6th BET『精霊の支配する町』 5
名案を思い立った凛は、すぐさま行動に移った。鈴を連れて、城に向かって歩き出す。
「ねえ冴木君。いったい何を思いついたのか、説明して頂戴」
鈴は、凛の思惑が理解できないことに少しずついら立ちを募らせていた。
相手の意図が理解できないことが何よりも嫌いな鈴にとって、この状況は少々不愉快であった。
その白い肌に乗っかったサファイアのような瞳が、次第に不機嫌に歪んでいくのを見て、凛は慌てて事情を説明し始めた。
「悪かったよ、先生。ちょっと慌てちまったんだ。ちゃんと説明するから、今はとりあえず城に急ごう」
昨日、賭場巡りをしたおかげでこの町の構造はおおむね把握できていた。
というか、こんなに極端な構造の街並みも珍しいのではないだろうか?
凛は事情を説明しながら、川沿いに歩を進めていた。この町の構造は、いたってシンプルである。
町の中を流れる川の近くには住宅は作られていない。先ほど凛が川の水にいたずらをしても、誰にも気づかれなかったのはそのためである。
そもそも、誰も川に近づこうとなど考えていないのだ。
そして、町の川は『全て城に向かって流れている』のであった。
どうやってこの町を作ったのかはわからないが、あれだけ多くの川が流れていたにもかかわらず、最終的には一本に合流して城に注ぎ込まれるようになっているのだった。
したがって、城を目指すのは至極簡単なのだ。この町に来た時と同様、川沿いに歩くだけだった。
説明を終えると、鈴は率直な感想を述べた。
「呆れたわ。そんな単純な方法だったなんて」
「ほかにいい方法があれば教えてくれよ。俺だって苦肉の策だとは思ってるさ。でも、今回は時間もないんだ。……やるしかない」
「確かにそうね。私たちは、アルと約束したんだもの」
兵士たちに連行された時の様子から、兵士たちがアルの母親に危害を加えるようなそぶりは感じられなかったが、(というより、むしろ危害を加えられるのではと怯えているようだったが)表向きは『大切な水を盗んだ大罪人』として、処刑宣告を受けているのだ。
他の方法を模索して、手遅れになってしまったらアルにあわせる顔がない。鈴も事情を理解し、覚悟を決めたようだった。
そうこうするうちに、巨大な城門が視界に入るようになってきた。
町に来てからというもの、ここが異世界であることを忘れそうになっていたが、この城門を目の前にするといよいよ現実に引き戻される。
大きな鋼鉄の門。そして、町中から流れ込んでくる無数の川。
もはやこの城は、地面ではなく川の上に浮かんでいると表現した方が正しいかもしれない。一瞬ひるみかけた凛だったが、意を決して城門に向かって歩き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凛の予想通り、城門の前には門番が立っていた。
見るからに屈強そうな男が二人。昨日、町の外で出くわした歩兵よりも、さらに厳めしい体つきと面構えだった。昨日と同じような手段で突破することは困難そうである。
したがって、凛は当初の予定通り『正面突破』することを選んだ。
城門がもう目前にまで迫ってくると、当然のように二人の門番に呼び止められた。
「そこで止まれ。先ほどの領主様のお触れが聞こえなかったのか?戒厳令が出ているのだ。大した用もなく出歩いては……って、あんたは!?」
凛を呼び止めようとした門番の顔色が変わる。兜に隠れてよく見えなかったその顔を確認すると、凛は嬉しそうに声を上げた。
「よう兄弟!あんた、ここで門番やってたのか!?また会えるなんて、俺は今日もツイてるみたいだ!」
親しげに門番の肩をたたく凛に、鈴は不審げな目線を送る。小声で鈴に問いかける。
「ちょっと、いったいいつの間にこんな知り合いを作ったのよ?」
「ああ、昨日の夜飲み屋で意気投合してな。この町のことも色々と教えてもらったんだよ」
「昨日はリンには随分ごちそうになったからなあ。それに、あんなに強い博打を打つやつも初めて見たよ」
「よしてくれよ。あの程度の博打で褒められたら逆に恥ずかしくなっちまう」
楽しげに語らいあう二人を、もう一人の門番がたしなめる。
