はさっき捨てたばかりだったからな。少なくとも、完全に否定する根拠はなかったな」


「……」


 沈黙は、果たして同意なのか失笑なのか、こんな状況ではさすがに推測できなかった。凛は構わず続けた。


「最後の決め手は…」


 と、ここまで説明をして急に凛が黙り込んでしまう。思考も素早く、決断も迅速な彼にしては珍しいことだった。

 しばらく沈黙を保った後に、凛が口を開く。


「最後の決め手は…なんというか…急に気が変わった、としか言いようがないな。ドラゴンが近くに来ているのは事実で、そんなものにしがみついているあんたの体力も限界に近かっただろうとも思った。だから、この剣が言っていることが本当かどうか、試すことにしたんだ。どのくらいの確信かと言われれば……よくわかんないな。感覚的には半々かな?」


《実は、儂の姿を剣として定着させられるかが最も分の悪い賭けだったのだがな。握られた儂が剣として具現化する確率は1/8192だ。前回の『来訪者』は儂はスルメの足として顕現させ、即座にドラゴンのえさになった》


《失礼ですわね。私の能力をもってすれば、一日でも一か月でもずっとああしてへばりついていられましたわ》


 補足する神具の声。何とも気まずい空気が周囲に流れた。


 動揺をごまかすように、懐からタバコを取り出し、火をつける。身につけたものだけは一緒に召喚されたようで、残り数本のタバコをここで消費することにした。

 紫煙が異世界の大気にほどけて溶けていく様を眺めながら、またも凛は深呼吸をする。


 異世界の空気を元の世界のタバコの煙と混ぜて肺に流し込む。それは、自分の元居た世界との違いを少しずつ受け入れるための儀式のように感じられた。

 肺に吸い込まれた空気とタバコの煙の感触に意識を集中させていると、肺の向こう側から慣れない振動が彼の背をノックするのを感じた。

 彼女の鼓動だった。 トクン トクンと規則的に波打つ鼓動が、彼の胸元を温かく揺さぶる。


 こちらの鼓動も彼女に聞こえているのだろうか?

 だとしたら、凛の鼓動が早鐘を打ち始めたことに気づいたかもしれない。先ほどの説明には、意図的に抜いた部分があった。


(確かに、最後の決め手はあんたとドラゴンだったさ。ドラゴンに捕まってるあんたを見た瞬間、理屈や損得関係なく、俺は勝手に剣を抜いてたんだからな)


 早鐘を打つ鼓動に乗せて、そんな内心までもが相手に伝わっているのではないか。それを悟られるのはどうにも気まずい気がして、彼は最後にこう締めた。


「他に、よい方法が思いつかなかったんだ」


「……そう……分かったわ」


 背を向けて座ったままだし、片肘を絡めあった状況だったため大きく姿勢を変えることはできなかったが、それでも鈴は居住まいを正したかったようで、座り方を少しだけ変えた。


「先ほどのあなたの説明には矛盾もなく、合理的な判断だったと思うわ。過程はどうあれ、あたしはあなたのその行動がなかったらあのままどうなっていたかわからない。改めてお礼を言いうわね。助けてくれて、ありがとう。」


 返された言葉は、淡々としていて感情もこもっていないように感じられた。あたかも感情が凍り付いたようなその声と内容を、凛は実に的確にこう表現した。


(なんだか理科のテストの採点されてる気分だな)


「どういたしまして。まあ、お互い無事でよかったよ」


「とりあえず、あたしの質問は以上よ。今度はそちらの順番ね」


「名前、教えてくれるかい?」


「えっ……?」


 まるで不意を打たれたかのように背中を震わせたのが伝わってきた。そんなに意外な質問だったかなと思い返しながら、凛は自己紹介をした。


「俺の名前は冴木凛さえきりん。女みたいな名前だが、意外と気に入っている」


「冴木……凛……冴木……凛」


 反芻するように、彼女は何度も口の中で凛の名前を転がしていた。小声で繰り返すその様子に、思わず凛は苦笑していた。


「奇遇ね。あたしの名前もリンよ。逢沢鈴あいざわりん。国籍上は日本人だけど、イギリス出身の父と日本の母のハーフよ」


「そっか、きれいな髪の毛だもんな」


「……」


 照れているのか、興味のないことには反応しないのか、おそらく後者なのだろうと推測しながら、凛は次の質問権を鈴に譲った。

 積もる話もあるが、そろそろここからどうやって降りるかを議論したいところだった。どのみち焦ったところで変わるものもないだろうが。

 おそらくは唯一この世界で同郷と呼べるこの女性との親睦を深めることは、今後の異世界での生活において重要となるだろう。


「あたしからの質問、いいかしら?」


「ああ、どうぞ」


「あなた、今タバコ吸ってる?」


「まあ……吸ってるわな」


 溜息と一緒に紫煙を吐き出しながら、凛は少しだけ呆れたような声をにじませた。


「タバコを一本吸うと寿命が5分縮むって言われてるのは知ってる?」


「いや、正確な数字は知らなかったけど……」


(また二連続での質問だな)


