6th BET『精霊の支配する町』 4
一階のドアが強引に開けられる音が聞こえた。兵士たちの鎧がこすれる金属音と、厚底の靴が地面をたたく音がせわしなく響いてくる。
アル母子を捕らえるためにしては、10人もの兵士は多すぎる気がした。
だとしたら、二階にいる凛たちも捕縛対象に入っている可能性が高い。
鈴は小声で尋ねた。
「この状況で、あたしたちにできることは?」
凛はさらに小声で即答する。
「ない。あの兵士たちはバカかもしれないが、しっかりとした訓練を受けている。日本のヤクザなんかよりもよっぽど強い」
顔をなでながら、昨日のことを思い出す。アルを助けるために芝居を打ったのだが、その時に兵士たちに蹴られた時の衝撃を思い出す。本物の訓練を受けている人間の力を、凛は身をもって体験していた。
「一方の俺達には戦力と呼べるものはほとんどない。先生は、その腕輪の力であの兵士たちを抑え込めるかい?」
鈴は黙って首を振った。
一晩中、ヘスの使い方を学んだおかげで、力の使い方は一通り実践できるようになった。
ヘス曰く、これほど上達が早い使い手はそうはいない、とのことだった。
その一方で、力の限界も知ることとなった。文字通り、触れたものにしか力は働かず。認識できない未知の物質には全く作用しなかった。
この状況でできることとしたら、兵士たちの鎧の可動部に触れて動きを封じる程度だろう。
それも、できて一人。そのあと、即座に二人目に取り押さえられるのがオチだった。
「時間さえあれば、TNT火薬くらいは作れるけど、今は時間がないわ。あとできそうなことで有効な手段としては、核融合かしら。イチかバチか、試してみてもいい?」
青く透き通った瞳に、不穏な光を宿らせながら鈴は両手を目の前に動かし始めた。
全力で、しかし優しく丁重にそれを押しとどめる凛。兵士たちは撃退できても、街自体がなくなっては意味がない。
イチかバチかの勝負は大好きだったが、鈴の言うイチかバチかは、『核融合が成功するかしないか』という意味だ。この場合、成功しても失敗してもろくなことにならない。
凛は、現実的にできそうな提案を続けた。
「とにかく、今は静かにしていよう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
階下からは、兵士たちが母子に事情を説明する声が響いてきた。しかし、どうやら様子がおかしい。
兵士たちの接し方は、犯罪者に対する居丈高な態度ではなく、まるで客人を迎えに上がった使者のようであった。もちろん、普通の使者はドアを無理やり開けて家に侵入などはしないが。
「このような事態になってしまい……申し訳ありません」
「事情を、説明してもらえるんだろうね?」
アルの母親、ベルは怒ったような、あきらめたような声で兵士たちにそう尋ねた。その声は、まるで近所の主婦と世間話をするような気軽さであった。
とても10名の兵士に囲まれ、連行されるような状況で出せる声ではない。
「すべては、領主様の御意向です。町の外で下級兵士がご子息にお会いしたことは聞きました。ですが、今回はそれとは無関係とのことです」
「じゃあ、僕の父さんのこと?」
「わかりません。我々には命令と、それを破った際の罰則だけが示されました。他のことは、すべて憶測の域を出ません」
兵士たちは、慎重に言葉を選びながら説明を重ねていった。すべては、アルの母を思いやっての言動であった。
「まあ、ここまでの話でなんとなく察しはついたよ。説明ありがとう」
「それでは、ご同行願えますか?」
「いいとも。ただし、ついていくのは私一人で十分だろうさ。アルはここに置いていくよ」
「困ります!領主様は二人とも連れて来いと……!」
その瞬間、2階にいる凛たちにもわかるほどに、周囲の気配が一変した。気配の主は、こう告げた。