「おい、いい加減にしろ。さっき自分で言った言葉をもう忘れたのか?今は戒厳令が敷かれてるんだぞ!」
凛と門番を引きはがすように、二人の間に割って入る。
「おっと、もう一人の兄ちゃんの言うとおりだ。こんな状況でいつまでも酒と博打の話をしてるもんじゃなかったな。悪かったよ」
「確かにそうだ。リン、何か用事があってここに来たのか?」
「実はな、今朝の領主様のお話を聞いて、いてもたってもいられずに、ここにやってきたってわけさ」
そう言うと凛は、背後に立つ鈴を紹介するように身を一歩引いた。
「なんでも、町の外にファイアドラゴンが出たんだってな?俺たちもその退治に協力しようと思ってよ」
いけしゃあしゃあと自分のついた嘘に乗っかって話を進める凛。その度胸、というか図々しさに鈴は心の中で呆れかえるどころか、むしろ感心するようになっていた。
「俺たちが旅をしてるってのは昨日話したよな?実は、俺の旅の連れであるこちらのお方、水の精霊と契約した精霊使いなんだ!」
紹介されると、鈴は軽く会釈をして、手元に握った木の枝を静かに持ち上げた。
「こんなか弱そうな娘が精霊使い?しかも、顔につけたその面妖な仮面はなんだ?」
門番はいぶかしげな眼を鈴に向けた。
実は、今朝から凛は鈴にマスクを装着させていた。昨日街を歩いていてはっきりとわかったのだが、鈴の容姿はこの異世界であっても目立ちすぎた。
道行く人々が皆振り返って鈴の顔に見とれてしまうのだ。これではさすがにまずいと、凛はマスクの装着を提案したのだった。
当の鈴本人は事情が全く理解できないようで、不愉快そうに理由の説明を求めたが、凛は巧みに話題を逸らしてごまかし続けた。
いくら自分のことに関心がないとはいえ、周囲の人間が自分に向ける好意にすら気づかないのは困ったものである。
「疑うのは無理もない。でも、これを見てもらえばわかってもらえるはずさ。さあ、先生」
促されるままに、鈴は先ほどと同じように木の枝の成分を結合させて、水を作り出して見せた。
手のひらにたまった水に、二人の顔色が変わる。
「これは……領主様と同じ力……!?」
「さらに、凄いのはここからさ」
凛の言葉に合わせて、再び手のひらに意識を向ける。すると、今度は手のひらにたまった水がみるみる凍り付いていく。
完全に固体となった氷を、鈴はトリックがないことを証明する手品師のように、二人の門番に手渡した。
「これは……確かに精霊使いでなければこんなことはできない……!」
動揺する門番。
「領主様は、きっと精霊使いを探しているんだろう?事情を話してみてくれないか?俺たちはここで待ってるからさ」
「その氷は、持っていってもらっても構わないわ。領主に見せれば、分かってくれるはずよ」
凛の作戦は、簡単だった。
そもそも、領主はなぜアルの母親を連れて行ったのか?水を盗んだというのも確かに重罪なのであろうが、その気になれば水を操れる精霊騎士にそんなことをする必要もないはずだった。
となると、他の理由を考える必要があり、その理由は直前に凛が説明したとおりだった。
つまり、領主は精霊使いとしての戦力を必要としているのだと、そう推測したのだ。
鈴の、というかヘスの能力はある意味万能に近い。
自在に結合を操ることが可能で、その結果生じた水は、この町にあってもなお領主の支配を受け付けていなかった。
見るものが見れば、それは領主と同じ力を持つように見えただろう。
もちろん、領主がほかの理由でアルの母を連行した可能性もある。同じ精霊使いを生かしておけなくなった理由が出てきたのかもしれない。
しかし、前後の状況から、凛はその可能性が薄いことを感じ取っていた。
鈴にとっては穴だらけの理論だったが、それでも現状では最善の策であることに変わりはなかった。
そして、その読みが正しかったことが、戻ってきた門番によって証明された。
「リン。領主様がお会いになるそうだ。事態は急を要する。すぐに来てほしいとのことだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
通された場所は、大きな広間で、いわゆる『謁見の間』というやつだろう。