「覚えておきなさい。そして、あたしの前では二度と吸わないで。あたし、酒とタバコとギャンブルがこの世で二番目に嫌いなの…!」


(奇遇ですね。それは俺がこの世で2番目に好きなものなんですよ…)


 そんなことを言ってしまえばまたも話がこじれるのは目に見えていたため、凛は黙って煙草の火を消し、携帯灰皿に押し込んだ。(そのままポイ捨てしたら、鈴に怒られる気がしたのだ)

 不意に会話が途切れる。凛はこういった沈黙に耐えられない性格だったため、急いで次の質問を口にしかけていた。


 その時だった。



「それじゃあ、そろそろワタシの自己紹介をしてもいいかしら?」



 声は、唐突に二人の真横から聞こえてきた。

 ギョッとするように二人のリンは声のした方向に顔を向ける。先ほどから何度も繰り返し説明しているが、ここはとてつもなく高い山の頂上。そしてその頂上は二人で背中合わせに座れるだけのスペースしかないのだ。

 当然、声が聞こえた方向に人がいるはずがなかった。しかし、そこにいるのが当然というように、声の主は平然と宙に立っていた。


「初めまして。ワタシの名前はケイオス。50日後に、この世界を滅ぼす予定の《混沌の邪神》よ。短い間だけど、よろしくお願いするわね」


 新入部員の緊張をほぐす気さくな先輩のような朗らかさでこの世界の滅亡を宣告したのは、長身の魅惑的なスタイルの女性だった。

 その女性は自らを『邪神』と名乗り、それが真実であると万人に確信させるほどの圧倒的な神々しさ、あるいは禍々しさを周囲に放っていた。


 そして、その自己紹介を聞いてからの凛の判断・決断・行動は素早かった。


 鈴を振り落とさぬように、可能な限り素早く神剣を振り抜き、ケイオスと名乗る女性を真っ二つに斬り裂いたのだ。

 凛は目の前の自称『邪神』が本物であるという確信を抱き、そして今この瞬間が千載一遇のチャンスであることを瞬時に理解した。

 神剣は、自らの能力をこう説明した。『認識できるものであれば、神でも斬り裂く』と。


 振りぬいた剣は、確かに自称『邪神』を斜めに通り過ぎていった。しかし、ケイオスと名乗る長身の女性には傷一つついた様子はなかった。


「君は、冴木凛と言ったね?こんな状況でも非常に的確で迅速な判断だわ。でも、君は迅速すぎる。人の話は最後まで聞かないと、いつか後悔するわよ?ああ、それとももう後悔してる?そこの剣は、自分の能力についてまだ説明していないことがあるわね?」


《その通り。儂の能力は1日に1度しか使えぬ。先ほどドラゴンを斬った後、24時間は儂の能力は使用不能じゃ…》


「てめえ!そんな大事なことは最初に言え!!この木偶の棒!!!」


《なんじゃと、そういうことは質問しなかったお主の方に非があるんじゃ。それに、お主が知らんことなどほかにいくらでもあるわい!》


 邪神そっちのけで口喧嘩を始める二人。そんな二人をよそに、鈴は極めてシンプルな質問をすることにした。


「何しに来たの?」


 凛のそれとは異なり、鈴の声はどこまでも透明で、感情が感じられない。静かで、平らな声で質問をぶつける。


「あなたは、その剣が自分を滅ぼす可能性があることと、そして今はそれができないことを知っているからここに姿を見せた。そうでしょ?でも、いったい何がしたくてここに来たの?説明して頂戴」


 ケイオスは、興が削がれたように肩をすくめ、しかし感心したような目で鈴を見つめた。


「君は、逢沢鈴と言ったわね?こんな状況にもかかわらず、冷静で思慮深い質問だわ。でも、君は慎重すぎる。現実はそんなに悠長に、あるいは真面目に君の疑問に答えてくれたりはしないわよ?でも、今回は特別に教えてあげるわ」


 もったいぶるように、ケイオスは両手を広げ指を鳴らす。その姿は、一流の手品師を彷彿とさせた。



「ちょっと退屈だったから、君たちを殺しに来たの」



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率直な印象を星の数で教えていただければ幸いです


つまらなければ、遠慮なく星1つつけてやってください


感想も、「ここが分かりにくい!」「科学には興味ない!」など厳しい意見をお待ちしています

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