「あんたたち。今すぐ領主に言われた罰則とやらを私に教えてごらんよ?アルに手を出したら、それが子供のいたずらだと思えるような経験をさせてやるからね……!」
(おいおい。この世界じゃ、一介の主婦がこんな強烈な殺気を放てるのかよ……)
現実世界でもついぞ味わったことのない気配に、凛の背中が総毛だつ。
「好きなほうを選びな。せいぜい、後悔しないことだね」
こんな言われ方をして、逆らえる胆力のあるものはそうはいない。しぶしぶ、兵士たちはアルの母親だけを連れていくことになった。
「母さん……!」
心配そうに見送るアルの声。ベルは元気にその声にこたえた。
「大丈夫。領主とは知らない仲じゃない。呼ばれた理由も大体察しはついてる。無事に帰ってくるさ。その間、家は頼んだよ」
「蹴破った扉は、後で直してくれるんだろうね?」と、兵士たちに念を押しながら、ベルは通りの向こうに消えていった。窓のそばでそれを見送った二人は、やがて階段を上がってくるアルの足音を聞いた。
ノックされ、扉を開けてやるとそこには、うつむき今にも泣きだしそうな表情のアルが立っていた。
無理もない。目の前でたった一人の母親を連れ去られてしまったのだ。
落ち込み、憔悴しきったアルを見て、鈴はかける言葉が見つからなかった。
「なんというか……その、災難だったな……」
凛が言葉を選ぶように慰めの言葉をかけるが、それすらも耳に入っていないようだった。
アルは、黙ってその場に立ち尽くしていた。
この部屋にやってきたはいいが、結局何をどうすればいいのかわかっていない様子だった。
ただ、誰かにそばにいてほしい。
明日から一人でこの家で暮らさなければならないかもしれない。そんな漠然とした不安に耐えているのかもしれなかった。
鈴も、心底気まずそうにアルの様子を窺っていた。
先ほどの領主の言葉を真に受けるならば、こうなってしまったすべての原因は二人にあるといっても過言ではない。
ファイアドラゴンが出たという凛の嘘が原因で、この町の住人は3日間も水の供給を絶たれてしまったし良かれと思って汲んできた川の水が原因で、ベルは明後日に処刑されると宣告されたのだ。
いったいどうやって凛たちが川の水を持ち込んだことがばれたのかは不明だったが、先ほどの領主の言葉は嘘偽りのない事実だった。
鈴は、自分たちが原因で不幸になる人を見るのが辛く、耐え難かった。
慰めの言葉も思いつかず、かといって事実をすべて話すわけにもいかなかった。
一方の凛は、冷静に状況を判断しつつあった。こういう時は、とにかく情報が必要だ。
ベルは、連行されていく動機に心当たりがあるようだった。ひょっとしたら、アルも何か知っているかもしれない。どうにか落ち着きを取り戻すまで、静かにそっとしておくしかないだろう。
勝負の世界でも、このように打ちひしがれる者を何度も目にしてきたが、結局彼らを救うのは『時間』だけだった。
こういったときに必要なのは、現実を受け入れ、自らを納得させるための十分な時間なのだ。
現に、今のアルにはどんな慰めの言葉も耳に入ってこないだろう。
結局のところ、自分で現実を認識し、自分でそれを受け入れる以外に前に進む道はないのだ。
凛は静かに、アルを椅子に座らせた。
すると、意を決したように隣に立っていた鈴がアルのそばに歩み寄った。
椅子に座るアルの真正面に跪き、不器用に瞳を見据えると、出来立ての真綿を扱うようにやさしく抱き寄せた。
一瞬、何が起こったかわからないように、アルの瞳が見開く。
アルの頭をやさしくなでながら、穏やかに、しかし決意を秘めた強い声で鈴はこう告げた、
「大丈夫。あたしたちが必ずお母さんを連れ戻すわ」
(あの屈強な兵士たちに、こんな貧弱なパーティでどうやって挑むつもりだよ?勝てる根拠は?)