てっきり、小さく粗末な応接室にでも通されるものと思っていただけに、鈴はこの対応に少々面食らっていた。
「ねえ、冴木君。あたしたち、なんだか想像以上にもてなされてるんじゃないの?」
「そうかもしれないが。おそらくはもてなす、というより疑われてるんだろうさ」
凛は隙のない視線で周囲を見回す。
凛が注視していたのは部屋のつくりではなく、そこに控える兵士たちだった。
「よく見てみなよ、みんな揃って武装してる。何かあった時のために、領主との距離は開けておきたいし、警護も多い方がいい。謁見の間ってのは、意外と合理的に作られてるみたいだな」
初めての場所でも、抜け目なく観察し、最善の脱出ルートを模索していた。
無論、こういった状況にあっては万に一つも無事に逃げ出せる可能性はないだろうが。凛にとっては、こう言った行動はもはや習慣となっていた。
「そなたらか……あの精霊と契約を結んだというのは……」
声を発したのは、謁見の間の最奥に座っている40代くらいの男性だった。
声を聴き、その声質としゃべり方から、凛はそれが昨日の領主を名乗る声と同一人物であることを確信した。相変わらず、声と声の間に不必要な沈黙を挟む独特のしゃべり方だったが、本人を目の前にすると合点がいった。
40代というのは間違いないだろうが、声や目に張りがない。
まるで病気で衰弱しきったようなその姿を見て、あの独特の喋り方の原因にも納得がいった。
(確かあの蛇野郎、契約者から何かを奪うとか言ってたな……能力を使いすぎたせいでこうなったってことか……)
心の中でそう推理をまとめると、凛はその領主の問いに答えた。
「領主様。私は精霊使いではございません。精霊使いは、こちらの娘でございます」
「はじめまして……鈴、と申します」
ぎこちない自己紹介をして、軽くお辞儀をする鈴。
余計な口をきくとボロが出る恐れがあったため、凛にあまり喋らないように釘を刺されていたのだ。
「そうか……そなたのような若い娘にも契約を結ばせるとは……精霊も、つくづく業の深いことよ……」
深々とため息をつくと、また一つ年を取ったように、その顔には深いしわが刻まれていた。
「領主様、話は聞いております。町の外に出た魔物を退治する精霊使いを探しておいでだとか」
ここから先は、完全な憶測と出まかせだ。ついでに言えば若干の願望も含まれていた。
今回の騒動が、町の外に現れたファイアドラゴンに端を発するものであれば、事は単純で、簡単である。
そんなものは元々いないわけだし、ベルが呼び出されたのもその退治を依頼するためだとしたら、万事解決するはずだった。
「あたしの方が能力を巧みに使えます。年老いた主婦などに頼らずとも、あたし達で退治して見せます」
「年老いた主婦……そなたたち、ベルと知り合いであったか……」
「おい先生!あんま喋んなって言ったろ!?」
小声の凛の突込みに、しぶしぶと鈴が黙り込む。
「まあ……精霊使い同士、そういう縁も……あるだろう……儂らもかつてそうであったように……」
「その前に」と、領主は二人に向かって鋭い視線を向けた。
「事情を話すためには、そなたたちにも能力を証明してもらわねばならん。言っておくが、精霊使い同士、力のごまかしは効かぬぞ……?」
その視線に、凛は内心冷や汗をかいていた。
いくつか想定していた事態の一つだった。その辺の門番ならごまかせても、本物の精霊使いには正体を見抜かれてしまう可能性があった。
「わかりました。存分にご覧下さい」
鈴は自信満々といった顔で、一歩前に出た。
このケースは、結局は『見抜かれないことに賭ける』以外に手はなかった。せいぜいボロが出ないように、堂々とやって見せるより他はない。
鈴は、これまでと同じように木の枝から水を生成して見せた。ついでにできたダイヤモンドは領主に見えないようにポケットに隠し、残った水を領主に見えるように掲げ、さらには瞬時に凍らせた。
その瞬間、凛は領主の目が大きく見開き、動揺を露わにしていることに気づいた。
「衛兵!」
今までの衰弱しきった姿が嘘のように、その声は迅速で明朗に部屋に響き渡った。ただならぬ領主の様子に、兵士たちも即座に身構える。
(……こいつは、偽物だとばれたかな……?)
