39th BET 『身を投げる殉教者たち』 5
『それでは、ルールを説明するとしよう……』
「ふん、交渉が決裂したにしては随分と乗り気じゃねえか」
片眉を跳ね上げ、挑発するような笑みを浮かべる凛。
砂でできた巨体は、挑発には応じず、静かに全身を震わせた。
『なに……よくよく考えれば、ここに居を構えてからというもの、訪れる者は皆、余に跪き契約を求めるばかりであったからな。お前のように、勝負を挑んでくるものなど久しかったのを思い出したのだ。それに……』
ノームの背後から、細長い何かがニュルリと顔を覗かせる。それは、白い蛇だった。
全長数メートルはあろうかという、大蛇である。
蛇は、その口に何かを咥えていた。
『それに……余も邪神より”賭ける権利”を授かった身。勝負の熱に身を焦がすのも、決してやぶさかではないのだぞ?』
凛が調子っぱずれた口笛を吹く。
好戦的なノームの姿勢に対してではない。蛇が咥えているものの正体に気づいたからだ。
「こりゃあ、ちょうどいい。つい先日、人生で最大級の好敵手とやりあったばかりだからよ。ルールも、感覚も──ついでに、思考を遮断する方法もばっちり予習済みだぜ?」
『その様子だと、ルールは知っておるようだな?』
白い大蛇──ノームの使い魔、あるいは体の一部──は、咥えていた三組のダイスとカップを地面に置いた。
「俺は、何を賭ければいい?」
『……そうじゃのう。では、こうしよう……』
白い大蛇が凛の頭の周りをぐるりと囲んだ。
その次の瞬間──
「……ほう?」
何事かされたのだろうが、凛は動じる様子はなかった。
先ほどと変わらぬ様子で、その場に立ったままだ。
『流石、《神剣》の使い手といったところか。いきなり視界を奪われても、全く動じぬか……』
「つい最近、初体験を済ませたばかりでね。すっかり慣れちまったんだよ。そうか……、つまりチップは5枚ってことか?」
『左様。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。己が五感を全て失ったとき、お前は余の意のままとなる』
「俺が勝ったら?」
『お前が欲しているものをあててやろう。あの、穿天の牙。アレに捕らわれた仲間たちであろう?余も、あの塔の建立にいくばくか能力を割いておる。余に5回も勝てば、自壊するであろうよ』
「OKだ」
―――3ダイス ルール説明───
1.勝負は3つのダイスを用いて行う
2.互いにダイスを振り、出た目の大きい方が勝利
3.ダイスは3回まで振れ、1投目でやめても良い
4.ただし、一度でも『1』の目が出れば、その回の合計は『1』になる
5.冴木凛は己が五感を、ノームは尖天の牙にかけている精霊術を賭ける
6.五感全てを喪失すれば冴木凛の敗北。尖天の牙が倒壊すればノームの敗北
『しかし、《神剣》の使い手よ。ノーム相手にどう立ち回るつもりだ?奴は、こちらの思考を読むのだぞ?』
「フェルテとの勝負が、俺に道を示してくれたさ。要は、どれだけ自分の思考を薄められるか、だ。やるだけやってやるさ」
ウンディーネの問いに、小声で返答する。
しかし、思考が読めるのであればそれとて無駄であろうが……。
「だが、フェルテがそうだったように。オレが考えていることを1から10まで読み取っちまうわけじゃねえだろ。そこに、勝機がある」
開き直ったように、ダイスを振り始める。
『して、冴木凛よ。一投目は何を賭ける?』
凛は小馬鹿にするように舌を出し、目を指で吊り下げ、アッカンベーのポーズをとった。
『味覚か……。まあ、妥当なところか』
「おい、勘違いすんな。俺が賭けるのはこっちだよ」
目に触れた指を強調するように、何度も目じりをいじくりまわす。
凛は、初手で視覚をBETすると言っているのだ。
『な……!?正気か?』
「別に、どれを賭けたって一緒なんだろ?チップ一枚の重みが変わらないなら、一度盲目になった経験を生かすべきだろ?」
『しかし、それでは勝負が立ち行かなくなる。出目の確認はどうするつもりだ』
「そんなの、あんたに任せるさ」
『そのようなふざけたこと……。一度だけ猶予をやる。BETの対象を変更せよ」
「なんだ。アンタがそこまで言うなら、言うことを聞いてやるよ。賭けるのは味覚にしといてやる。その代わり、一回戦は俺が先攻だ。いいよな?」
『……よかろう』
しぶしぶ頷くノームに、いつもの強気な笑みを崩さない凛。
そんな凛に、《神剣》が語り掛ける、
《しかし、結局のところ、この勝負の本質は変わっておらんぞ。ダイスの目が小さければ、最悪五連敗もあり得るんじゃぞ。それに、なぜわざわざ先攻をとった?このゲーム、先攻が不利なのは知っておろう?相手の出目次第では、1投で終了させる選択肢があるのじゃからな》
(いっぺんに色々聞いてくるんじゃねえ。これでも、ちゃんと考えてんだからよ)
ダイスをカップの中でカラカラと振りながら、凛は『意思疎通』の能力で《神剣》に語りかけた。
フェルテの時に実験済みであったが、『意思疎通』による思考は、相手に読まれることはない。
(まず、一番重要なのは、奴がどの程度深く俺の思考を読めるか、だ。それを確認するには、俺が先に振って見せなきゃわかんねえだろ?)
一投目のカップを地面に叩きつける。
カップの隙間から出目を確認し、2投目の投擲動作に移る。
(それによ、相棒。お前は一つ勘違いをしてるぜ?このゲームは、相手よりも多い目を出すゲームじゃねえ……)
2投目を、絞り込むように薄目で覗き込み、躊躇うことなく3投目を放つ。
(この3ダイスってゲームで一番重要なこと……見てな、あの鈍ガメ野郎に一泡吹かせてやるからよ!)
天舞宝輪!(相手は死ぬ)
地の精霊術の代償では、味覚を奪われても喋ることはできるし、嗅覚を奪われても呼吸もできます。
5感すべて奪われたからといって、凛が小宇宙を感じられたりもしません。