まるでいつもの鈴のような冷静な突っ込みが、凛の脳裏にいくつもよぎった。
しかし、続くアルの号泣する声に、すべて流れ去ってしまった。
焦げ付いた髪の毛を切り落としたせいで、すっかり短髪になってしまった頭をポリポリと掻きながら、凛はあっけにとられたような目線を二人に、いや、鈴に向けていた。
緊張の糸が切れたかのように、鈴にしがみつき号泣するアル。鈴はそんなアルを優しく抱き寄せ、何も言わずに何度も頭をなでていた。
その表情は、普段の冷たく透明な顔ではなく、暖かく慈愛に満ちた優しいものであった。
それは、どう贔屓目に見ても神々しいまでに美しく、凛もしばし時を忘れてその光景を見つめていた。
(なんだ、そんな表情もできるんじゃねえか……)
安心したような気持ちもあったが、そんな表情を隠し持っていたことに対する若干の不満もあいまって、凛は複雑な心境で二人を見守っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくして泣き止むと、アルはすっきりした表情で事情を語り始めた。聞かされた内容に、二人はしばし絶句することとなる。
「僕の父さん、母さんは水の精霊と契約した精霊使いなんだ」
アルから放たれた第一声に、二人凍り付いた。
(ちょっと待て。それならわざわざ領主に話を聞きに行くまでもなかったってことかよ……)
精霊の情報を欲していた二人は、精霊と契約しているであろう領主から詳しい事情を聴きに行くつもりだったのだ。
それが、こんな間近に情報を持っていようとは。しかし、その母親も今となっては領主と同じ場所に連れていかれてしまった。
「精霊使いの中でも、精霊の力を使って魔物と戦う人たちを『精霊騎士』って言うんだけど、僕が生まれるまでは二人とも城壁の外で魔物を討伐するお仕事をしてたみたいなんだ」
道理で。凛は心の底で納得していた。あれは、常人の放てる殺気ではなかった。
人外の力を操り、人知を超えた魔物との死闘をかいくぐってきた人間の凄味だったのだ。
「その、領主様とはどんな関係があったんだ?」
「わからない。僕は二人が精霊の力を使うところも、領主様とお話してるところも見たことがないんだ。本当に知り合いなのかもわかんないよ」
「精霊との『契約』については、何か聞いたことはない?」
アルはかぶりを振った。
「僕も、大きくなったら精霊騎士になるつもりだったんだ。それで何度も二人に精霊騎士になる方法を教えてもらおうとしたんだけど……」
「もう少し大きくなってから教えてやる」の一点張りで、満足いく答えは返ってこなかったようだった。
「精霊使いなら、水に困ることはなかったんじゃないのか?だって、水を自在に操れるんだろ?」
「母さんは、今は全然精霊の力を使わないんだ。それに、町の水はすべて領主様が管理しているから、他の人が触っちゃダメなんだよ」
「それで、町の外の水を汲みに行ったってわけか……」
もし、昨日アルが遭遇したのが素行の悪い兵士ではなく、残忍な魔物だったとしたら、凛たちでも助けることはできなかっただろう。
しかし、町の外の水であってもヘスの力は及ばなかった。鈴は何度も川の水を凍らせようとしたが、結局は無駄だった。
町の外の水は精霊に、町の中の水は領主に支配されている、ということになる。
(つくづく、窮屈で生きづらい世界だなあ、オイ)
明かされつつあるこの世界の理に、凛は嘆息した。
「父さんは……」
アルは意を決したように、最も話しにくい最後の話題を口にした。
「父さんは、つい先月……家を出て行ったんだ。『あるもの』を探さなくてはいけない。いつ帰るかわからないけど、必ず帰るって言い残して……」
「そう……それは大変だったわね……」
「母さんも、さっき同じことを言ってたよね?……母さんも……父さんと同じで帰ってこないのかな……?」
震える声で、アルが尋ねると、今度は凛がそれに答えた。
「大丈夫だ。少なくともお前の母さんはこの町にいる。それにあの迫力は並の主婦には出せないぜ。いざとなったら城をぶっ壊してでもここに帰ってくるさ。それに……」
(それに……)
ふいに自分の口が、自分の意思とは無関係に動き出したような錯覚を覚える。
そういったことは、これまでも稀に起こることがあった。自分の意思を強く持ち、高い自制心を発揮することが求められるギャンブラーにとって、自制できないことは恥ずべきことであるはずだった。
しかし……