冷汗が全身から噴き出す。こうなったらイチかバチか、鈴に核融合でも試してもらおうとした次の瞬間であった。
「全員、今すぐこの場より立ち去れ!一人でも残ることは許さん!今すぐ、全員立ち去れ!」
有無を言わさぬその迫力に、兵士たちは一言も反論することなく速やかにその場を立ち去った。
訳が分からずその様子を眺めていた二人だったが、領主は玉座から下りると二人の前まで歩いてきた。
鬼気迫るその様子に、凛は自然と鈴を自分の背後に押しやった。
凛達の目前に迫ると、領主はその全身を足元に投げ出した。状況の変化についていけず、さすがの凛もしばしその場に硬直した。
領主は跪き、鈴にすがるようにその場に土下座していた。
「神器の御使いよ!どうかこの町をお救いください!」
あまりに必死なその表情は、哀れを通り越してむしろ神々しさを感じるほどであった。
「領主様……?」
「これ以上は私の身も持ちませぬ。後継を決めねば、すぐにでもこの町の住民は皆死んでしまいます!
神すら繋ぎ合わせるという神器の力を、今こそお貸し与えください!」
次々とまくし立てる領主の声を聴きながら、凛は次第に不穏な気配を感じ取っていた。
浄化だの、猛毒だの、わけのわからない説明が次々と続くと、背後の不穏な気配がついに爆発した。
「ちょっと待って、何言ってるかわかんない」
目を吊り上げた鈴は領主の前にかがみこみ、あろうことかその指を領主の顔にぐりぐりと突き付けていた。
「いいから、一から順番に論理だてて説明しなさい」
「も、申し訳ありません……!」
「おい先生!相手は領主様だぞ……!」
「あのねえ。人の上に立つ人ならばこそ。こんなつたない説明で人に言うこと聞かせようなんてできるわけないでしょ?」
完全にすわった目で、こちらにまでいら立ちをぶつけてくる鈴。このままでは収拾がつかないと、どうにかして鈴をなだめようとしていたが、救いの手は思わぬところから差し伸べられたのだった。
誰も入ることを禁じられたはずの謁見の間に、姿を見せたものがいた。
真っ先に気づいた凛は、その姿を認めて思わず歓喜の声を上げた。
「よかった!無事だったんだな!」
そこに立っていたのは、完全にあっけにとられた表情を浮かべたベルだった。
凛は、元々の目的であったベルがこうして無事でいてくれたことと、彼女のおかげで鈴の説教も終わるであろうとの二つの理由で、心から安どしていた。
「私以外にも精霊使いが来てるって聞いたから来てみたら……まさかうちの客人だったとは思わなかったね。それに、トークス。あんたいったい何をやってるんだい」
すこしだけ興味深そうな声でベルは、鈴に散々なぶられている領主に話しかけた。
「控えろ、ベル。こちらのお方は神器の使い手であられる!」
領主の声を聴いたベルの反応は素早かった。領主よりも素早く、身をかがめ、片膝をつき、最敬礼の姿勢となった。
「知らぬこととはいえ、大変失礼な発言をお許しください」
『豪胆』を絵にかいたようなベルでさえ、神器の名を聞くや否やこの有様。
「なあヘス。お前って実はけっこう有名なのか?」
《それほどでもありませんわ。ただ、一部の方々には結構名前を知られておりまして》
答えるヘスの声は、嬉しそうでもあり少し誇らしげでもあった。
その様子に、鈴はふらふらとベルのもとに歩いていく。その後ろ姿に、不穏な気配を感じたリンは慌てて止めに入った。
「先生!何言っているかわかんないのは俺も同じだ!でも、元々はアルの母さんを助けに来たってことを忘れるなよ!?」
「…はっ」
正気に返ったように声を上げる鈴。
ひとまず、皆が冷静に話ができるようになったのを確認し、凛は改めてこう切り出した。
「とりあえず、一から順番に説明してくれ」
もっと面白い話を書くため、ご協力をお願いします
率直な印象を星の数で教えていただければ幸いです
つまらなければ、遠慮なく星1つつけてやってください
感想も、「ここが分かりにくい!」「科学には興味ない!」など厳しい意見をお待ちしています




