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幕間 「ルージュの本気 後編」


(……本当に、()()()()()()()()()わ)


 祭りももう終盤に差し掛かり、あちこちで店が閉まり始める頃。二人きりの時間を過ごしたルージュは、やはり冴木凛に対して同じ感想を抱いた。

 彼の観察眼は、女性とのデートにおいても十分にその効果を発揮していた。


 細かな気配り、さりげないフォロー。

 女性が見てほしいところをしっかりと見つめ、的確な言葉を返してくれる。


 騎士として育ってきたルージュにとって、これほど彼女を女性として見、接してくれた男性は初めてであった。

 かけがえのない恩人であり、その振る舞いに惹かれていたルージュだったが、今日一日でその思いはより一層強まった。

 すでに、今すぐにでも身も心も捧げてしまいたいと思えるほどだったが、そこは淑女としての意地が踏みとどまらせた。


 冷静に考えてみれば、二人の初対面は寝室に忍び込み、首筋に剣を突きつけたままでの会話であった。

 言ってみれば、こちらから夜這いを仕掛けたようなものである(決して違うが、今のルージュは勝手にそう記憶を書き換えているらしい)


 いずれにしても、今日この日は、ルージュにとって忘れられない一日となった。


(こんなにも、冴木様は私のことを見てくださっている。過去に捕らわれることもなく、今、()()()()()私を……!)


 そんな恥ずかしい過去の出来事などまるでなかったかのように、


「さ、そろそろ俺たちもお開きにするか」

「はい、そうですね」


 とびっきりの笑顔でそう答える。

 プレゼントされたリボン同様、この素晴らしい一日の記憶も、大事に未来永劫仕舞っておきたい。そう思えるほどだった。


 凛は、いつもの少しひねたような笑顔で、今のルージュを見つめてくれる。

 その目線に、ルージュにまた別の願いが浮かび上がる。


(そうよ、今日だけじゃない。こんな素晴らしい日が、今日だけで終わるなんてもったいない……!)


 熱くなる胸に、弾む言葉を乗せて、


「冴木様、是非約束してほしいことがございます」

「ん?なんだ、言ってみな」


 冴木凛はルージュを見つめ、笑う。

 今、この瞬間のルージュを見つめる。その瞳を見つめ返し、ルージュはこんな願いを口にした。


「また、()()()このお祭りを──」


 その言葉を口にした瞬間、舞い上がっていた全身にバケツで水をかけられたように血の気が引いた。

 かつて、彼自身から告げられた、彼の()()のことについて思い出したのだ。


(医者の話じゃ、余命は一年もないんだとさ……)


 凛は頑なに認めなかったが、それが誰のことを表していたのかは明らかだった。

 そして、そのことをすっかり忘れてしまっていた。


 ひねた笑みを浮かべる凛に、何故かあったこともない亡き母が重なって見えた。

 母を蝕んでいた病と、凛の症状はよく似ていた。精霊術では癒せぬ、不治の病。絶え間ない激痛と、それが全身に広がっていく恐怖。


 皮肉気に歪んだ表情は、その痛みに耐え、そしてそれを悟られぬための配慮ではないのか。

 ルージュにはわかる。唯我独尊を地で行くような振る舞いは見せかけに過ぎない。本当は、誰よりも周囲への配慮ができる、繊細で優しい人間なのだ。

 そのことは、今日一日で良く分かっていたはずだった。


 そう、冴木凛は誰よりも周囲を見てくれている。


 今、この瞬間のルージュを見てくれていて──



 そして、誰よりも未来の自分のことを見ていない



「あ……!」


 体の力が抜ける。その場で倒れそうになるルージュをとっさに抱き止める凛。


「おい、急にどうしたんだよ」

「いえ……なんでも……ありません……っ!」


 嗚咽が漏れそうになるのをこらえるので精いっぱいだった。

 悟られるわけにはいかない。凛は、そんなことを望んでいないからだ。


 しかし、ルージュの激情は押さえることができなかった。


「すいません、冴木様。私……私……!」

「まったく、色々と気を使いすぎなんだよ」


 ワシャワシャと頭を書きながら、困ったように微笑む凛。


「頼むから、このことは鈴には内緒にしとけよ?」


 目線を上げ、凛を見つめる。「どうして?」という問いが顔に浮かんでいたのだろう。凛はまたも苦笑した。


「先生にばれたら、実験とか言って何をやられるか分かったもんじゃねえしな。俺とお前の秘密だぞ?」


 「嘘つき……!」という言葉を飲み込む。ルージュには、凛の本当の意図が分かってしまっていた。

 代わりに、こんな言葉が口を突いて出てきた。


「冴木様。私、もっと精霊術の修行をします。必ず、冴木様の病を……治して見せます……!」


 それは、無謀な宣言だったかもしれない。

 なぜなら母の病は、かの聖女カロリーナですら手の施しようがなかったというのだから。


 しかし、それで諦めるほど、ルージュの失敗の歴史は浅くない。


 そんな彼女の決意の言葉に、やはり凛は笑う。

 先ほどまでの皮肉気な笑みではなかった。勝負に際する、天才賭博師のギラギラとした笑みを浮かべ、


「まったく、どいつもこいつも、分の悪い賭けが好きでやがる……!」



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