「それに、そこのお姉さんが言った通りだ。お前の母さんは、必ず俺たちが無事に連れて帰る……!」
口を出た言葉は、自分でも意外なほど現実離れした理想であり、しかしこれまでにないほど力強いものであった。
鈴が驚いたような顔でこちらに視線を送るのが分かった。確かに、自分でも驚いていた。
確たる根拠も勝算もなく、勝負に挑むのは愚か者がやることだ。
ギャンブラーは、あくまで職業だ。勝負することが好きでも、その先にある勝利を見据えられないのであればそれは蛮勇であり、ただの破滅主義と変わらない。
職業としてそれで生計を立てていくためには、『勝つための勝負』を続けていかなくてはいけない。
だから、凛は常に冷静に情報を集め、勝算を探り続けることをモットーとしてきた。
このように、勢いに任せて勝負を挑むことはもっとも愚かで、恥ずべきことのはずだった。
しかし、これまでも稀にあったが、感情に任せて自分の運命を投げ出すような行為は……不思議と嫌いではなかった……
目の前の少年の、必死に運命を受け入れようとしていた悲壮な目が、希望を見出して輝き始めたその瞬間を見て。そして、いつもは凍り付いたような鈴の表情がほんの少しだけ綻んだ様子を見ることができて、凛は自分の選択が正しかったのだと心の中で再確認した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とはいっても、二人は街に繰り出した後に途方に暮れていた。
アルの話は衝撃的な内容が多かったが、結局のところ、肝心なことが分かっていなかった。
精霊との契約の話、領主がアルの母を呼んだ理由。知りたいことは結局わからずじまいだったし、得られた情報からベルを助け出す手がかりもなかった。
しかたなく、二人は当てもなく町を散策する羽目となった。
「ところで先生よ。さっきは話の途中だったけど、先生なりにこの世界について分かったことを教えてくれないか?」
他に有力な情報が手に入りそうになかったため、凛はお互いの情報交換の続きをすることにした。
説明を求められると、鈴の目が一瞬怪しく輝いたのが分かった。しかし、今回は少し様子が違って見える。
「本当なら一晩かけても説明したりないところだけど、今日は簡単にまとめるわ」
今優先すべきことが何なのか、鈴も理解していた。
この情報が何かの足しになればと、そんな思いで鈴は語りだす。
「まず、この世界の構成元素はおそらく地球とそう変わらないわ。酸素があることはあたしたちの体が証明してくれているし、それ以外の元素についてもいくつかは同じものだと確証が持てたわ」
そう言いながら、道端に落ちている木の枝を拾い上げる。
「ちょっと見ててね」
そう言って、眼を閉じて木の枝の表面をなでるように触れていく。すると、触れた指先に少しだけきらきらとした液体が付着していくのが見えた。
何度も何度も木の枝をなでるうちに、木の枝は次第に細くなり、指先の液体の量は増えていった。
「ヘスの力で、木の枝の成分同士を結合させてみたわ。これがなんだかわかる?」
手のひらには軽く掬い取れるくらいの透明な液体と、その中心にひときわ輝く奇麗な小石が鎮座していた。
凛は、その輝きを見てぞっとするように答えた。
「先生。これひょっとして……ダイヤモンドじゃねえの?」
「ご名答。地球での木の主成分はセルロース、つまり炭素と水素と酸素の化合物よ。その中から炭素だけを選んで結合させたの」
いともたやすくやってのけているが、凛には目の前で起こっている事象が凄すぎて、いまいち現実感がなくなっていた。
「木の枝からダイヤモンドが作れるって、滅茶苦茶すごいことなんじゃ……?」
「まあ、そうかもしれないわね。この世界で、この石ころにどれだけ価値があるかはわからないけど」
肩をすくめて、鈴はその『石ころ』を地面に放り投げた。
「わわわ!もったいない!」
慌てて拾おうとする凛。しかし鈴は冷静にツッコミを入れた。
「何言ってるの?こんなもの、いくらでも作れるのよ?そんなことより、これで伝えたかったことは3つ」
鈴は指を一本立てて説明を始める。
「一つ目は、先ほどあたしが言ったことを証明できた、ってことね。単離させて結合したら透明で非常に高度の高い結晶になったわけだから、これは炭素で間違いないでしょうね」
続けて、二本目の指を立てる。
「二つ目は、この液体よ。見てもわからないと思うから、飲んでみなさい」
凛の手のひらに透明な液体が注がれる。恐る恐る舐めてみると……
「これ、水だな」
「念のために凍らせてみたけど、わずかに体積が膨張したから間違いないわ。この液体は水。つまり、この世界の木の枝は、あたしたちのいた地球と同じ炭水化物で構成されているってこと」
「この町じゃ、水はめちゃくちゃ貴重なものだって話だが、頑張れば水不足も解消できるんじゃねえの?」
凛の問いかけに、鈴は三本目の指を立てた。
「いい質問ね。わかったことの3つ目がそれよ。これはこの世界の成り立ち、というかヘスの能力について分かったことなんだけど」
改めて、先ほどの木の枝を凛にかざしてみせる。
「これだけの水を合成、というか生成するのに結構な時間がかかったでしょ?ヘスが最初に行ったことは本当だったわ。『触れたもの』を結合させるって。つまり、一度に大量の物質を結合させることはできないの」
「ドラゴンの炎は、あっという間に消し止めてたように見えたが、あれはどうだったんだい?」
「あの炎は、蒸発しながら燃焼する液体だったわ。意外と密度が低いから、物質量自体は大したことはなかったの。気体になっている間は運動量も大きいし。この枝みたいに流動性がないものだと、生成した水が表面を覆ってしまうからなかなかスムーズにヘスの力を及ぼすことができないのよね。まあ、そのあたりは普通の化学反応速度と同じってことかしら。結局は物質輸送が律速になってしまうのはどうしようもないのね」
少しずつ、鈴の説明が講義に切り替わりつつある気配を感じ取り、凛は迅速に話題を変えることにした。
「じゃ、じゃあよ。あっという間に爆弾を合成するってのも難しいってことか……?」
「その通り。ああいった危険物を合成するにはそれなりの設備と時間を整えないと、作ったはいいけどすぐに燃焼して使い物にならなくなっちゃうわ」
「なんだか、すげえようで使いにくい能力だな……」
《そんなことございません。使い方次第でいかなるものでも作り出せる、まさに神の御業です!》
珍しく語気を強めて、ヘスが反論してくる。
「ヘスの言う通りよ。爆弾が無理となったら、やはり核融合かしら」
「その場合、当然爆心地は先生の手のひらになるんだろ?」
「そうなるわね。ヘスの能力での結合には熱エネルギーが発生しないみたいだから、発生するのはおそらく放射線だけなんでしょうけど。さすがに放射線を防ぐ方法は思い浮かばなかったわ」
本気なのか冗談なのか、その透明な表情からはうかがい知ることはできなかった。
「どのみち、正義のヒーローよろしく、圧倒的な武力でお城に攻め入るってことはできなそうだな」
そこまで話し終えて、凛は改めて町の様子を観察した。
昨日も感じたことだったが、ここが異世界であることを忘れさせるほどに普通の街並みだった。むしろ街中を流れる豊かな川が織りなす景観は、地球でも水の都と呼ばれるベニスを彷彿とさせるほどに美しかった。
「しかし、こんなにたくさん水が町中を流れてるのに、当の住民たちは水不足で悩んでるなんてのは、皮肉もいいところだな」
「確かにそうね。アルも言ってたけど、だれ一人この豊富な水を自由にくみ取れないなんて、理不尽な話だわ」
「……」
鈴の発言に、ふとひらめくものを感じ、凛は近くを流れる川に足を運んだ。
感覚的には正午を回ったころだ。心持ち、周囲の人通りは少ない。あたりに目をやって、注目を受けていないことを確認すると、凛はそっと川の水を掬い取ろうとした。
「何やってるの?」
「いやな。アルが言っていた『水を支配する』ってのがどんなもんか気になってな」
掬い取ろうとした水は、まるで意志を持っているかのように手のひらに作ったくぼみから零れ落ちていった。
試しに、昨日即席で作ったナップサックで同じことを試みたが、今度は袋からものすごい勢いで水が飛び出していった。
「なんだか、気味が悪いわね……」
げんなりしたような声で鈴がつぶやく。
「マジで、水が生きてるみたいだな……こりゃあ、どうやっても水を盗もうって気にはなれねえな」
「そんなことを確認したかったの?」
「ああ、でもおかげで一ついいアイデアが浮かんだぜ」
凛は、不敵な笑みを浮かべ、そびえ立つ城を睨みつけた。
もっと面白い話を書くため、ご協力をお願いします
率直な印象を星の数で教えていただければ幸いです
つまらなければ、遠慮なく星1つつけてやってください
感想も、「ここが分かりにくい!」「科学には興味ない!」など厳しい意見をお待ちしています




